緊急事態がおきました
「もう、ヤダ、アリってば。結局ユマノヴァ様の事、恋愛感情の好きなんじゃない」
ホワント伯爵家に戻る馬車の中、それまですまして目を瞑っていたシフォンヌがはしゃいだ声を上げた。
「え? え? え?」
「ユマノヴァ様も前と違って今はアリを好きだって、ハッキリと分かる態度とってくれるようになったし、両想いならこのまま結婚しても問題ないわね。正直、偽装だけで王子妃教育をしているのもどうかと思っていたのよ。王妃教育よりは楽だと思うけれど、それでも大変な事には変わりないしジュメルバ卿から逃げる為とはいえ、それだけで頑張るのは辛いだろうと。でも最近の二人を見ていたらしっくりくる様になったし、ユマノヴァ様も以前のようにどちらでも構わないという様な態度ではなくなったしね」
シフォンヌが私の頬をツンツンとつつく。
「え、ユマ様、私の事ちゃんと考えてくれてるの?」
「え、態度で分からない? 明らかに違うじゃない」
そ、そうかな? 確かに違う方を向かれて何となく寂しくなってジッと見ていたら、顔が赤い様な気がした事は何度かあるけど。それも私の勘違いだと思っていたんだけれど、本当に照れてくれていたのかな?
「アリは? アリはどうなの? 以前はユマノヴァ様の不憫属性が可哀そうで恋愛感情なのかどうかは分からないって言っていたけれど、今もそう? 大変な王子妃教育をこのまま続けてユマノヴァ様と結婚したいと、そう思う?」
そういえば、そうだ。
いつの間にか私はユマ様のそばにいるのが当たり前になって、当然のように王子妃教育を受けていた。ユマ様のそばは安全で楽しくて、このままずっと一緒にいられたらいいと、そう思っていた。……ジュメルバ卿の事を忘れて。
――今考えると、私は最初からユマ様と婚約を破棄する気はなかったような気がする。どうしてだろう? ユマ様には初めにジュメルバ卿の件が片付いたら婚約を破棄していいと言われて婚約する事になったのに。私はその言葉にも反発を抱いていた。
もしかしたら私はユマ様は本当に私が好きな訳ではないからと、無意識に彼との間に線を引いていたのかもしれない。
けれどシフォンヌの言う様に、ユマ様が本当に私の事を好きになってくれたのだとしたら……私は素直になってもいいのかな?
偽物の婚約を本物にして……。
ガタンッと、馬車が大きく揺れ停止した。
ハッと気が付くと、妖精が数人馬車の窓から覗き込んでいる。その様子はとても慌てている様に見える。私に何かを知らせてくれているのかもしれない。
その中の一人に、見知った顔があった。あれは先程聖女と一緒にいたパッションだ。
私は急いで馬車の窓を開けた。仲間と共に転がる様に飛び込んで来たパッションは(危ないよ、急いで窓を閉めて)と言う。
訳が分からないながらも言う通りにすると、次に(絶対に馬車から出たら駄目だよ)と言った。シフォンヌが窓の外を覗き込もうとするが(ダメ、ダメ)と他の妖精が彼女の髪を引っ張る。
その様子に並々ならぬものを感じた私は、急いで鍵をかけようと扉に近付いた。
そこでガっと扉が開かれた。
黒いローブに身を隠した何者かが、五人入り込んできたのである。
私が思いっきり悲鳴を上げようと口を開けた途端、布を押し込まれた。そうしてあっという間に手足を拘束された。暴れながらもシフォンヌの方を見ると、彼女はぐったりとして担ぎ込まれていた。そして馬車の外に連れていかれる。
こうなったら周りを気にしている場合じゃない。誰に見られようとかまわない。シフォンヌを返して!
私は一気に風を巻き上げた。
狭い馬車の中、ローブの男達が外に弾き飛ばされる。
私が外に出ようと顔を上げた瞬間、グッと鳩尾に衝撃が走った。
殴られたんだろうと咄嗟に理解は出来るものの、そのまま意識は薄れていく。
最後の光景にパッションが映った。
お願い、パッション。皆に知らせて。シフォンヌを助けてあげて。そう願って、私の意識は暗転に包まれた。
俺の目の前に、一斉に光が飛び込んで来た。
……聖女が帰った後少し話をして、遅くならないうちにアリとシフォンヌ嬢も帰らせた。いつもならブライアンが護衛として送るのだが、本日は兄上も一緒だった為、アリ達が遠慮したのだ。
それでも訓練された三人の騎士が付いている。大丈夫だろうと送り出したのが先程の事である。
そして兄上と共に場所を提供してくれた会長にお礼を述べ、城に戻ろうとした瞬間、俺の目の前に無数の光が現れたのだ。
正直に言おう。めっちゃ眩しい。いや、マジで。本気で目が潰れるかと思った。
おおぅっと俺が目を両手で覆うと、必死でその手の指をこじ開けようとする者がいた。
(お願い、大変なんだ。僕を見て)
「見て欲しかったら、こいつらをどかしてくれ。眩し過ぎて目が開けられないんだよ」
俺の不可思議な行動にブライアンはじめ、まだ雑貨屋に残っていた兄上とネビール、会長や町に隠れて護衛していた騎士達が不思議な顔をする。
「とうとうおかしくなってしまわれましたか」
ネビールがやれやれという様に、頭を振っている。
「妖精がいるんだ。何も見えない奴は黙っていろ!」
すぐにブライアンが悟って、俺のそばにやってくる。
「大丈夫ですか、ユマ様。妖精がいるのですか?」
「信じられない数がいる。妖精が光にしか見えない俺には眩し過ぎる」
(光が消えたらいいんだね)
パッションがそう言った途端、光が一気に消えた。
そっと目をあけた俺が見たものは、小さな人間。少年にも少女にも見える中性的な手のひらサイズの子供だ。
それが数十人といたのだが、ほとんどが引き上げていき最終的にはパッションと思われる、長い金髪を一つにくくった青い瞳の妖精と数人の妖精だけが残った。
(見える? もう見えるよね。だったら話を聞いて。アリが攫われちゃった)
俺は妖精が見える感動の余韻に浸る間もなく、衝撃に目を開く。
「なにいいぃぃぃ⁉」




