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モブの生活が穏やかだなんて誰が言ったんだ?  作者: 白まゆら


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使えるものはなんでも使え

 俺の顔にへばりついているのは、アリの妖精のティンだった。

 初めてちゃんとした姿を見たというのに、何故か俺はこの子がティンだと認識出来た。なんだろう? 雰囲気かな? アリの居場所を必死で問うこの子はティンしかいないと思ったんだ。

 ホワント伯爵邸で留守番をしていたティンだったが、パッションの言伝を聞いて慌てて飛んできてくれたのだろう。

「ごめん、ティン。俺が付いていながら、アリをまんまと攫われてしまった。悪いが力を貸してくれ」

 俺は顔からティンを離して謝罪する。

 ティンは俺を信用してアリを預けてくれたのに、結局はこんな事になってしまって本当に申し訳なくて情けない。でも反省している場合でもない。ちゃんと協力を仰がないと、取り返しのつかない事になってしまう。

 俺の矜持? そんなものは海底深くに捨ててやる。

(僕の力、役に立たなかった?)

 ティンは今にも泣きそうな悲しい顔をしている。

 違う。アリはティンの風の力を使った。現に妖精含め馬車の中にいた奴らは外に弾き飛ばされたんだ。ちゃんと役に立った。だが、どういう訳かアリを連れて馬車は動き出してしまった。おそらく、運よく難を逃れた奴がいたのだろう。

 俺はティンをそっと手の平に乗せた。

「ティンの所為じゃない。攫われる可能性があったというのに、中途半端な対策を取っていた俺が悪いんだ。俺の立場なんて無視して、早く安全な場所に囲えばよかった。だけど今更そんな事を言っても仕方がない。ティン、他の妖精にも頼んで、アリとシフォンヌ嬢の居場所を探してもらえないだろうか? 動いてくれた妖精の要望には、俺が出来る範囲で応えるから」

 妖精は気まぐれなもの。

 力を貸すかどうかはその妖精の気持ち一つ。でも、この世界の妖精にはもう一つ、心を動かせるものがあった。

 それは対価だ。

 人間と同じ。働いたならば対価を与えるのは当然の事。ただ一つ、難しいのはその対価が、妖精一人一人違うという事だ。

 対価が現実にある品物ならば王子である俺なら、ある程度はどうにかなる。けれど幻の品物。例えばドラゴンの鱗やら聖獣の角やらを要求されたら困ってしまう。だってそんな物、どこにあるかも分からないうえ、現実に存在しているかも分からない。いや、妖精がいるぐらいだからもしかしたらいるのかもしれないが、今の所そんな話は聞いた事がない。

 そういう物を引き合いに出されたら、元営業マンの俺は、安請け合いなど出来ない。信頼がモットーのサラリーマンだ。

 そんな事を話していると、三人の妖精が現れた。ピンクのフワフワの服を着た可愛い妖精達だ。

(シフォンヌ)

(シフォンヌ)

(綺麗な子)

(私、見たよ)

(私も見たよ)

(私だって見たよ)

(ぐったりしていた)

(樽に入れられた)

(馬車に乗せられた)

(可哀そう)

(可哀そう)

(助けてあげて)

(まだ動いていない)

(間に合うよ)

(急いであげて)

 それを聞いたブライアンが、すぐに俺のそばにやって来た。

「ユマ様!」

「ああ、お前は行け。途中、この町の警備兵を連れて行くといい。もう兄上の命令は出ていると思うが、文句を言う様ならばこれを見せろ。俺の命令書だ」

 本来ならば、これだけで町の警備兵ぐらいは動かせるのだが、閉鎖までして誘拐に加担した町の兵隊は、教会に取り込まれている可能性が高い。

 俺の命令書だけでは偽物だとか難癖をつけて拒む恐れがある。だから兄上に全指揮権をブライアンに託す様に頼んだのだ。それならば何を言おうが、拒もうが、それは命令に背いたとみなされ兵士という職を解雇される。

 兵士はあくまで国が雇用主。国に雇われている以上、国の意向に背くのならば、それは職を失う事となる。

 この町の兵士は俺の命令書で動かす事が出来る。そうして現場の町に着く頃には兄上の指示の元、ブライアンが自由に動く事が出来、この町の兵と協力してシフォンヌ嬢を探す事が出来るという訳だ。

 ブライアンのそばにいた妖精と、ピンクの妖精達が協力してくれると言う。

 俺が思わず「対価は俺が与えられるものにしてね」と言うと、ブライアンのそばにいた妖精はブライアンに(僕に名前を付けて)と言い、ピンクの妖精達は(色とりどりの花を頂戴)と言った。

