理解不能な行動です
フッと目が覚めた。
途端にお腹がズクズクと痛む。手で押さえようとしたが、私の手は背中にある。
不思議に思いながらも視界を凝らすと、そこは薄汚れた暗い部屋。天蓋付きの寝台には寝かされているものの、動けばすぐに埃が舞うような場所だ。横向きで足も縛られている。
そのまま出来るだけ動かずに、部屋の中を見回す。
大きな窓にはカーテンが付いているがビリビリに破れており、家具もあちらこちらに散乱している。廃墟である事は間違いないだろう。
窓の外は真っ暗で、今が夜である事を示している。
どれ程の時間、気を失っていたのだろうか?
攫われた時の事は覚えている。シフォンヌは無事なのかな? 妖精は……ここには、いない。こんな暗くて怖い場所、妖精だって来ないよね。
私は溜息を吐きながら、ここに人の気配がないのを確かめる。
目を閉じて力を使ってみる。シュルシュルと縄を解く。よし、出来た。
私はそっと寝台からおりる。その際ブワッと埃が舞った。ゴホッゴホッゴホッとむせていると「ほう、不思議な力ですね。そんな事も出来るのですか?」とくぐもった不気味な声が聞こえた。
誰かいるのかと見回すも、人の姿はない。ぞ~っとする。
私はすぐに力を使えるように警戒したまま「誰? 姿を見せて」と言う。
「無茶を言われる。姿を見せればすぐにその力で私を叩き潰すのでしょう。おお、怖い」
「怖いのは貴方よ。私の事殴ったでしょう。まだお腹が痛いわ」
揶揄うような声音で呟く声の持ち主に、ムカッとした私は声を荒げた。現実に危害を加えた人に怖いとか言われたくない。
「仕方がありません。貴方は普通のか弱いご令嬢ではないのですから。気を失わせないと触れる事も出来ませんでした」
「どうして見ず知らずの人に触れられなければいけないのよ。貴方ジュメルバ卿の仲間なのでしょう」
私の力を知っていて、尚且つあんな目立つ攫い方をしたのだ。教会の信者ではないのかと言うと、彼はクスクスと笑っている。
「そうですね。確かに私は教会に名を連ねる者ですが、ジュメルバ卿の仲間ではありません」
「――ジャクエル・カエンは、ジュメルバ卿の側仕えの修道士だと聞いたけど」
「!」
私はディリア様から聞いた、ジャクエルの名前を出した。ジャック・ダルマンという表向きの名前をあえて出さずに。
彼の息を吸う音が聞こえた。動揺している。まさか私からその名前が出るとは思ってもいなかったのだろう。
それでも実行犯が彼であっても、裏で糸を引いているのはジュメルバ卿だと思っていた私は彼の仲間と言ったのだが、ジャクエルは違うと言う。どういう事だろう?
ジャクエルの名を出したのはまずかったかな?
「……そうですか、ディリア嬢は私の話をしてしまったんですね」
呟くように言うジャクエルは、少しはディリア様に悪いと思っているのか、そのまま何も言わなくなった。
その間に私はキョロキョロと周りを見回す。逃げる場所はないかと。
ジャクエルがどこから見ているかは分からないが、この部屋にいないのであれば風魔法を使って一気に外に飛び出る事が出来るはず。
扉の鍵はもちろんの事、部屋の外には何か策がしてあるだろう。迂闊には飛び出せない。ならば窓から出る事は出来ないだろうか?
私はそ~っと窓のそばに近寄る。
暗くて外が全く見えない。しかし暗いだけで、こんなにも見えなくなるものだろうか?
私が首を傾げていると、暫く黙っていたジャクエルが私の行動に気が付いたのか、おかしそうな声を上あげる。
「フフ、窓の外は崖になっています。この建物は高台に建っておりまして、下には川が流れています。流石の魔法使いの貴方でも、そこから出る事は出来ないでしょう」
「……ジュメルバ卿の仲間でないのなら、私を閉じ込めてどうするつもり?」
私は復活してきたジャクエルに、目的をたずねた。
彼の意図が分からない。
ジュメルバ卿は私を手に入れ、もしも聖女がいなくなった時の代わりにするつもりだった。教会の権力者として王族を出し抜く為に。
だけど、ジャクエルは教会の者ではあると言いながら、ジュメルバ卿の仲間ではないと言う。ならばジュメルバ卿に代わって私を手に入れ、この力で教会の上に立つ気なのかしら?
そうでなければ、私を攫う意味もジュメルバ卿に渡さずこんな所に閉じ込めている意味もない。
「貴方は、そんなに権力が欲しいの?」
「……そんなもの、欲しい訳、ないじゃないですか」
「?」
ますます意味が分からない。
「これでは話にならないと思っていますね。フフ、いいでしょう。どうせもうすぐユマノヴァ王子が来ます。それまで私のつまらない話を聞いてくれますか?」
「ユマ様が来るの?」
ユマ様の名前を聞いて、私の表情はパアァ~っと輝いた。
その様子を見たのか、ジャクエルがクスクスと笑っている。
だって、ユマ様が来てくれるのなら私の身の安全は保障されたも当然だもの。ユマ様は強いんだぞ。という顔をすると、ジャクエルは「いい信頼関係を築かれている様ですね。ディリア嬢ではそうはいかなかったでしょう」と言う。
私はその言葉に「ユマ様を知っているの?」と聞いた。
「私が一方的にお見かけしただけですよ。彼は、本当に素晴らしい人ですから」
おお、ユマ様が褒められた。
不憫属性のユマ様は、どんなに頑張っていても無条件に褒められる事がほとんどない。ユマ様を褒める者は大概が身近な者だ。
それが敵対している教会の者に褒められるなんて。
ディリア様を傷付け、私を攫ってこんな所に閉じ込めている人間だけど、少しは話を聞いてあげてもいいと私が態度を変えたのが分かったのか、ジャクエルは「では、少しばかりお付き合いください」と言い、話し始めた。
それは長い長い復讐劇。大切な者まで傷付けて、それでもやめられなかった彼の物語だ。




