尻拭いは俺の役目
アリの奇妙な発言にその場にいた者皆、間の抜けた表情になっている。
それはそうだろう。アリは聖女にくっついている妖精に、声をかけたのだから。
俺とブライアンとシフォンヌ嬢は、アリの存在をジュメルバ卿の耳に入れられたら大変だと前回のお茶会同様、雑貨屋内での妖精の徹底排除をティンにお願いしたのだが、アリはティンがいなければ自分も気付かないふりをするので大丈夫だと言って、そこまではしなくてもいいと断ったのだ。
それでも不安はあったが、アリがティンにあまり負担をかけたくないという気持ちも分かるので了解したのだ。だが、まさかアリ自身が皆の前で暴露するとは思ってもいなかった。
俺は慌てて奥から出て、アリの肩に手を置く。
「アリ、こちらにおいで。もう少し二人にしてあげよう。まだ話し合いは始まったばかりなのだから」
「でも、ユマ様。この子とても不安な顔をしています。このまま放っておいたら力を使って暴走するかもしれませんよ」
そう言うと彼女の肩の光を指さして、悲しそうな顔をする。
あ、負けた。誰が? 何に? 俺が。アリに。
俺はアリのこんな表情は見たくない。しかも妖精が力を使うかもしれないと言う。だったら俺が動くしかない。
この場で状況が分からないのは、兄上とネビール。そして会長だ。会長は大丈夫。話せば分かってくれる。というか面白がる。兄上とネビールは……誤魔化す? 俺の弱みになるが仕方がない。問題は聖女だ。目を大きく見開いて驚いている姿が分かる。
どうする? どうする? どうすればジュメルバ卿の耳に入る事を阻止出来る?
俺がフル回転で脳を働かせていると、聖女がポツリとこぼす。
「貴方……まさか、見えるの?」
「はい。内緒にしてくださるのなら、お話しします」
「どこまで?」
「全部です」
……………………。
静寂が雑貨屋を包み込む。あああ、アリ~、どうしてそんなにハッキリと言っちゃうかな? しかも素直に内緒って。
俺が頭を抱えそうになった横で、聖女の光がアリに体当たりしようとしたので俺は思わず右手で掴んだ。ワシッ!
……………………。
二度目の静寂。
うわああぁぁぁ~~~、やっちまった。
皆の視線が痛い。唖然とした表情で俺を見る。見えている者には俺は妖精をワシ掴みにしている姿で、見えていない者には何もない空間を突然握りしめる変な奴だ。
タラ~っと冷や汗をかいている横でアリが「ユマ様、大丈夫ですよ。この子攻撃しようとしたんじゃないです。私に挨拶しようとしてくれたんです」と妖精を握りしめている手に手を添える。妖精は俺の手の中で固まっている。
あああ、もう無理だ。これ以上は誤魔化せない。
「……ユマ、ノヴァ様?」
聖女が信じられないというような目で、俺を見る。
「はい。見えてますよ、俺にも。とは言っても俺は光だけですが」
ああ、もうどうにでもなれ。という中半ヤケクソ気味に俺は説明を始めた。
この場にいる者、皆が理解出来るように。
俺の予想通り会長は面白がり、ネビールはこの王子とうとうおかしくなったか。と俺の頭を疑い、兄上と聖女は無言でジッと俺を見つめていた。
「――という訳で、聖女様の力は妖精によるもので信仰心は一切関係ありません。因みにアリも内容は違えど、似たような力を使えます。俺とシフォンヌ嬢は妖精の姿を光で見えるだけなので、力は使えません。以上、質問はありますか?」
聖女がそっと手を挙げる。
「何故、そんな大切な事を教えてくださったんですか? 知られれば私のように利用されてしまうかもしれないのに」
やっぱり、聖女も自分は教会に利用されていると感じていたのだな。辛くはないが嬉しくもない。といったところかな。
アリは少し首を傾げながら、俺をチラリと見る。話していいかと許可を取っているのだろう。ああ、アリテリアさん、そんな行動は今更です。こうなった以上はお好きにどうぞ。後の尻拭いは俺が全力で考えますので。
俺がニコリと笑うと、アリは許可を得たと嬉しそうにする。ううぅ、もうその顔、反則。なんでも許してしまうじゃないですか。
俺の心の葛藤も知らずに、アリは聖女に向き直る。
