イベントじゃないけど婚約破棄します
えええええ~、と驚く三人の表情に俺は何故か満足する。うんうん、良い表情だ。
「あの、それはやはり聖女様が原因で?」
「いや、まったく違う。兄上は今度聖女と会い気持ちを伝えるが、その際に上手くいこうがいくまいが関係なく、ガーネット嬢の行動には民を幸せにする事はないと判断したらしく、この引きこもりの期間中にキッパリと切る事を決めたそうだ」
アリの疑問に俺は隠す事無く、正直に答える。
まあ、遅かれ早かれ彼女は国母には出来ないと皆が気付くだろう。父王からの命令ではないだけマシだと思ってもらうしかないよね。
国王からの命令になってしまえば、グランディ公爵家もただではすまなくなるからね。
「遅過ぎですわ。アリを扇で殴るような女性を第一王子の婚約者に決めていたのも、おかしいです」
シフォンヌ嬢がプリプリと怒りながら、兄上とガーネット嬢の婚約を批判する。まあね、アリをこんな目にあわされたんだから彼女が怒るのもよく分かる。俺だって腹立たしい。だけど……。
「まあ、そこは政治が絡むからね。俺もガーネット嬢だけは義姉上と呼びたくなかったから、兄上から婚約破棄の話を聞いてホッとしたけど」
俺が胸をなでおろす動作をすると、アリがコテンと首を傾げてきた。
「ユマ様は、どういう女性がレナニーノ様にお似合いになられるとお思いですか?」
「別に。誰でもいいよ。仲良く出来るならそれでいいんじゃない。ただガーネット嬢だけは無理だと思っていただけ」
「第一王子様でさえ、自分の配下だと勘違いしてそうですものね」
アリの疑問に答えたのだが、シフォンヌ嬢に横からズバリと言われた。そうか、誰が見てもそう感じられたか。それは本当にまずい状況だったわけだ。王族が軽く見られていたという事だからね。ん、俺? 俺は別枠。
「あの、お怒りは尤もなのですが、そろそろ行かないと王妃様とのお茶会に間に合わなくなりますよ」
シフォンヌ嬢の機嫌の悪さに、ブライアンが少しびくつきながらも意見する。美人は怒ると迫力があるからな。
「まあ、大変。顔の傷もなくなったのなら急いで向かわないと」
アリが直ぐに向かおうとしたが、その手をシフォンヌ嬢が捕まえる。
「ユマノヴァ様、アリテリア様の化粧直しのお時間だけ少しいただけますか? 先程の騒動で口紅が少し落ちてしまいました」
「気にするほどではないと思うけど、王妃様の部屋の隣でいいなら許可を取ってあげられるから、そこでいい?」
「はい、ありがとうございます。アリ、落ち着いて。ユマノヴァ様が一緒なのよ。エスコートしてもらって、優雅な行動をとるように心掛けなさい」
「ご、ごめんね~、シフォンヌ。ユマ様、お願いします」
流石シフォンヌ嬢。この騒ぎでお怒りではあったが、締める所はしっかりと締めてくれる、
ブライアンがニコニコとして頷いている。なんとなくドヤ顔に見えるのは、しっかり者の俺の嫁♡ とでも思っているのだろうか。これは結婚したら確実にブライアンは尻に敷かれるな。幸せそうで何よりだ。
母上とのお茶会は遅刻する事なく、無事に開く事が出来た。
またアリと会えたのを、母上はとても喜んでくれた。
「よく国王様を口説けたわね」と言う母上に「兄上が休んでいた間の執務を頑張ったご褒美として、快くこの時間を頂きました」と言うと「私も聞いています。流石私のユマね」と極上の微笑をくれた。母上でなかったらときめいています。
話の流れで、どうせ後で知る事になるのだからと、ガーネット嬢の話を真実は伏せておいて、城の廊下で爆睡していたのを目にしてきたと王妃様にチクってやった。
すると母上は眉間に皺を寄せて「レナニーノは知っているの?」と聞く。
