彼女達は渡さない
すっかり呆れた顔の聖女とその場にいた面々。うん、この流れではそうなるよね。聖女との恋愛話から兄弟同士の確執の話にすり替わってしまったんだから。
だけど兄上が腹を割ってくれたお陰で、俺達は少しは兄弟らしくなれたかもしれない。
正直、俺も兄上と言いながらも二十九歳の気持ちが端々に現れて、ちゃんと兄として慕ってはいなかったかもしれない。ませたガキだったからね、俺も。
俺は兄上を椅子からの囲い込みから解放し、自分の椅子に戻る。
やっと俺から解放された兄上は、後頭部を触りながら聖女に謝罪する。
どこの世界に好きな女を口説いてる最中で弟に気を逸らす男がいるのだろうか。あ、いた、目の前に。うん、謝罪は当然だな。自分の事は棚に上げておいて、俺は素知らぬ顔で二人の成り行きを見守る事にした。
「す、すまない。つい自分の事でいっぱいになってしまった。まあ、そういう訳で私にある劣等感と君の気持ちが似ていると思った私は、勝手に君に親近感を抱いて君を聖女という立場から解放してあげたいと思ったんだ」
王子に謝罪された聖女は躊躇いながらも兄上の後者のセリフが気になったようで、ムッと唇を突き出して不貞腐れた表情をする。
「……じゃあ、やっぱり本気の想いじゃないじゃないですか」
「いや、それは最初のきっかけで、君と話をするうちに私は楽しくて仕方がない自分に気が付いたんだ。君とかわす二言三言の会話が私を癒してくれている事に気付いたんだよ。それからは本当に君の事が気になって、断られた後もしっかりしないといけないと分かっていても、真面に思考が働かないほど、君が好きなんだ」
そこまで言われて、聖女はポッと顔を赤らめた。
ん? 意外と脈あり?
「じゃあ、その、本当に私を聖女として見てたわけではなく、私を私として見てくれてたんですか? でも私は聖女の肩書を取ったらただの平民ですよ」
「うん、そこが良かったのかな? 私の周りにはいないタイプだよ」
あ、これ。乙女ゲームで兄王子のルートに進んだ時のセリフだ。王子が自分の周りにはいなかったタイプだと、そこに惚れたと王道の流れだよね。
「平民が、その、王妃様になれるんですか?」
兄王子と結婚したら、いずれはそうなるよね。ほうほう、王妃になるかもしれないと心配するほど、心は傾いてきてるってわけだ。
「なれるよ、もちろんさ」
うん、なれる。ただそこには聖女の最大限の努力が必要となるだけだ。まあ、聖女は民からの人気はあるから、誰かがフォローするさ。その筆頭が俺になるのかな?
「家族は、家族も守れますか?」
「ああ、私が君も君の家族もちゃんと守るよ」
俺は皆と目配せする。
そっと椅子から立ち上がると奥へと引っ込む。その場にいた者も皆、俺と同じように奥へと進む。
こうなれば後は二人の問題だ。二人でじっくり話し合ってもらおう。
二人は俺達がその場を離れた事も気付かないほど、お互いを見つめて話に没頭している。
色々あったが、とりあえずは丸く収まったかな。
結果よければすべて良し!
そう思ってアリの方に振り返ると、ネビールが俺の視界いっぱいになる。どけ、お前なんか見たくない。
「山の様に聞きたい事はあるのですが、これだけは一番に確認しておきます」
寝耳に水のような盛り沢山の内容に、言いたい事があるのは分かっているが、ずいっと俺に顔を近付けてくるネビールが鬱陶しい。
ブライアンがちょっとキレそうになっている。仕方がないのでサッサと言えと促すと、奴はコクリと頷いた。
「レナニーノ様の手駒になってくれるというのは本当ですか?」
……本当にぶれないな、お前は。
第一王子と聖女が幸せそうに笑いながら、二人手を繋いで椅子に腰かけている。うん、ヒロインさんは無事王子ルートに進んでくれたようだ。
「私達の事は徐々に進めていくとして、アリテリア嬢がイルミーゼと同じ力を持ち、教会に狙われているというのは本当かい? それも同じようにその妖精が見えるユマノヴァが協力して、助けているというのも」
俺達に真面目な顔をしてたずねてくる兄王子。いや、イチャイチャしながら言われてもねえ。けれど全てを吐露した今、兄上もやっと俺に対してのわだかまりも消えて、素直に話をきいてくれる体勢を取ってくれるのは喜ばしい。
聖女に嫌だと言われた俺様態度も、すっかり改めたらしい。
ちょうどいい機会だし、俺は教会に対しての考えを皆に話す。
「根本的に教会は妖精の存在には気付いてはいません。しかも聖女はその妖精のお蔭で魔獣を退治する光を出せているという事も。調べたところ妖精にも色々な妖精がいて、多分聖女に力を貸しているパッションだっけ? この子は光の妖精なんだろうね。アリのティンは風の妖精。聖女やアリを通して使う力の特徴が違うのも、そのためだろう。だからアリが聖女と同じ方法で魔獣を退治出来るかというと、それは無理。風を駆使した方法になるだろうね」
「ほう、そんなものなのか?」
「もともと魔獣は闇に潜む者。反する光で退治出来るのは当然でしょう。まだ魔法が使える遠い他国では、それは常識のようですし。だから教会が聖女の後釜にアリを捕まえようとしているけど、ティンの力を使う以上は同じような事は出来ないんだよね」