「私も本当は黙っているつもりだったんです。正直、もうすでにジュメルバ卿には目を付けられていますし、ユマ様がいなかったら今頃私は聖女様と同じ場所にいたと思います。でもこの子、貴方の肩の妖精さんがとっても悲しんでるんです。これ以上貴方を苦しめないでと心で叫んでいます。私の妖精のティンがそばにいてくれたら対処法もあったのかもしれませんが、今はここにはいなくて、私にはこの子を無視する事が出来ませんでした。申し訳ありません。皆様を混乱させ、ユマ様に迷惑をかけると分かってはいたのですが、直接声をかける以外の方法を私は思いつきませんでした」
このまま放っておけばこの子は力を爆発させて、皆様を傷付けてしまうかもしれなかったと言うアリだが、それでも突然不思議な行動をとって皆様を驚かせた事は謝ります。ごめんなさいと頭をさげる。
俺はそんな事はしなくていい。と謝罪をやめさせようと手を伸ばしたが、その前に俺からアリを奪い抱きついた者がいた。聖女である。
「嬉しいです。アリテリア様。本当に嬉しい。私以外にも、この子達の姿を見る事が出来る人に初めて会いました。アリテリア様は私と同類なんですね」
聖女は力いっぱいアリを抱きしめる。
「せ、聖女様?」
「どうぞ、イルミーゼとお呼びください。ああ、もう、本当、どうしよう。嬉しくて嬉しくてどうにかなりそう」
ぎゅうううぅぅ~~~。
美少女二人の抱擁に唖然と見ていた俺達男性陣は「アリ!」という、これまた美少女の声で我に返った。
聖女の抱擁から解放されたアリはシフォンヌ嬢の腕の中で……倒れた。
え、倒れた? えええええ~?
どうやら意外に力のある聖女の抱擁に、意識を失ってしまったようだ。俺は泣きそうだよ、アリ~~~~~。
聖女はベッタリとアリにくっつき、そんな二人をシフォンヌ嬢が複雑な表情で後ろから見ている。
すぐに目を覚ましたアリを椅子に座らせると、その横に自分の椅子を持ってきてアリに身を寄せる聖女。満面の笑みでアリを見つめている。
その前に兄上と俺も座る。シフォンヌ嬢、ブライアン、会長、ネビールは立っている。
俺は他の者はともかく、会長には足を悪くしているし歳も歳だからと座る様に言ったのだが、呑気に座っていて面白いものを見逃してはもったいないですからな。と断られた。なんとも会長らしい断り方だ。
それでも無理はしない様に、いつでも許可など取らずに座ってくれとだけ言っておく。
「アリテリア様、私絶対に貴方の事は誰にも言いません。もちろん、ジュメルバ卿にも。お約束します。ですからどうか、これからも私と会ってはくださいませんか? 私、貴方とお友達になりたいです」
聖女はアリを絶対に離さない。という風に見つめながら、誰にも話さないから友達になってくれと頼みこんでいる。
アリはどうしたらいいのかと困ったように俺に視線を送る。本当、どうしたらいいんだろうね。
そんなアリに聖女は「お願い。私妖精が見える人に初めて会ったの。貴方になら本音を言う事だって出来るわ」と懇願する。
それを聞いていた俺はずいっと身を乗り出し、口を挟む。
「どうせならここで本音を話してみたら? 君の身の上話、なんだって聞くよ。ここには君に思いを寄せている兄上と妖精が見える人間がいる。今更人に話したり問題にしようとする馬鹿はいないよ」
「そうだわ。それがいいです。私もユマ様に話して辛い状況から助けてもらったの。ユマ様は私なんかよりもずっと頼りになるのよ。あ、でも好きにはならないでね。ユマ様は私のだもの」
「え?」
俺は聖女がアリに本音を話したいと言う言葉に、アリ一人に重荷を背負わせてはいけないと思い、ここで全てを話してみたらいいと提案してみたのだが、それにアリがこの様に乗ってくれるとは思わなかった。
いや、賛同はしてくれると思ったけれど、自分のものだから俺に惚れるなっていうのは、殺し文句です。そんな事わざわざ言ったアリの思考は分かるけどね。
多分アリは、もしも聖女が俺に興味をもってしまったら、聖女に思いを寄せている兄上との間に亀裂が生じると心配してくれたのだろう。そうならない為の予防策のつもりだろうが、分かっていてもその言葉は流石にグッときます。俺をこれ以上混乱させないで、アリテリアさん。
照れている俺を見ながらニコニコと笑うアリ。そんな俺達を見ながら聖女はコクリと頷くと、ポツリポツリと自分の身の上と気持ちを話し始めた。




