やっぱり頼りになるのは
天井近くまで風と共に舞い上がっているガーネット様と侍女達は、叫び声と共に大人しくなった。どうやら失神してしまったようだ。
私は今のうちにティンにやめてと叫ぶ。だが、ティンは一向に反応を返さない。
泣きそうになる私の肩を、グッと誰かが掴んだ。
え? と横を向くとユマ様の顔があった。ど、どうやってあちこちに広がるこの小さな竜巻をくぐって、私の元に辿り着いたのか?
後ろを見ると同じように、ブライアン様もシフォンヌを抱きかかえている。
慌てる私にユマ様は「そのドレス似合うね。可愛いよ」と状況違いな事を言う。
今はそんな事を言ってる場合じゃない。と思いながらも少しだけ嬉しいと感じてしまう私の心。
ユマ様はニコリと笑って「これ、アリから出されているみたいだけれど、もしかして操っているのはティン?」とズバリと当ててくれる。
そんなユマ様に私は必死でコクコクと頷く。
「やっぱりそうか。まずいな。このままじゃ息が出来なくなる。幸い上の人達は失神しているみたいで無駄な息遣いをしなくてすんでいるようだ。ティンはアリの言葉に反応しないの?」
「私が傷付けられた事で、怒りで我を失っている様なの。声が届いていないの」
「え、傷付けられたって、この頬……殴られたの?」
「そんな事は後ででいいよ。それよりもこれをどうにかしないと。他の人がやって来ちゃう」
「そうだな。ちょっと乱暴な事するね」
そう言うと、ユマ様は反対の肩にいるティンの光を確認するとおもむろに手を伸ばし、ガシッとティンの体をワシ掴みにした。
へ?
ティンも私もシフォンヌも目が点になる。妖精の気配が見えないブライアン様だけが何が起こったか分からない状態だ。
「ティン、いい加減にしろ。これ以上、アリを困らせるな」
捕まえたティンを自分の目線に持っていって、声をかけたユマ様にティンはキョトンとしてしたが、ユマ様の本気の怒りを感じたのかブルブルと震えだした。
ティンの反応と共に、次第に風は大人しくなっていく。
ハッと上を見た私は、弱まっていく風と共にゆっくりとガーネット様達の体が落ちていくのを確認する。
「ユマ様、どうしよう。上の方達が落ちてしまいます」
「アリを殴ったんだからこのまま一気に落としてしまってもいいけれど、それでは問題になってしまうもんな。ティン、彼女達をゆっくりと下におろす事は出来るか?」
ティンはユマ様の迫力にコクコクと必死に頷く。そうして周りの風を止めたかと思うと、ガーネット様達の周りだけ弱い風を起こしたまま、怪我をしない様にそっと地面におろした。
凄い、私じゃこんな細かい制御は出来ないよ。
「ご苦労様、ティン。アリが殴られて腹が立ったんだよな。でも、もう二度とこんな風に力を使ったら駄目だよ。これはアリにあげた力だろう。それをその人から無理に引き出させるのは違うんじゃないかな?」
ユマ様はワシ掴みにしていたティンの体を優しく手の平に乗せ直し、優しい声で語りかける。ユマ様にはティンの姿はハッキリとは見えないはずなのに、ティンの表情まで理解しているかのようにまっすぐに見つめている。
ティンは小さな子が親に叱られたかのようなバツの悪い顔をしているが、どこか嬉しそうな感じもある。そしてユマ様の頬にスリスリと体を押し付けた。
ユマ様は「お、分かってくれたか」とティンの光に向かってクスクスと笑っている。
凄いな、本当に。ユマ様は妖精の心までお見通しなのね。
そうしていると異変を嗅ぎつけた騎士達が、バタバタと駆け付けて来た。
「ユマノヴァ様、何かありましたでしょうか?」
「さあ? 私も今来たんだけど、彼女達がここで寝ているみたいなんだよね」
私の肩を抱いてスッと身を引くユマ様。騎士達の目にはスヤスヤと気持ちよさそうに眠っているガーネット様達の姿が目に付く。
「これは、一体……」