 なんて可愛い奴らだ。

 ブライアンは「君が気に入るまで考えよう」と言い、俺は「この店いっぱいの花を用意するよ」と言うと、妖精達は嬉しそうに微笑んだ。

 人間と同じで、悪い妖精もいれば良い妖精もいる。ここには良い妖精が沢山いて、本当に助かる。

 ブライアンは「逐一、報告に上がらせます」と約束して、店を後にした。

 後に残されたのは俺とティンとパッション。そして妖精二人。ネビールは数に入れない。

 シフォンヌ嬢はまだ町のどこかにいる。妖精達が居場所を探してくれる。ブライアンが兵士と共に必ず助け出すだろう。

 アリはジュメルバ卿の元に送られただろうから、今現在のジュメルバ卿の居場所を探せば、そこにアリはいる。

 兄上と先程ピンクの服を着た妖精達の様に、パッションやティンに頼まれた妖精達が探してくれている事を祈る。

「パッション、君は聖女の元に戻らなくていいのかい?」

 聖女の居場所も今のところハッキリとはしていないが、いそうな教会に戻るのならば引きとめはしないと言うと、パッションは心配そうにティンを見る。パッションは聖女の事も気になるが、この状況を放っておいては行けないとも思っているようだ。

「もしも聖女がジュメルバ卿と一緒にいて、そこにアリが連れて来られたら俺達に知らせてほしい。それが出来るのは君だけだろう、パッション」

 それにアリを見た聖女がボロを出して、二人が危険な目にあわないとも限らない。そう付け足すと、パッションはハッとした様に顔を蒼ざめさせる。

 聖女ならありえると考えているようだ。

 妖精にそう思われている聖女とは……。どうしてパッションがこんなに面倒見が良いのか分かった気がする。

 パッションはティンと抱き合い、俺には(必ず連絡するね)と言い、飛んで行った。

 その姿を見送ると、ティンがスリッと俺の顔に身を寄せて来る。不安と寂しさが溢れている。

「大丈夫だ、ティン。必ず無事にアリを連れ戻すから」

 母親を失った旦那と子供の気分だ。俺達は皆の報告を待つ事しか出来ない。

 ティンと身を寄せ合っていると、店の外で馬のいななきが聞こえた。

 動きが出たか。

 そう思って俺が扉を見ると、入って来たのは俺と同じ年ぐらいの銀髪におかっぱ頭の少年だった。白色のローブを纏っている。

「何やってるんだ、ユマ? 全くタイミングが良いのか悪いのか……君も大変だな」

 俺の顔を見て、大きく溜息を吐く少年。俺は少し動き出した足に力を入れて彼に近付く。

「こんなに早く着くなんて、一体どこにいたんだ?」

「王都の支部に行こうとしていた所。証拠が全て揃ったからね。そろそろ頃合いかと思ってユマにも連絡は入れたんだけど、すれ違ったのかな? とにかく一度身分を隠してユマと会って、様子を見てから明日にでも乗り込もうと思っていたんだ。そこでちょうどその老紳士が、ユマからの手紙を渡してきたんだよ」

 そう言って少年の後ろを見ると、そこにはコスター会長が微笑んでいた。

「ユマ様は運もおありのようですね」

「よく彼の馬車だと分かったね」

「この商売も長いですから。教会のお忍びの馬車ぐらいは見分けがつきます」

 凄い事を平気で言う会長。本当にこの人は……もう少し若ければ、イケオジポジションとして攻略対象者になっていたかもしれないな。

 しかし、教会本部は早馬を使っても五日は軽くかかる場所にある。それが一刻で彼と連絡が取れるとは、俺は本当に運がいいのかもしれない。

「ユマノヴァ様、この方は?」

 ネビールが胡散臭そうに俺に聞いてくる。俺は面倒くさそうにネビールをシッシっと手で払いのけた。ネビールは不満そうに口を突き出して、奥に引っ込んだ。ハッキリ言って邪魔だ。

 そして俺は会長に労いの言葉を掛けて、空いている椅子を少年にすすめた。

「正当性を保つ為、お前の力を貸してほしい」

「こちらの問題にも手を貸してくれるか?」

「もちろんだ。というよりも一緒に行動した方がいいかもしれないな」

 ニコッと笑った少年は「では詳しく」と身を寄せてくる。

 俺は今までの流れを彼に話して聞かせたのだった。

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