密会は聖女のお迎えで強制終了
「しかし、今はアリテリア嬢はユマノヴァの婚約者だ。それでも教会は諦めていないのか?」
再び椅子に座りなおした兄上は、冷めてしまったお茶を一口飲むと話を再開した。
「婚約などいくらでも覆せます。それでも防波堤くらいには、なっているでしょう。今はこのまま諦めてくれるのを期待しているのですが」
「イルミーゼは教会で、アリテリア嬢の話を聞いた事はない?」
俺が答えた後、兄上が聖女に問う。何か少しでもいい情報があればと思うが、聖女は首を横に振るだけ。それもそうか。アリの存在を知っていたならば、すぐに話しかけただろうに。
「アリテリア嬢を利用しようと考えているのは、教会全体なのか?」
「それは違うでしょう。おそらくジュメルバ卿一人の考えかと」
「何故、分かる?」
「教会といっても一枚岩ではありません。権力を欲しているのは教会の貴族や上層部。その中でもジュメルバ卿は人一倍野心がおありのようだ。いや、聖女を見つけて欲が出たのかな? それは本人にしか分かりませんが、間違っても教皇様は王族を敵に回して権力を持とうなどとは考えておりません」
「ほう、教皇様の事よく分かっているのだな」
俺はその兄上の言葉に笑顔を返す。
「正直、教会がこのまま何もしなければ無駄に騒動を起こすのは私も本意ではありません。この国にとって、王族と教会が民の信頼を二分しているのが一番いい。ですが、それを己の欲の為に覆そうと罪のない少女を犠牲にしてまで行う輩がいるのなら、それは私の全力をもって阻止します」
俺の本気が伝わったのか、その場にいる者全員が息を呑む。
修道士のジャック・ダルマンことジャクエル・カエンが、どういうつもりでディリア嬢に手を出したのか分からないが、もうすでに被害は出ている。けれどディリア嬢本人がこれ以上騒動を起こすのは良しとしない今、俺が騒ぎ立てる訳にはいかない。
それに彼らの事は、ジュメルバ卿とは別の意味があるかもしれない。
話を聞いた時には腹も立ったが、これはお互いに肌を許し合った男女の問題だから、俺は知らないフリをする。だが、アリの事は別だ。
アリは逃げている。嫌がっているんだ。先程のネビールの言葉ではないけれど、十五歳のアリに向けられるには、あまりにも酷い現実だ。
それを強要するのならば、そこは戦うしかないだろう。男として。愛する人の為に。
「……ユマ様を本気で怒らせたくないですね」
「ああ、今の姿を見て私にもよく分かった。この国で本気で怒らせてはいけないのは、ユマノヴァだ」
俺が決意に燃えていると、隣でブライアンと兄上がひそひそと何かを話している。
その姿に奥に引っ込んだネビールが、ハンカチを噛み締めてブライアンを睨んでいる。自分以外の男と仲良く話し込んでいる姿にヤキモチをやいたのだろうか? 普通にこえーよ、ネビール。
あれから時間はどれくらい経ったかと時計を見ようとした時、突然店の入り口の扉がガシャガシャと音を立てた。
俺は咄嗟にアリと兄上を連れて店の奥へと引っ込む。
会長が適当に客のフリをしろと、残った者に指示を出す。そうしてゆっくりと扉に近付くと「おやおや、いつの間に鍵がかかっていたのかな? 待ってくださいよ。すぐにお開けします」と言い鍵を開け、扉を開いた。
すると五人の男女が入って来た。キョロキョロと見渡し、小物を眺めている聖女の姿を確認するとホッと息を吐く。
一人の男が会長に険しい表情で詰め寄る。
「店主、この店は客がいるのに鍵を閉めるのか?」
「いえいえ、何かの手違いで鍵が閉まってしまったのでしょう。なんせこの店も古いですから」
そらっとぼける会長。老人相手にそれ以上を言う事が出来なくなってしまった男は、チッと舌打ちする。
「鍵を替える事をお勧めする」
そう言って会長から離れると、聖女を見つめた。その表情に俺はおや? となる。あいつどこかで……あ、そうだ。ゲームの攻略対象者だ。
聖女のそばにいつもいて、兄上ルートに入っていないのならこいつのルートに入っていると思っていた奴だ。
俺はそのまま二人の様子を観察する。
男性三人が店内を見回し、聖女以外の客を確認している中、女性二人が聖女に近付く。
「イルミーゼ様、お迎えに上がりました」
「あら、もうそんな時間? でもまだ何を買うか決まっていないの」
「十分時間はおありだったでしょう。いくらジュメルバ卿にお渡しするプレゼントだからといって、このように長い時間外にいるのは感心しません」
「分かりました。今日はこれで戻ります。けれど近いうちに、またここへ来させてね。ここは迷うほど良い品が揃っているの」
「……ジュメルバ卿の許可がおりましたら」
そう言われて、聖女はムッとしたように口を尖らせる。
「私、これでも結構頑張っていると思うの。昨日も魔獣を退治したわ。買い物くらい好きにさせてくれてもいいんじゃない」
「お口添えは致します。ですから本日はもう戻りましょう」
そう言って聖女の背中を押して、男女五人と聖女は店を出て行った。
去り際に店の奥へと視線を向ける聖女は、兄上と目が合ったのだろう。コクリと頷いて自分が持っていた小物へと視線を向けた。
聖女が男女五人を連れて店を後にする間、教会の攻略対象者とは一切目を合わす事はなかった。
あの様子だと、あいつとはなんの関係もなさそうだ。
せっかく兄上と上手くいったと思ったのに、あいつとも仲良くしていてハーレムルートにでも入られたらたまったもんじゃない。と一瞬考えてしまったが、全くの杞憂だった。ごめん、聖女様。
やはり彼女はゲームの聖女とは違うようだ。
聖女の姿が完全に消えた後、兄上は急いでその小物へと近付く。
それは犬の形のインク壺。以前俺が購入した物だ。
その中に聖女のイニシャル入りのハンカチが小さくたたまれて入れられていた。聖女の物で間違いないだろう。
兄上はそれを握りしめると、インク壺を会長に手渡す。
「これを包んでくれ。イルミーゼと私の愛の橋渡しになった物だ」
「お待ちください、兄上。ハンカチをお持ちになればいいだけではないですか。これを購入する必要はないと思うのですが」
「何を言う。やっとイルミーゼと心が通じ合ったのだぞ。記念になる物は全てそばに置いておきたい」
「……いや、それ。実は私も持っているのですよ。兄上が購入してしまうと私とお揃いとなってしまうので」
「そうか。では尚更購入しよう。兄弟の仲を深めた記念の品としてもちょうどいい」
そう言ってスタスタと会長の方に歩いて行った。
――兄上が変な方向に向かっている。
「ユマノヴァ様、そのインク壺私に下賜してください」
「……ネビール、兄上とお揃いの物が欲しければ自分で購入しろ」
「それではレナニーノ様とユマノヴァ様が、お揃いの物を自分達の意思で持っている事に変わりはありません。それを頂ければレナニーノ様とお揃いはもちろんの事、ユマノヴァ様とのお揃いも阻止出来ます」
「あれはアリとの思い出の品なんだよ。俺にとっても大事な物なんだ」
「そんな事、私の知った事ではありません」
シラッと言うネビールに、心底頭を抱えたくなってきた。もうこいつと同じ空間にいたくない。
俺が苦悩していると、ツンツンと誰かが服を引っ張ってきた。誰かなんて考える事もない。こんな可愛い事をするのは、アリしかいない。
俺はクルっとアリに向き直ると「何?」と優しく聞いた。




