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モブの生活が穏やかだなんて誰が言ったんだ?  作者: 白まゆら


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複雑な感情の末に

 ジュメルバ卿が殺した修道士の死体は、私が処分した。

 荷台で森の奥へと運び、埋めたのだ。非力な私には大変な作業だったが、自分のどこにそんな力があったのか今でも分からないが、その時の私はとても素早く事を終えた。

 後日、ディリア嬢は何事もなかったように教会にやって来た。ジュメルバ卿の言った通り、彼女は何も考えないお人形だったのだろう。

 当初、ジュメルバ卿は自分のしでかした事に怯え、部屋から出てこない日々を過ごしていた。その間、私は彼の側仕えとしてただ一人彼の部屋の出入りを許されていた。

 そうして彼の耳元に囁き続けたのだ。

「ジュメルバ卿は何も悪くありません。彼は自分で自分を刺したのです。自殺です。ですからジュメルバ卿が心を痛める必要は何もないのですよ。それに彼は、貴方の言葉に反発していたではありませんか。自分の欲を通そうと、教皇様ですら一目置かれる貴方様の意見を蔑ろにしたのです。これは神が彼に与えた罰なのでしょう。その証拠にディリア嬢は何も言わないではありませんか。寄付金を毎日献上しに来ています。彼女も貴方様に感謝しているのですよ」

 ――彼は一月も経たないうちに、元に戻った。

 いくら私が唆したとはいえ、やはり人の死をなんとも思っていない人間だったのだろう。

 まあ、そうでなくてはならない。だからこそ人前で徹底的に潰す意味があるのだから。

 私はあの修道士の後釜として、ジュメルバ卿の側仕えとして最も重要な位置に入る事になった。

 修道士が消えた事に周囲は訝しく思いながらもジュメルバ卿が地方の修道女と恋に落ち、駆け落ちしたのだと言うとそれだけで皆は納得した。ああ、奴ならやりかねないと、彼の女好きは周知の事実だったらしい。

 その後、何度かディリア嬢と対面するが、お互い言葉らしきものは交わさずにいた。

 そう、あの日までは……。

 私はいつもの様に、教会の帳簿とジュメルバ卿が横領している裏帳簿を付けていた。

 ふと窓の外を見ればディリア嬢が一人、裏手にある人が立ち寄らない場所を歩いていた。

 近くには古い建物があり、それはかなり老朽化され、いつ崩れてもおかしくない物だった。

 私は彼女の何も考えていない危うい雰囲気から心配になり、急いで彼女のもとに行った。

「お待ちください。ここは危ないですよ。向こうに参りましょう」

 後ろから突然声をかけたというのに、彼女は少しも驚く事なくチラリと私を見る。

「ユマノヴァ様との正式な結婚の日を、お父様が提示してきたの」

「それは、おめでとうございます」

「……おめでたいのかしら?」

 首を傾げる彼女に、私も首を傾げたくなった。

 何をそんなに思う事があるのだろうか? 彼との結婚など普通のご令嬢なら喜ぶはずではないのか?

「……人を好きになるとは、一体どういうものかしら?」

「そんな事、私に聞かれましても……」

「侍女が言うのよ。ユマノヴァ様は誰にでも優しいのだと。自分を特別だと思わない方がいいと。彼にはそばに侍る女性が沢山いて、皆を平等に好きでいてくれるらしいの。自分もいつも気遣う言葉をかけてもらっているし、結婚したらもっとそばに寄る事があるかもしれない。そんな姿を見ても怒らないでくれと笑うのよ。怒るって、どうして私が怒るのかしら?」

 心底分からないと言う顔で、彼女は前を見つめる。

 その侍女の言葉からはあきらかにディリア嬢との結婚後、彼女の侍女として王子に近付き、寵愛を得ようと企んでいる事が分かる。

 侮っているのだ、ディリア嬢を。そして第二王子までをも。

 私は見た事もないその侍女に、言いようのない怒りが込み上げる。

「そういえば修道士が一人減ったのね。いつも私を触ってた人がいたのだけれど、最近は見なくなったわ。煩わしかったからちょうどいいけど」

 彼女はサラッと死んだ修道士の話をした。ギクッと肩を揺らした私に気付かないのか興味がないのか、そのまま廃墟へと入って行く。

「お待ちください。ですからそちらは危ないと申しているのです」

「貴方は来なくてもいいのよ。何があってもお父様がどうにかしてくれるから」

 生気のない目でそんな事を言うディリア嬢に、私はぞくっとした。

 お父様がどうにかしてくれる? その言葉に信頼関係はない。頼り切った甘えた感情で言ってる訳ではないだろう。ただ現実としてそうなると、ありのままを話しているだけという感じだ。

 だが、瓦礫が崩れたらスープレー公爵でもどうにも出来ない事が彼女には分かっていない。魔法使いでもあるまいし、傷付いた体は元には戻せない。そして死んでしまえばそれきりだ。そんな簡単な事が、彼女には理解出来ていないのだ。

「どうしてそこまでして、あの中に入りたいのですか? あの中には何もないですよ」

「あら、そうなの? 煌びやかな物の中には何もないから、壊れている物の中なら何かあるかもと思ったのだけれど、そこにも何もないのね」

 意味が分からない。彼女は何が言いたいのだろうか?

