妖精の取扱説明書が欲しい
アリが攫われてから、二日が経ってしまった。
二日前はここで、アリの可愛い姿に悶えていた。
兄王子と聖女の仲がまとまって、軽く昼食を取り、アリとシフォンヌ嬢が帰るのを見送った。
その日は兄上が一緒だった為、俺は彼女達を屋敷へと送らずにここ、雑貨屋で別れてしまったのだ。
――どうしてそんな事をしたのだろう?
あの日の彼女は令嬢姿。一目でアリだと分かってしまうのに、俺は注意を怠った。悪いのは全面的にこんな計画を立てたジャクエル・カエン。だが、それでも俺は自分が許せなかった。
俺の所為だとは言わない。そんな事を言えば、心優しいアリは違うと自分を責めるなと怒るだろう。だが、俺の責任ではある。
先程、ブライアンと共に戻ったシフォンヌ嬢がいい喝を入れてくれた。
「アリはユマ様、貴方を待ってるんですからね。王子様らしくちゃんと助けに行ってあげてください!」
そうだな。と俺は頷く。
乙女ゲームの世界ではモブの俺だが、乙女ゲームから関係ないアリからしたら、俺は王子だ。それにメイン攻略対象者の弟、兄上ほどとは言えないが、ちょっとチートを持ったモブでもある。頑張ればヒーローにだってなれる……はず? うん、なれる。だからちゃんとヒーローらしく、ヒロインを助けてみせるぞ!
おー、と一人心の中で拳を上げていると、二十九歳の俺がその姿を冷静に見つめていた。ちょっと恥ずかしい。
一人で百面相をしていると、カランカランと雑貨屋の扉が開く音がした。
「ユマノヴァ、イルミーゼがこちらに来ているというのは本当か?」
「レナニーノ様!」
兄上が戻って来た。城で情報収集してくれていたんじゃなかったのか?
嬉しそうに顔を綻ばせる聖女とヒシッと抱き合っている。
「教会では教皇様が戻り、ジュメルバ卿が捕まったと大騒ぎだ。そんな中、君がどうしているかと心配だったのだが、ユマノヴァと共に行動していると聞いて、いてもたってもいられなくなってしまった。無事で本当に良かった」
「レナニーノ様、そんなに私の事を心配してくださったんですか?」
「もちろんだ。君は私にとって何よりも大事な存在だ」
「嬉しい」
もう一度、ヒシッと抱き合う兄上と聖女。今はそういうのいらない。俺の視界の外でやってよ。
やさぐれた気分で二人を見つめていると、俺の視線に気が付いた兄上が「あっ」と言って俺に向き直る。
「すまない、ユマノヴァ」
場違いな行動をとってしまったと謝罪する兄上。でも聖女の腰は抱いたままだ。
「……構いませんよ。兄上も聖女が心配だったでしょうから。それよりも何か新しい情報はありましたか?」
「教会がごたついてて、そちらの混乱した情報ばかりが入ってくる。シフォンヌ嬢は見つかったと聞いたのだが」
「ええ、ブライアンが見つけました。やはりシフォンヌ嬢はアリとは別々にされていたようです。彼女は町の酒屋で、ワインの樽の中に押し込まれていました。ちょうどどこかに運び出そうとしていたようで、荷車に積み込まれそうになっていた所を、妖精が見つけ出したそうです」
今は雑貨屋の奥で医師が診てくれている。
すっかりアリの捜査本部と化してしまった雑貨屋。だけど今更、城に戻っても、情報が交錯するだけで、アリの重要な情報は集まりにくい。
何より妖精はここに集まる。探してくれているかもしれない妖精が来てくれるなら、城に戻ってはなんにもならない。
妖精と意思疎通が出来る人間は、俺と聖女、ブライアンだけだからな。
ネビールが兄上に声をかけてもらおうと近くに寄っているが、俺や聖女と話し込んでいる兄上は完全無視しているようだ。少し気の毒である。
ブライアンもやって来て、状況を説明していると、五人の妖精がふわっとやって来た。
ティンとパッションと共に、妖精を迎える。ブライアンと聖女も兄上に妖精が来た事を知らせてそばに来る。
(お腹すいた。クッキーが食べたい)
(お腹すいた。リンゴが食べたい)
(お腹すいた。ハムが食べたい)
(お腹すいた。シチューが食べたい)
(お腹すいた。パンが食べたい)
妖精はお腹がすかない。食べるとしても、食品その物を味わうだけだとアリに聞いた事がある。
こんな時に、とは思うものの、まあ仕方がない。妖精達も頑張ってくれているのだろうと、俺はブライアンに合図して用意してもらう事にした。
「すぐに用意してあげるけど、それは対価かい?」
一応、働いてくれていたんだよねという意味も込めて聞いてみる。何もしていなくて強請られるのは、ちょっと困る。
(アリはカズーラ領にいるよ)
(大きな壊れた建物の中にいるよ)
(近くに川が流れているよ)
(手足を縛られているよ)
(気を失っているよ)
ちょっと、まていぃぃぃ!
俺は一人の妖精をガっと掴む。妖精達は(キャー)と言って俺から離れる。そのまま消えようとする妖精達に、ティンとパッションが慌てて引きとめてくれた。
ああ、ごめん、ごめん。つい、カッとして。ティンとパッションが良い子過ぎて、妖精が気まぐれなものだという事をすっかり忘れていたよ。
俺は捕まえた妖精を手の平に座りなおさせると、ちょうど会長が用意してくれたクッキーを妖精に手渡す。
プルプルと震えながらも受け取る妖精。
「ごめんね。アリがいる所をもう少し、詳しく教えてくれないかな? 他に欲しい物はない? この国にある物ならなんでも用意するよ」
(なんでも?)
くいついた。
逃げようとしていた妖精達も、こちらを興味津々で見つめている。
「俺はこの国の王子だからね。しかもここには優秀な商人がいる。この国に流通しているものなら用意出来ると思うよ」
(モチが食べたい)
「は? モチ?」
何故モチ? ていうか、ここ異世界です。日本ではないんですが……。
そ~っと会長を見る。
会長は年の割には綺麗な歯をキランと光らせている。
「まさか、あるの? モチ?」
「ございます。最近輸入先の足を伸ばしましてな。ここより東の小国でコメという穀物がとれるそうで、それを加工したものがモチという食べ物なのです。ユマ様にもお教えしようと思っていた所です」
ぬかったあぁぁぁ~~~。
異世界の話でよく、日本食があるという物を見た事があったけど、色々と調べた結果、この世界にはないと思っていた。
作るにしても俺に料理知識は全くないし、この世界の物もそれはそれで美味しいから諦めていたけど、まさか他国にあったとは。
世界はやはり広いな。
なんて、そんな事はどうでもいい。今はアリの居場所を聞く事が先決だ。アリが無事に戻ってきたら、一緒にモチを食う。
俺は会長に頷くと、妖精達に向き直る。
「用意出来る。他の妖精達も呼んで、皆でモチパーティーをしよう。だからアリの居場所を詳しく教えてくれるかな?」
妖精達はパッと笑顔になった。




