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モブの生活が穏やかだなんて誰が言ったんだ?  作者: 白まゆら


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憎まれて当然だね

 私の名はジャック・ダルマン。修道士ジャックだ。ジャクエル・カエンという名はとうに捨てた。

 私が幸せに暮らしていたのは、十歳までの事だ。優しい両親のもと、何不自由なく暮らしていた私は何も知らなかった。

 祖父が自分の領地の民を苦しめていた事を。

 圧政を強い、若い女を凌辱し、自分の意思に背けば牢獄、処刑と人を人とも思わぬ行為を平気でする様な人間。それが私の祖父だった。

 常に女を侍らせていた祖父だったが、何故か子供は父しかいなかった。当然、父に跡を継がせるべく力を入れていたが、父はそんな祖父に反発していた。

 祖母がとても優しい人間だったからだろう。父は祖母に似たのだ。祖母が亡くなると同時に父は祖父から離れて暮らした。

 領地の片隅に母を連れ、小さな屋敷で暮らしていたのだ。そこで私は産まれ、私は祖父を知らぬまま三人の穏やかな日々を送っていた。

 そんな中、王都から来たというディリア・スープレー公爵令嬢と出会った。

 スープレー公爵の領地に向かう道中に我が屋敷があった為、数日宿泊されて領地に向かう事がしばしばあったのだ。祖父の屋敷には、幼いとはいえディリア嬢を連れて行きたくなかったのかもしれない。

 私達は何度か遊ぶうちに、友人といえる仲になった。

 今思えば、彼女は私の初恋だったのだろう。

 そんなキラキラした日々の中、祖父の訃報が届いた。それは突然の事だった。

 父はすぐに伯爵位を継ぐべく行動した。これで領地を改善出来ると、民を幸せに導けると喜び勇んでいた。それなのに……。

 神は父を、私達を見捨てた。

 民の暴動で父は殺され、母と乳母が自分の命と引き換えに私を逃してくれた。

 乳母の弟、教会の修道士ケリー・ダルマンが私の養父となったのだ。

 そこで私は初めて祖父の愚かな行為を知った。

 両親が殺されたというのに、不思議と私は民に殺意は抱かなかった。祖父はそれだけの事をしてきたのだから。

 私が耳にするより実際は酷かったと聞く。どれ程の人を凌辱し、殺してきたのか。考えるだけに恐ろしく、私は自分の身までも罪深く思えた。

 教会に身を寄せられたのも、神の思し召しかもしれない。私は神に見捨てられたのではなく、神の元に引き取られたのだ。

 懺悔の日々を過ごす事こそ私の生きる意味なのだと、私は罪深い自分の身を教会に捧げる事にした。

 教会に身を置き三年の月日が経った頃、私は聞いてはいけない言葉を耳にする。


「まさかカエン領の民が、本当に伯爵達を殺すとは思わなかったですね」

「前伯爵の圧政に余程苦しんでいたのだろうな」

「よく言いますよ。そのように仕向けたのは貴方ではないですか、ジュメルバ卿」

「!」


 それはジュメルバ卿と、彼の側仕えの者との会話だった。

 確かにカエン領の民は祖父の圧政に苦しんでいた。だが、祖父が死んだ後やっと皆で出直せるはずだったのだ。

 新しい時代。伯爵子息である父は、祖父と違って優しい人間であると民も分かっていた。どうにか変える事は出来ないかと父が奮闘していた事を、誰もが知っていた。

 祖父を窘め、連れ去られてきた女性を逃がし、祖父が横領した金を民に配る。父がいなければ民はもっと苦しんでいたに違いない。

 それなのに父は、その最も心を配った民に殺されたのだ。

 それほどまでに憎まれていたのだと、仕方がない事だと諦めていた私は、今ジュメルバ卿とその側仕えの者の話を聞いて、我が耳を疑った。


 祖父の財産を教会に、ジュメルバ卿の懐に取り入れる為に民を誘導したのだと。


「まさかあれほど簡単に、暴動を起こすとは思いませんでしたね」

「私の言葉が彼らの心に通じたのだろう。伯爵家は罪を犯した。例え次代の伯爵が善良な者であろうと、何年かすればまた同じ事が繰り返される。血は汚れてしまっているのだ。そんな悲劇を繰り返さない為にはどうすればよいだろうか。そう、汚れてしまった血は一掃すればよい。とな」

「ハハハ、それで一族郎党皆殺しにさせ、本来ならば国に納めさせなければならない金を横流しさせたのですから、本当に恐ろしい人ですよ、貴方は」

「そういうな。お前にもおこぼれは与えたはずだぞ。それにあれほどの財産だ。伯爵位を継いた男は真面目な男だったと聞く。馬鹿正直に領地の再建に使用するのは目に見えていた。そんな無駄金を使わせてどうする。金は最も美しい者こそが手にするべきだ」