「いえ、まだご存知ではないはずです。ですが、すぐにでもお耳に入る事でしょう。それに私は先程、兄上と話をしてきたのです。兄上はガーネット嬢との婚約を破棄したいと仰せでした」
「それがいいでしょう。私の方からも王様に申し上げておきます」
どうやら王妃様はガーネット嬢が苦手だったご様子。何かと理由を付けて彼女との距離を取っていたらしい。そういう時には父王を最大限に利用していたみたいなので、母上もやるなと少し感動した。
王子様は他の女性を思い、王妃様には距離を取られる。このままでは婚約者の座も危ういと感じていたのだろう。そこでアリを利用して王妃様と対面し、国王様の後ろに隠れている気弱な王妃様なら自分の言う事を聞くとでも勘違いし、王妃様から第一王子との結婚を約束させようとでも思っていたのだろうか。
無理矢理ついて来ようとする先程の行動は、そう考えれば合点がいく。微塵も断られるとは思っていないのだ。
しかし城の廊下で熟睡するという失態を犯してしまった以上、どんな言い訳をしても婚約破棄は承認される。そのような行動をとるような者が今後、他国が絡んだ時に無作法を犯さないとは言い切れないだろうから。ついでに真実込みの話で騒いでくれたら、おかしくなったと思われて尚良い。
それに何より、婚約者のレナニーノや王族が率先して婚約破棄を望むのだから、最早どうしようもない。
「聖女様の事は忘れられたのかしら?」
「数日後にもう一度会う約束を取り付けました。それでお気持ちは整理されるかと」
俺は人目につかない場所で、兄上と聖女を密会させると母上に話した。母上の侍女達はそばにいるが、彼女達は王妃様を守ると心に決めた方達なので完全なる母上の味方だ。ここでの会話は他言無用だと言えば、絶対に他所に漏れる事はないだろう。
俺の従者といい、兄上のネビールといい、結構俺達には信頼のおける者がそばにいる。ありがたい事だ。因みにブライアンは身内だから別。
「アリが凄く頑張ってくれたんです。兄上も感謝していたよ」
「そんな、私は何も」
俺が隣にいるアリに話をふると、アリは慌てて両手をバタバタと振っている。
「フフフ、上手くユマに使われてしまったのでしょう。ごめんなさいね。でも、レナニーノの母親としてもお礼を言わせて。ありがとう、アリテリア様。これであの子も元の姿に戻るでしょう」
母上は扇で口元を隠しながらも、目を伏せる。
王族が簡単に頭を下げる事はどのような場所でもありえないとされているこの国では、これが精一杯の作法なのだろう。ああ、俺は例外ですが、何か?
アリは狼狽しながらも、母上の気持ちを考えてその謝辞を受け取る。
その後は、まだ予定もされていない結婚式の話で盛り上がる。衣装はどのような物がいいかとかその時は自分も関わらせてほしいとか、婚約したばかりの俺達に早過ぎる話で興奮する母上。
アリはにこやかに答えているが、分かっているのかな? 俺との結婚、それはジュメルバ卿の件が片付いたら破棄されるかも知れない案件なんだよ。
いや、俺はアリさえよければこのまま……なんて考えてはいるけれど、アリは本当のところはどうなのだろう?
婚約を口にした時は、簡単に考えていた婚約破棄。いざ現実に突きつけられると、かなり落ち込む。
そういえば乙女ゲームとは余りにもかけ離れた現実ですっかり忘れていたけれど、悪役令嬢との婚約破棄は決まった。後は聖女がどのルートに行くかによって、俺が聖女を義姉上と呼ぶ現実が存在するかという事だけだな。
魔獣は、俺の出番もアリの出番もないよね。ジュメルバ卿の出番も、もちろんこのままないと信じたい。
乙女ゲームと乙女ゲームにはない現実を思案しながらも、俺は母上と楽しく会話するアリの笑顔ににやけるのだった。




