クソガキキシェリと俺
キシェリと出会ったのは、十年も前になる。
まだ前教皇様が健在だった頃、一度だけ王都に連れて来られたのだ。
知性溢れる王子様を目指していた俺は、紹介されたキシェリにもすました顔で話していた。
それを苦々しく感じたキシェリは俺の前に来ると……殴った。は? 殴る? 当然六歳の子供同士だ。喧嘩に発展……するわけないだろ。だって俺は二十九歳の記憶を持った六歳児だ。
大人の対応で許したさ。
しこたま教皇様に怒られたキシェリは、夜中べそをかきながら俺の部屋に訪れた。謝りたくないけれど謝らないといけない。そんな感じのキシェリに、俺は何も言わずに寝台に引きずり込むとシーツを被り、その中で菓子を広げた。
意味が分からないという顔のキシェリにシーっと口元に人差し指をもっていき「お菓子パーティーだ。共犯だからな。これで仲直り」と言ってやる。
子供にはお菓子だ。それは覆す事の出来ない自然の理なのだ。
俺がエッヘンと胸を張ると、キョトンとしていたはずのキシェリに大笑いされた。
俺達は六歳児の体が眠りにつくまで、寝台の上での菓子パーティーを続けた。
翌朝、寝台の上の大惨事を侍女に見つかりキシェリはヘルディン卿とハフル卿、俺はマァムに大目玉を食らった。
すぐにキシェリは王都を出て教会本部へと帰って行ったが、俺達はその後近況を報告し合う仲になった。
俺が持っていた紙はキシェリ、教皇様に直接届く専用の紙なのだ。あの紙で届けられた手紙は誰であろうと中を見る事も、ましてや破棄する事も決して出来ない。もしもその様な事をしてバレたら、重い処罰が待っている。
そうして手紙をやリとりする中、何故キシェリは王都に来ないのかとたずねてみた。
無事教皇の座も引き継いだ事だし、王都や他の場所を巡回しないのかと聞いたのだ。
教会の信者が減るのは俺も不本意だったから、教皇の姿を直接目にすれば、信者もまた教会に足しげく通う様になるだろうと。
俺とキシェリは、王族と教会が権力を二分するのが一番望ましいと思っていたからな。
するとキシェリは、ジュメルバ卿が「教皇は本部にいてこそ神格化され、価値が上がるのです」と言い「王族が教会を目の敵にしてあれこれと嫌がらせをしてまいりますが、そんな事に教皇様のお心を煩わせせるわけにはまいりません。王都での問題は私が一手に引き受けます。私は教皇様の御為なら喜んで汚れ役を引き受けましょう」と言ったそうだ。
俺はそれを聞き、キシェリに「俺、王族なんだけど。俺がそんな事すると本気で信じているのか?」と聞いたのだが「もちろん、ユマが嫌がらせなんて面倒な事するとは思っていないよ。だけど他の王族や王族派の貴族が何もしていないとは言い切れないでしょう。まあ、ジュメルバ卿は経験も豊富だし、彼に任せていれば問題はないよ」と返答してきたのだ。
それから俺はジュメルバ卿の行動を不審に思いながらも、教会も一筋縄ではいかないのだろうと深くは突っ込まなかった。
多分キシェリがまだ子供だから、ジュメルバ卿が汚れ役をかっているのだろうと。教会を維持するにも、少なからずは汚い事も必要だ。でもキシェリにはそれは無理。キシェリの腹心ヘルディン卿とハフル卿も同じだろう。
ただ、ジュメルバ卿にも欲はある。権力を手にしたいという気持ちはビシバシ伝わってくる。いずれはたたかないとキシェリが喰われるかもしれないな。
キシェリがもう少し成長し、動き出したその時は俺も手を貸そうと決めていた。だから今はまだ警告だけと。
だがアリの件が発覚した後、俺はジュメルバ卿を本格的に疑い始めた。
聖女を手に入れたジュメルバ卿の真意は何かとキシェリにたずねるも、教会の発展の為だろうと呑気に返す。
ジュメルバ卿が王都で教会を好きにしていると真実を伝えても、それは教会の為だろうと疑わないキシェリ。
俺はキシェリが自らジュメルバ卿を疑うまで、何度も何度もジュメルバ卿の不審な行動を手紙に書いて渡した。
何故? どうして? 自分で気付くんだ。敵は身内にもいるのだと。
そうして最初に疑いをもったのは、ヘルディン卿とハフル卿。
二人に問われて本格的に調べ始めたキシェリは、やっとジュメルバ卿の真の目的を理解した。
教皇をも利用しようとしたジュメルバ卿を。
そうして今、全てのジュメルバ卿の裏切りを調べつくしたキシェリが信徒の前で突きつける。
枢機卿が教会を裏切ったのだと。
ジュメルバ卿を王都にいない教皇様の代わりに崇拝していた王都の信徒は、本物の教皇様を前に偽物を睨みつける。よくも我らの教皇様を無下にしたなと怒りをあらわにして。
うん、それも大事だけれど、今は何よりアリの居場所を吐け、コラ!
簀巻きにして横たえるジュメルバ卿の顔付近の床を、ダンッと思いっ切り踏んでやる。
「教会の判決は後にしてもらいましょう。先にアリの居場所を吐いてください」
最早俺にボコられるか、信徒に袋叩きにされるかの二択しかないジュメルバ卿。あ、キシェリがもう二発ほど殴ってはいるけれど、彼は非力だからね。そんなには痛くないはずだよ。顔の形はまだ崩れてないし。俺や信徒にやられたら、元の顔は保証できないからね。
キシェリはブルブル震えるジュメルバ卿の顔を覗き込む。
「ユマは普段は温厚だけど、本気で怒らせると怖いと思うよ。素直に吐いた方が身のためだ。なんせ脳筋王族だからね」
「わ、私はアリテリア嬢の事など本当に何も知らないのです。ウルト神に誓って」
「うわあ、今更ウルト神様の名前出しちゃう? ますます嘘くさ~い」
「イルミーゼ、君からも私の潔白を伝えてくれ。私は教会を裏切るような人間ではないと。君を貧しい村から救い出した優しい養父だと」
そう言って、ずっと黙って成り行きを見ていた聖女に助けを求めるジュメルバ卿。
あ、そうだった。聖女、ここにいたんだった。
俺がジュメルバ卿から視線を外し聖女を見ると、聖女は「ユマノヴァ様」と言って近寄って来た。
「今……アリテリア様の行方を聞かれていましたか? まさか……アリテリア様が攫われたのですか?」
「教会の信者にね。だからジュメルバ卿が指示を出したと思って居場所を聞きに来たんだけれど、この場にきても何も話してくれなくて参っちゃうね」
俺がまた床をダンッと踏みしめると、下からは「ひいい~~~」という情けない声が聞こえる。
「――ダルトア様、アリテリア様はどこです?」
聖女がジュメルバ卿にたずねるが「だから知らないって。君まで私を疑うのか? こんなによくしてやった私への恩も忘れ、裏切るつもりか?」と怒り出す。その途端……。
カッ! と聖女の周りが発光した。
「うわっ、まぶ……」
「いいからとっとと吐けや、こるらあぁぁぁ!」
――どうやらジュメルバ卿には、聖女にキレられるという三択目があったようだ。