「もう戻りましょう。余り自由気ままに動いていると公爵様に叱られてしまいますよ」

 その言葉に、今までフワフワとしていた彼女がビクッと体を揺らし、震え始めた。

「怒られるかしら? 私何もしていないわ。お父様のおっしゃる通り男性にも逆らわず、ユマノヴァ様にも微笑しか見せていないわ。ジュメルバ卿の誘いは前の修道士と似た感じがあったから逃げてきたのだけれど、それが悪かったのかしら? だから怒られるの? だったら戻って彼の言う事を大人しく聞けば、怒られないですむのかしら?」

 私は我が耳を疑った。

 ジュメルバ卿は、修道士と同じ事を繰り返そうとしていた。あの時、彼を窘めたのは自分が彼と同じ事を考えていたから。

 逆らわない彼女を手に入れ、公爵を手の内に入れようとしていたのだ。

「いけません。ジュメルバ卿の言う通りにする必要など、どこにもありません」

「でも、男性の言う事を聞かないとお父様に怒られるわ」

「!」

 私は眩暈がした。彼女は何を言っているのだ。公爵が言っているのはそんな事ではない。そんな事は逆らう逆らわない以前の問題だ。

 反対にそのような行動を取ったら、彼女の破滅は目に見えている。そう、彼女の破滅……。

 私の心に暗い闇が広がる。

「――では、私の言う事を聞いてもらえますか?」

 今の私は彼女を愛しているのかどうか分からない。それでも彼女は私の幸せだった頃のたった一つの大事なものだ。それまでジュメルバ卿に壊されるなど、あってはならない。

 私は彼女の手をゆっくりと握る。白く柔らかな傷一つない手。苦労などした事もない手だ。

 ふと、町で見かけた第二王子の笑顔が頭を過る。

 このまま何もなければ彼女は優しい王子のもと、平穏な暮らしが出来たかもしれない。だが、その前に確実にジュメルバ卿の毒牙にかかる。そんな事になるのなら、私が自ら彼女を闇に引きずり込む。

 私は彼女の感情のこもらない顔を見つめながら、手を取り合ってその場を後にした。



 後日、ジュメルバ卿が不思議な光でもって魔物を退治した少女を聖女として、自分の手駒にする為に動き出した。もちろん私も、彼の計画に駆り出される。

 幸か不幸かディリア嬢の件は、聖女を手に入れる事に夢中で後回しとなったようだ。

 少女を渡さないと言った家族を村にいられなくする為、ジュメルバ卿は村人を唆す。

 せっかくこの村に聖女を賜ったのに、それを隠すとなるとこの村は周辺から睨まれるのではないかと。それどころか神の愛し子を閉じ込めたと神からの怒りを買うかもしれない。今なら教会が彼女を引き取り、その恩恵をこの村に与えられるのにと、聖女を差し出す様に人心を動かしたのだ。聖女を独り占めして、自分達だけが良い思いをしようとしていると、聖女の家族に悪意を向けさせたのだ。

 小さな村に住む家族は、村人の協力がないと生活する事もままならなくなり、結果、少女は家族の為に聖女として教会に入り働く事になったのだ。

 ――ジュメルバ卿はまたもや、己の欲の為に一つの家族を壊した。

 聖女と呼ばれるようになった少女は、一人魔獣の前に向かわされる。魔獣の前で震える彼女を後方の安全な場所から見ているジュメルバ卿。

 光が放たれ魔獣が消滅し、喜ぶ民の前で泣き笑いを浮かべている少女にジュメルバ卿は気付いている。気付いていて民の前で「これからも皆(家族)の為に頑張ってください」と言うのだ。

 私はジュメルバ卿を潰すまで、どんな事にでも耐えようと思っている。だから手の平に爪が食い込もうと、そんなジュメルバ卿の横で笑顔を崩さないのだ。

 だが、そんな聖女をこの国の第一王子が見初めたと言う噂が教会にまで届いた。あの第二王子の兄である。

 彼女が教会から解放されるのは喜ばしい事だが、第一王子のお相手となると次代の王妃という事になる。王族はそれでいいのだろうか?

 聖女はあくまでジュメルバ卿の養女だ。彼に権力を与えてしまう事にならないのだろうか? 私はまたもやジュメルバ卿に力がつく事を懸念した。

 だが、流石王族。どうやらジュメルバ卿の思惑通りとはいかなかったらしい。

 王族は聖女を一旦教会から離し、貴族の養女にしてから第一王子の妃として迎えようとしている。教会に、ジュメルバ卿に力を与えるつもりは一切ないようだ。

 ああ、なんて素晴らしいんだ。さすがは神童といわれた第一王子。そのままジュメルバ卿の力を根こそぎ奪ってほしい。

 そんな事を考えていた私は、ジュメルバ卿という男の悪運の強さがまるで分かっていなかった。

 今度はその聖女のかわりとなるであろう少女を、見つけてしまったのだ。

 そしてその少女を逃がさない為に婚姻を結ぼうとしている。そんな事になればその少女の未来は永遠に暗いままだ。唯一の救いは彼女が貴族で、彼女の父親が彼女を守ってくれている。どうやらのらりくらりとかわされているようで、私はその姿にホッとした。

 そして私が気を取られている間に、ディリア嬢は第二王子に話してしまった。

 お腹に私との子がいるという事を……。

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