「教会に寄付する気はないのですか?」

「そんな事をすれば、出所を探られるではないか。それにこの金は神が私に与えられたものだ。この金は私の美貌を保つ為に使われる。それこそが教会の為にもなるではないか」

「ジュメルバ卿の美貌に、ですか……。それはなんともお高いですね」

「貴族など私の倍以上に費やしているではないか。それでも私ほどの容姿を持つ者はいない。私の美貌は人を惹きつける。私が美しいというのは、それだけで教会のいい宣伝にもなる。ひいては教会の為なのだ」


 ――私は怒りで目の前が真っ暗になった。

 父を殺され、母を殺され、良くしてくれた使用人達を目の前で殺された。それでも私の中で流れる血が悪いのだと、私は今まで一度たりとも人を恨んだ事はなかった。

 けれど、今初めて人が憎いと思った。

 彼の美貌を維持する為に、そんなくだらない事の為に善良な民は人を殺し、伯爵家の者は殺され、カエン領は血で染められたのか。

 許さない。許せない。

 私は彼に復讐する事を誓った。

 だが、私一人では彼に復讐する事など到底叶わない。彼は教会の実力者。私はひとまず彼に近付く事にした。身の回りの世話から部屋の掃除まで、なんでもした。それこそ女の世話まで……。

 その甲斐あって側付きの一人に入れてもらえたのだ。

 彼のそばに控える様になって知った。

 教会は心底腐っている。

 ジュメルバ卿を中心に、金と権力の亡者が溢れている。そんな状態だというのに教皇様は本部の奥に身を潜め、決して表には出てきてくれない。

 このままでは第二・第三のカエン領が出てくるかもしれない。



 私はフラフラと町の人混みを歩く。

 本当にウルト神様に救いを求める者。教会の為に善を行おうと頑張っている者。宗教はこんな民こそ救うべきではないのか? 私は教会の在り方が、分からなくなってきた。

 ハッと気付くと、目の前で年老いて薄汚れた男が身なりの良い少年の懐に手を差し伸べようとしている。財布を盗む気か?

 私は人混みを避け、その男達に近寄る。

 ガッと目の前で年老いた男は、腕を捻りあげられた。

「いたたた、痛い。放せ!」

「今この方の財布を盗もうとしましたね。現行犯です。兵舎までご同行願います」

「わ、わしはただ、教会に寄付する金がなくて……今日中にわずかでもいいから入れろと言われて、でないと教会に出入りする事が出来なくなるから……」

 誰がそんな事を言った? いや、誰であろうとそんな事を口にするほど、王都の教会は腐りきっているのか?

 私は驚愕し、体の震えが止まらなかった。

 すると陽気な笑い声がその場から聞こえてきた。

「ハハハ、それは大変だ。ならば全部くれてやろう。と言いたいのだが、今日は買いたい物があってね。その分だけは返してくれないかな」

 そう言って、今まさに財布を取られようとしていた少年が、自分の懐から財布を出し銀貨を一枚抜き取ると、ポイっと財布ごと彼に手渡した。

「ユマ!」

「まあまあ、いいじゃないか。切羽詰まってたんだろう。それに教会の寄付金にすると言っているじゃないか。これも善行だよ。ウルト神様によろしく~」

 手をひらひらと振り上げ、もう一人の少年の肩に腕を回し、何事もなかったように去って行く。

 財布を受け取った男も周りにいた民達も私同様、呆然と彼の後姿を見送った。

 な、なんだ、今の少年は? 私の頭の中は?でいっぱいになった。

「あれがユマノヴァ様か……確かに変わっておられる」

「聡明な第一王子のレナニーノ様と違って、自由気ままに過ごされているそうじゃないか。あれで第二王子なのだから、王子の名が泣くぞ」

「いやでも、あの子は良い子だよ。この間うちの婆さんが重い物を持っていたら運んでくれたんだ」

「あ、うちの子も。転びそうになったところを助けてもらったと喜んでいたよ」

「うちの店に買い物に来てくれたけど、お忍びだからかな。とても丁寧でね、優しく話してくれたよ」

「あの子が偉ぶった態度をしているのは見た事がないな」

「そうだな。頼りないけど良い子ではあるな」

 アハハハハ。と笑う町の人々。

 呆然とその話に耳を傾けていると、財布を渡された男がその少年が行き去った方向に頭を深々と下げていた。

 あれが第二王子、ユマノヴァ様か……。

 あんなに優しい王族がいるのなら、教会がなくなってもこの国はやっていける。

 私は覚悟を決めた。

 ジュメルバ卿と共に腐った教会を潰す。

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