表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モブの生活が穏やかだなんて誰が言ったんだ?  作者: 白まゆら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/78

妖精の取扱説明書が欲しい

 アリが攫われてから、二日が経ってしまった。

 二日前はここで、アリの可愛い姿に悶えていた。

 兄王子と聖女の仲がまとまって、軽く昼食を取り、アリとシフォンヌ嬢が帰るのを見送った。

 その日は兄上が一緒だった為、俺は彼女達を屋敷へと送らずにここ、雑貨屋で別れてしまったのだ。

 ――どうしてそんな事をしたのだろう?

 あの日の彼女は令嬢姿。一目でアリだと分かってしまうのに、俺は注意を怠った。悪いのは全面的にこんな計画を立てたジャクエル・カエン。だが、それでも俺は自分が許せなかった。

 俺の所為だとは言わない。そんな事を言えば、心優しいアリは違うと自分を責めるなと怒るだろう。だが、俺の責任ではある。

 先程、ブライアンと共に戻ったシフォンヌ嬢がいい喝を入れてくれた。

「アリはユマ様、貴方を待ってるんですからね。王子様らしくちゃんと助けに行ってあげてください!」

 そうだな。と俺は頷く。

 乙女ゲームの世界ではモブの俺だが、乙女ゲームから関係ないアリからしたら、俺は王子だ。それにメイン攻略対象者の弟、兄上ほどとは言えないが、ちょっとチートを持ったモブでもある。頑張ればヒーローにだってなれる……はず? うん、なれる。だからちゃんとヒーローらしく、ヒロインを助けてみせるぞ!

 おー、と一人心の中で拳を上げていると、二十九歳の俺がその姿を冷静に見つめていた。ちょっと恥ずかしい。

 一人で百面相をしていると、カランカランと雑貨屋の扉が開く音がした。

「ユマノヴァ、イルミーゼがこちらに来ているというのは本当か?」

「レナニーノ様!」

 兄上が戻って来た。城で情報収集してくれていたんじゃなかったのか?

 嬉しそうに顔を綻ばせる聖女とヒシッと抱き合っている。

「教会では教皇様が戻り、ジュメルバ卿が捕まったと大騒ぎだ。そんな中、君がどうしているかと心配だったのだが、ユマノヴァと共に行動していると聞いて、いてもたってもいられなくなってしまった。無事で本当に良かった」

「レナニーノ様、そんなに私の事を心配してくださったんですか?」

「もちろんだ。君は私にとって何よりも大事な存在だ」

「嬉しい」

 もう一度、ヒシッと抱き合う兄上と聖女。今はそういうのいらない。俺の視界の外でやってよ。

 やさぐれた気分で二人を見つめていると、俺の視線に気が付いた兄上が「あっ」と言って俺に向き直る。

「すまない、ユマノヴァ」

 場違いな行動をとってしまったと謝罪する兄上。でも聖女の腰は抱いたままだ。

「……構いませんよ。兄上も聖女が心配だったでしょうから。それよりも何か新しい情報はありましたか?」

「教会がごたついてて、そちらの混乱した情報ばかりが入ってくる。シフォンヌ嬢は見つかったと聞いたのだが」

「ええ、ブライアンが見つけました。やはりシフォンヌ嬢はアリとは別々にされていたようです。彼女は町の酒屋で、ワインの樽の中に押し込まれていました。ちょうどどこかに運び出そうとしていたようで、荷車に積み込まれそうになっていた所を、妖精が見つけ出したそうです」

 今は雑貨屋の奥で医師が診てくれている。

 すっかりアリの捜査本部と化してしまった雑貨屋。だけど今更、城に戻っても、情報が交錯するだけで、アリの重要な情報は集まりにくい。

 何より妖精はここに集まる。探してくれているかもしれない妖精が来てくれるなら、城に戻ってはなんにもならない。

 妖精と意思疎通が出来る人間は、俺と聖女、ブライアンだけだからな。

 ネビールが兄上に声をかけてもらおうと近くに寄っているが、俺や聖女と話し込んでいる兄上は完全無視しているようだ。少し気の毒である。

 ブライアンもやって来て、状況を説明していると、五人の妖精がふわっとやって来た。

 ティンとパッションと共に、妖精を迎える。ブライアンと聖女も兄上に妖精が来た事を知らせてそばに来る。

(お腹すいた。クッキーが食べたい)

(お腹すいた。リンゴが食べたい)

(お腹すいた。ハムが食べたい)

(お腹すいた。シチューが食べたい)

(お腹すいた。パンが食べたい)

 妖精はお腹がすかない。食べるとしても、食品その物を味わうだけだとアリに聞いた事がある。

 こんな時に、とは思うものの、まあ仕方がない。妖精達も頑張ってくれているのだろうと、俺はブライアンに合図して用意してもらう事にした。

「すぐに用意してあげるけど、それは対価かい?」

 一応、働いてくれていたんだよねという意味も込めて聞いてみる。何もしていなくて強請られるのは、ちょっと困る。

(アリはカズーラ領にいるよ)

(大きな壊れた建物の中にいるよ)

(近くに川が流れているよ)

(手足を縛られているよ)

(気を失っているよ)


 ちょっと、まていぃぃぃ!


 俺は一人の妖精をガっと掴む。妖精達は(キャー)と言って俺から離れる。そのまま消えようとする妖精達に、ティンとパッションが慌てて引きとめてくれた。

 ああ、ごめん、ごめん。つい、カッとして。ティンとパッションが良い子過ぎて、妖精が気まぐれなものだという事をすっかり忘れていたよ。

 俺は捕まえた妖精を手の平に座りなおさせると、ちょうど会長が用意してくれたクッキーを妖精に手渡す。

 プルプルと震えながらも受け取る妖精。

「ごめんね。アリがいる所をもう少し、詳しく教えてくれないかな? 他に欲しい物はない? この国にある物ならなんでも用意するよ」

(なんでも?)

 くいついた。

 逃げようとしていた妖精達も、こちらを興味津々で見つめている。

「俺はこの国の王子だからね。しかもここには優秀な商人がいる。この国に流通しているものなら用意出来ると思うよ」

(モチが食べたい)

「は? モチ?」

 何故モチ? ていうか、ここ異世界です。日本ではないんですが……。

 そ~っと会長を見る。

 会長は年の割には綺麗な歯をキランと光らせている。

「まさか、あるの? モチ?」

「ございます。最近輸入先の足を伸ばしましてな。ここより東の小国でコメという穀物がとれるそうで、それを加工したものがモチという食べ物なのです。ユマ様にもお教えしようと思っていた所です」

 ぬかったあぁぁぁ~~~。

 異世界の話でよく、日本食があるという物を見た事があったけど、色々と調べた結果、この世界にはないと思っていた。

 作るにしても俺に料理知識は全くないし、この世界の物もそれはそれで美味しいから諦めていたけど、まさか他国にあったとは。

 世界はやはり広いな。

 なんて、そんな事はどうでもいい。今はアリの居場所を聞く事が先決だ。アリが無事に戻ってきたら、一緒にモチを食う。

 俺は会長に頷くと、妖精達に向き直る。

「用意出来る。他の妖精達も呼んで、皆でモチパーティーをしよう。だからアリの居場所を詳しく教えてくれるかな?」

 妖精達はパッと笑顔になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  地味に「世界はやはり広いな」と言う所がツボに刺さった。  アリテリア嬢を無事奪還した暁には「モブ王子の諸国漫遊記」なんてどうだろうか‥‥‥。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