ぐるぐる巻きの状態で
パッションの話によると、アリとシフォンヌ嬢を乗せた馬車が突然、黒いローブに身を包んだ何者かに襲われたとの事。
そしてそれは、かなり用意周到なものだったらしい。
まず、いつもの様に二人を乗せた馬車が三人の護衛と共に帰路に急ぐ。この三人は俺が直々に任命した選りすぐりの騎士だ。当然そこらの腕自慢の輩よりも強い。
だが、町ぐるみで実行されるとどうしようもない。
町にいる妖精達がいつもと違うおかしな雰囲気に気が付いてパッションに知らせたのは、聖女と共に常に行動している彼の存在に興味があったから。
人間達の様子がおかしいから、人間とコネクションのあるパッションに知らせたという事か。グッジョブ、町の妖精。
そして町の一角をローブを着た者達が封鎖したのだ。そこには町の者達も数人集まっていたらしいが、多分信者だろう。
アリ達を乗せた馬車の前で、町の者が果物を落とし拾おうとした。慌てた御者が馬車を止め、護衛の二人が前に出て、一人が馬車の中のアリ達に状況を説明しようとした時、隠れていた町の者達が寄って来て、いきなり木刀で殴られたそうだ。
騎士達もまさか町の者が自分達を襲うとは、想像もつかなかったのだろう。
呆気なかったよ、と赤い髪の妖精がケラケラ笑いながら話す。確かに武に秀でた国の騎士が情けない。笑う妖精を怒る気にもなれない。
そうして黒いローブの男達が馬車の中に乗り込んだ。先にアリとは違う女の子を担いで出てきたと言うから、シフォンヌ嬢の事だろう。彼女は気を失っていたようだ。
そして間髪を容れずに、馬車の中から風が巻き起こり、中にいた男達が外に放り出された。当然一緒にいた妖精達も放り出されたが、アリが魔法を使ったのだと喜んだ妖精達は、そのまま外で馬車を見ていたそうだ。
だが、何故かアリが外に出て来る気配はなく、そのまま馬車は動き出してしまったらしい。
外に転がっていた黒いローブの者達は、その場にいた町の者が回収していった。
封鎖を解いた町は何事もなかったかのように、いつもの町並みにと戻ったそうだ。
以上が、俺が椅子にぐるぐる巻きにされたまま聞いた、パッションの報告だった。
え、なんで椅子にぐるぐる巻きかって? もちろん、話を聞いた俺がそのまま外に飛び出しそうになったところを兄上とブライアンに捕まり、何も見えない皆に説明しろと怒鳴られたからだ。
それでも椅子のまま飛び出そうとする俺は、会長に痺れ薬を飲まされた。熊にも効くと言う会長の笑顔が怖かった。いや、それってマジで駄目なヤツ。
王族である兄上に許可を取っての行動が、尚更怖い。会長だけは敵に回さないぞと心に決めた瞬間だった。
身動きの取れなくなった俺は、パッションの話を聞いて、頭を動かすしかなくなった。
冷静に、冷静に、冷静に……。
妖精が話す内容を、薬の所為で上手く口が回らないながらもそのまま皆にも話して聞かせた。最後には問題なく話せるようにはなったが、周りの雰囲気は最悪だった。
特にブライアンの形相は凄まじいものがあった。当たり前だ。シフォンヌ嬢もどこかに連れていかれたのだから。
「パッション、他の妖精が連れ去られた二人の後を追っていないのか?」
俺はパッションに、その後の二人の行方をもしかしたら他の妖精が知っているかもと聞くが、パッションは悲しそうな顔で首を横に振る。
(分からない。今散っていった子達には探してもらえるように言ったけど。後ティンにも伝えてもらった)
パッションは中々有能な妖精らしい。今出来る事を精一杯考えてくれている。
(けど……)
ん?
(アリやシフォンヌの事、皆興味はあっても情があるわけではないから、どこまで動いてくれるか分からない)
クソ妖精ども~~~~~。
確かにティンやパッションは特別なんだろう。
普通は人間になど肩入れしない。それも仕方がないと思う。
妖精の元々ある性質もあるだろうが、人間からも忘れられて久しい年月を過ごしたんだ。今更人間の為に力を貸してくれと言ったところで、その気にはなれないだろう。
アリやシフォンヌ嬢に危険を知らせてくれるだけでも、妖精が二人を気に入っていた証拠だ。
「すぐに城の騎士達を教会に向けてください。アリテリア様はジュメルバ卿の元に運ばれるでしょうが、シフォンヌ嬢は力を使えない。どこに連れていかれるか分かりません」
ブライアンが兄上に懇願する。
確かにジュメルバ卿が欲しているアリは、信者が彼の所に運ぶと推察出来るし、馬車ごと連れていかれたのであれば後を追いやすい。しかしアリと離されたシフォンヌ嬢がどこに連れていかれたかは、謎だ。
アリが力を使った時は既に姿は見えなかったと妖精が言うのだから、どこか建物の中に入れられたのかもしれない。
シフォンヌ嬢は教会よりも、町を捜索した方がいいかもしれないな。
しかし、騎士を教会に向けるのは……。
「ブライアン、申し訳ないが騎士を教会に向ける訳にはいかない。そんな事をすれば王族が教会を潰そうとしていると大騒動になる」
「教会が先に手を出したのではありませんか。アリテリア様はユマ様の婚約者なのですよ。それを……」
「婚約者なだけで結婚はしていない。今はまだ伯爵令嬢にすぎないんだ。それを狙われたのだろうな」
「そんな!」
兄上の言う通りだ。結婚をしていない以上アリはまだ王族ではなく、伯爵令嬢でしかありえない。伯爵令嬢が攫われたからといって、武装した騎士を動かすのは教会との火種になるだけだ。
――だが俺は、もうアリを手放す事は出来ない。
今更アリと婚約を破棄する気など毛頭ないのだ。まあ、アリに嫌だと泣かれてしまったら仕方がないが……いや、多分そんな彼女に縋ってでも一緒にいてくれと頼んでしまうかもしれない。
それほど、今の俺には彼女が大切だ。
そんな彼女を俺から引き離そうとするジュメルバ卿。
俺の脳は一気に活性化する。
「ブライアン」
「はい?」
「俺の上着のポケットに紙が入っている。それを出してくれ」
ブライアンは眉間に皺を寄せながらも、俺に言われた通りぐるぐる巻きにされた俺の服から紙を取り出す。
「これは?」
「魔法の紙。兄上、痺れ薬がまだ効いている。外には行かないから縄を解いてくれ。手紙を書きたい」




