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モブの生活が穏やかだなんて誰が言ったんだ?  作者: 白まゆら


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暴露大会勃発

「私、この妖精パッションっていうんですけれど、パッションとは森の中で出会ったんです。初めて見る可愛い生き物に興奮してしまった私は、時間を忘れてパッションを追いかけました。気付いた時には魔獣の住む奥へと入っていたんです。目の前の魔獣を見て私は動けなくなりました。するとパッションが私の肩に乗ってきたんです。そして私の体の中から何か熱いものが込み上げてきたかと思うと、体から光が出たんです。目をあけると魔獣はいなくなっていました」

 その時の光景を思い浮かべたのか、聖女は愛おしそうに肩の上の光を見る。しかしすぐに眉を寄せると溜息を一つ吐き、話に戻る。

「たったその一回きりで、私は教会に捕まってしまったんです。貧乏な村でしたから、お金をつまれたら嫌とは言えませんよね。それでも家族は私を引き渡さないと抵抗してくれたんですけれど、村中から白い目で見られて生活もままならなくなりました。私は家族の平穏な暮らしと引き換えに、教会で聖女として働く事を決めたんです」

 だから、と顔を上げて兄上をまっすぐに見つめる聖女。

「いくらレナニーノ様が私を気にいってくれても、私は教会を裏切るわけにはいかないんです。正直魔獣を目の当たりにすると怖いし、もしもパッションが私に力を貸してくれるのをやめてしまったら、このまま食べられてしまうかもって恐怖はいつもありますが、それでも私が逃げたら家族はどうなりますか? それに教会の暮らしも魔獣退治をする以外は平和なもので、ジュメルバ卿の命令さえきいていれば苦労はありません」

 兄上は驚きながらも黙って話を聞いている。そんな兄上にハッと気付いた聖女は、バツが悪そうに俯きながらも話を進める。

「そりゃあ、一時期はレナニーノ様カッコイイし、結婚したら教会とも縁が切れるかもって思ったけれど、考えてみればレナニーノ様だって私を聖女だから欲しいと思ったんですよね。元の婚約者の怖い令嬢とは違い、清い心の持ち主の私なら癒されると思って。でもそれは先程も言ったように幻想です。私は平民の躾も教養も出来ていないただの村娘です。力だってパッションに見放されたら、あっという間に使えなくなってしまうもの。そんな私が非の打ち所のない王子様の相手になんて選ばれたら、貴族の皆さん本気で怒りますよ。元婚約者よりも悪い状況になると思います」

 俯いたまま一気に捲し立てた聖女に、兄上は大きな溜息を吐く。

「……そんな風に思われていたんだね」

 ショックだ。という様に目元を片手で押さえる。その姿に聖女は目を丸くする。

「なんですか? 間違ってはないでしょう。じゃあ、どういうつもりでレナニーノ様は私に求婚したんですか?」

「君が笑ったから」

「え?」

「初めて城に連れて来られて紹介された時、聖女だと言うジュメルバ卿の言葉に君は皮肉な笑みを浮かべただろう。ああ、この子は聖女という立場に納得していないんだなって思ったんだよ」

「その通りですけど、だからなんだと言うのですか?」

「私と一緒だと思ってね」

「?」

「兄上?」

 第一王子が何を言いたいのかよく分からないと、この場にいる者全員が思ったであろう。俺は兄上の肩に触れる。何が言いたいのかとたずねるように。

「私はね、ユマノヴァ。幼い頃から私より君の方が王にむいていると思っていたんだよ」

 俺の手をそっと肩から離し、兄上は苦笑を浮かべる。

 はあ? 何言ってるんだ、この人。ショッキングな事が続き過ぎて混乱してしまったのか?

「大丈夫だよ。私は本音を言っているだけだから。だって君は幼い頃から非凡な存在だったじゃないか。君は演技派だからね。上手くお調子者のふりをしていたけれど、優秀な人には気付かれていたよ。かくいう私もその内の一人さ。だけど同時に君が王位に興味がない事も分かっていた。だから君の演技に付き合いながらも私自身、君より優秀だと認めてもらいたくて必死で頑張ったよ。執務を自分一人で引き受けていたのも、そういう理由からさ。まあ、少々意固地にはなっていたのかもしれないね」

 クスッと笑う兄上は、その時の心情を思い浮かべたのかもしれない。随分と強情だったと君が執務の体制をガラッと変えてしまって気付いたよ。と笑う。その笑顔は皮肉なものでもなんでもなく、本心からの笑みだ。