俺の言葉に、パッと顔を輝かせたのはシフォンヌ嬢。
「じゃあ、それを説明すればアリは二度と教会に狙われる事はないんじゃないですか?」
「いや、シフォンヌ嬢思い出してみてよ。確かにアリはティンをそばに置いているけれど、本来はどの妖精にも好かれているんだ。初めて会った時、アリが光り輝いていたと言っていたでしょう。複数の妖精が囲んでいたからって。その中には光の妖精もいたはずだよ。だからアリは光の妖精の力も使えるんだ。その証拠にアリが最初に使った力は水を飲む事、水の妖精に力を貸してもらったんだろうね。そう考えると普段そばにいる妖精がティンで良かったねって話。ある意味、ティンが守ってくれていたようなものだよ」
因みにどの妖精にも治癒能力はあるようで、妖精に触れてもらえたら少々の傷なら治るみたいだね。と言うが、シフォンヌ嬢は諦められないみたいで尚も粘る。
「でも、それは私達が知っている事で教会には黙っていれば」
「それでも不思議な力を使う者を、光の力を使えないってだけで諦めるような教会ではないだろう。どうにかして王族を出し抜こうと考えているのに、それこそ先程も言ったように、風の力ででも魔獣と戦わせようとするだろうね。アリの心情など無視して。それに後々何かの拍子で光の力を使ってしまったら? それこそ終わりだ。聖女は養女という名目で手に入れたため、兄上が婚姻を望みそれを聖女が受け入れたら、いくら教会でも口出しは出来なくなるけれど、アリにはジュメルバ卿との婚姻を持ち出されている。それは生涯決して教会から抜け出せる方法がないという事だ。今ここで回避していないと、本当に教会に飼い殺しにされるかもしれない」
「その力を引き継がせようと、ジュメルバ卿との間に子をもうけさせられますしね」
「はあ?」
どう転んでもアリは狙われてしまうと俺が話した後、皆が考え込んでいるとネビールが感情のこもらない声で、信じられない言葉を口にした。
待て、今こいつ何を言った? 俺が驚いて目を大きく見開いていると、なんて顔してんだ、この王子は? とでも言いたげにネビールは眉間に皺を寄せる。
「何を驚いているのですか? ホワント伯爵令嬢は求婚されているのでしょう? 夫婦ならば子を作るのが当然。捕まったら最後、魔獣退治と子作りの毎日ですね」
「「「いやああぁぁぁ~~~!」」」
とうとう女性三人から悲鳴が上がった。
兄上とブライアンと俺、三人の女性を慕う男達から一斉に睨まれるネビール。
何を怖がらせているんだと無言で睨むが、自分は当たり前の事を言っただけですが、何か? と首を傾げている。
「ネビール、言っていい事と悪い事がある。無駄に女性を怖がらせるものではない」
「はっ、申し訳ございません、レナニーノ様。失言でございました」
兄上の言葉には素直に謝罪するネビール。本当にこいつは……。
「安心して、アリ。まだ十五歳の君にそんな未来、歩ませる訳がないでしょう。俺がちゃんと守るから、怖がらなくていいよ」
「ユマ様ぁ~~~」
目に涙を溜めるアリの頭を撫でると、俺の胸に顔を寄せる。シフォンヌ嬢と聖女もそれぞれ自分のパートナーに身を寄せている。
恐ろしい魔獣退治と好きでもないおっさんとの子作り。そりゃあ、そんなの女性からしたら普通に拷問でしかないよな。
男の俺でも嫌だよ、そんな将来。
これ以上、無駄口を叩くなと兄上に命令されたネビールは、会長に連れられて店の奥へと引っ込んだ。しかし、先程の俺達の様にジッとこちらを伺っている。会話は聞こえるものな。出て来なきゃ、もうそれでいいよ。
「も、もしもジュメルバ卿が私を養女ではなく妻にと望んでいたら、それは今の私の状態でもあった訳ですね。ううう~、養女で良かった。それにレナニーノ様が私を気にしてくれていて良かった」
「本気で君との話、進めさせてもらうよ。少しでも早く教会からは縁を切った方がいい。君を守る為にも。承諾してくれるかい?」
「ええ、よろしくお願いします」
兄上と聖女は手を握り合う。
「私はとても自分勝手だ。シフォンヌ嬢、君が妖精の力を使えなかった事をこんなにも喜んでいる。けれどアリテリア様も決して渡しはしない。アリテリア様の不幸は君の不幸でもあるだろう。もちろん、主君であるユマ様の不幸でもある以上、私の不幸でもある。恐ろしいとは思うが、共にアリテリア様を守ろう」
「嬉しい、ブライアン様。そのように考えてくださるのですね。はい、私も全力でアリを守ります」
「けれど、これだけは約束してほしい。決して無茶だけはしないでくれ。アリテリア様を守るために自分が囮になるような真似だけはしないと」
「はい、お約束します。ブライアン様を悲しませるような事は決して致しません」
そう言ってこちらも、手を握り身を寄せ合っている。
――なんか、これはこれで皆の仲がより深まった。という事になるのだろうか?
俺はちょっと、遠くを見つめてしまう。
いやいや、今はそれよりもちゃんと話の続きをしないとな。
俺はイチャイチャタイムは終わりだと、皆を落ち着かせて椅子に座りなおさせた。