「私は私がいなければ、この国は機能しないと思わせたかったのだろうな。この国に必要なのは君ではなく私なのだと貴族や民に知らしめたかったのだ。今思えば本当に馬鹿な事をしていたと思うよ。イルミーゼの笑顔に私はそういう私の感情と同じものを感じたんだよ。本心から今の状況を認めているわけではないと、本当は誰よりもそう呼ばれる事が嫌なのだという気持ちもね」

 君は聖女と、私は王太子と呼ばれる事がね。と聖女と自分を指さす。

「ユマノヴァ、私は君に劣等感を抱きながらも、君がいらないと言っている地位に必死にしがみついていた、情けない男なんだよ」

 呆気にとられる聖女から視線を離し、俺に向き直る兄上。俺はそんな兄上を睨みつけながら、呟いた。

「……さっきから何をほざいているんですかね、貴方は」

「怒ったかい? でも本当の事なんだよ。私は……」

「貴方が俺より下のはずがないでしょう。このハイスペックイケメンが!」

 呟いた声が聞こえなかったようだから、怒鳴ってみた。いい加減にしろよ、この野郎。

「へ?」

 兄上は俺の突然の怒声に椅子から落ちそうになる。が俺はそのまま立ち上がり、ずいっと隣の兄上の椅子のひじ掛けをガっと両手で掴んだ。男相手に何やってるんだ? とは思いながらも、このままこいつを逃してなるものかという思いで椅子に囲い込む。

「いいですか、兄上。貴方は誰よりも優秀で王になる為に産まれてきた男なんです。俺が王? はっ、俺がそんな地位についたら一年ももちませんよ、この国は」

「ユ、ユマノヴァ、とりあえずこの手を……」

 兄上は話は聞くからとりあえずこの手を除けてくれと頼んでくるが、それに従う気は毛頭ない。俺はその姿勢のまま、話を続ける。

「俺はねえ、今度こそ長生きしたいんですよ。優しい嫁と可愛い子供に囲まれて、イチャイチャ楽しい時間を目いっぱい過ごしたいんです。その為に今めっちゃくちゃ頑張っているのに、王になんかなったらそんなもの夢のまた夢になってしまうじゃないですか」

 この世界が乙女ゲームとまるっきり同じとは思っていないが、少なくともこの目の前にいる兄王子は次代の王でハイスペックな攻略対象者である事は間違いない。そんな奴がモブの弟に劣等感をもっていた? ハイスペック王子と同じ血が流れていて、しかも中身は二十九歳の現代知識を持ち合わせた男が平凡なはずはないだろう。俺だってそれなりに自分に力がある事は理解してるさ。

 だが、それでも俺はモブでありたい。モブの穏やかな生活が俺の夢なんだ。それを勝手に勘違いしたハイスペック王子に邪魔されるなんて、絶対に嫌だ。

 俺は、俺に囲い込まれて身動き出来ない兄上に笑いかける。

「それに兄上は脳筋の王達に代わり、ずっと一人で執務を頑張っていた。それが意地だろうが存在意義だろうが、それを成し遂げて来られた力は素晴らしいです。兄上が心配なされなくても、もうすでに兄上は認められています。他国に行けばそれがハッキリと分かりますよ。あの国にはレナニーノ王子がいるからと」

「他国って……ユマノヴァ?」

「次代の王は貴方しかいないんですよ。昔も今もこれからも」

 兄上は目を大きく見開く。俺は産まれた時から王になる貴方の役に立てと育ってきたんだ。今更かわってくれなんて言われたら困るっての。

「俺はね、信じられないかもしれませんが割と本気で貴方の為に働きたいと思っているんですよ。俺の趣味と実益を兼ねて、外交官として働くのが一番いいかなって。俺を使ってくださいよ。結構優秀ですよ、俺は」

 ニカッと笑って、ついでとばかりに自分を売り込んでみた。ホワイト企業なら喜んで働きますよ。そうだな、可愛い嫁とイチャイチャ出来る時間がたっぷりあるのなら。そこでアリの顔を見てしまうのは仕方がないと思う。

 そんな俺に兄上は呆けた表情を見せていたが、ブハッと大声で笑いだした。

「アハハハハ、本当にユマノヴァは最高だね。私を王として支えてくれるのか? だったらこれからはもう少し私の意見もきいてもらわないとね」

「いいですよ。理不尽な事でなければね」

「ありがとう。では、もう少し頑張ってみようか。とりあえずは今まで腑抜けてさぼっていた執務がどう変化したのか、流れを教えてもらおうかな」

「まあ、それは城に戻ってからおいおいと。それよりも今は聖女との時間を大切にしてください」

 アッと言う様に、兄上は聖女の方に向き直る。

 少しの間とはいえ完全に忘れていましたね、兄上。

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