騎士達は呆気に取られた表情で、廊下の床で寝ている令嬢達を見下ろす。その姿はちょっと滑稽だ。
「俺は婚約者を待合室に迎えに行ってここを通っただけだから、詳しい事は分からないな。彼女達が起きたら、聞いてみたらどう?」
「あ、はい。そうします。お手間をおかけいたしました」
「うん。後はよろしく」
私の肩を抱いてスタスタと歩く姿はなんとも堂々としていて、私は平静を保つのが精一杯だった。ブライアン様に腰を抱かれたシフォンヌも後に続く。
騎士達から離れ人気のない所までやって来た私達は、やっとホッと息を吐く。
「アリ、その頬見せて」
すぐにユマ様が私の傷を見ようと手を差し伸べる。
「うわあ、痛そう。扇で殴られたのか?」
「あの方はなんなのですか? 一緒に王妃様のお茶会に連れて行けと暴れたのですわ。それを断ったらこんな事に。もう滅茶苦茶ですわよ」
シフォンヌが泣きそうになりながらも、私の頬にハンカチを当てる。
「大丈夫よ。見た目ほど痛くないから」
「何言ってるの。痛いに決まってるでしょう。真っ赤にはれ上がってるわよ」
「ええ、そうなの? どうしよう。こんな顔で王妃様の前に出られないよ」
私達がオロオロとしていると、ユマ様が自分の肩にいるティンに「この傷治せない?」と聞いている。いつの間に私の肩からユマ様の肩に移動したのか? ティンは私以外の人の肩に座る事なんてなかったのに。
ティンはニコニコと笑いながら、任せてという様に胸を叩いている。ティンの姿が見えていないはずのユマ様が「お、出来るのか」と嬉しそうに声を上げている。
ちょっと、ちょっと、二人共。何かがおかしいわよ。
ティンは私の方に近寄ると、そっと頬に体をくっつける。そしてパアッと体を光らせると、あっという間に私の頬からは痛みが引いていった。
「凄い。本当に治ったわ」
「え? え? 一体何が起こったんだ?」
シフォンヌが私の頬を見て、目を丸くしながらも綺麗に治っていると言い、全く見えていないブライアン様がいきなり傷の治った私を見て驚いている。
ユマ様はと言うと、ティンにありがとうとお礼を言いながら、片手に乗せたティンの頬辺りを反対の手の人差し指で撫でている。それを嬉しそうに享受しているティン。
「……ユマ様、ティンの姿が見えているのですか? 先程から意思疎通が出来ているかのような行動をとられています」
「ん? ハッキリとは見えていないよ。なんとなくこの辺りかなって、勘かな」
いえいえ、勘だけでティンを篭絡しないでくださいよ。すっかりユマ様に懐いてしまったティンは私の肩に戻ってこない。少し寂しいぞ。
「ガーネット様達が目を覚まして、この話をされたらどうしましょうか? 確実にジュメルバ卿の耳に入ってしまいます。彼女達は〔歩く号外〕と呼ばれていますから」
何、それ? とシフォンヌの顔を見ると、アリは知らなかった? と小首を傾げられた。
「先程いた侍女達はガーネット様が楽しむ為に噂話を集めるのが得意で、その噂を流すのも得意なのよ。ガーネット様の都合の良い様に作り替えたりして、侍女仲間を通してあっという間に貴族中の耳に入れてしまうの。噂を使って嘘を本当にしてしまうのも得意ね。だから彼女達が知り得た情報はすぐにガーネット様の耳に入り、三日後には貴族中が噂をしていると言っても過言ではないそうよ」
こわっ。普通に怖いわ。何よ、それ。
「ユマ様の悪評もほとんど、あの侍女達が流したものですよ。自分の婚約者が優位にたつ為に、ユマ様を貶める内容をわざとばらまいているのです。当の本人のレナニーノ様は一切そんな事は望んでいないというのに、本当に馬鹿らしい。それを都合よく利用した方も方なんですけれどね」
ジロリとユマ様を睨むブライアン様。よっぽどその噂に振り回され苦労されたようだ。けれどユマ様はのほほんとした雰囲気で「お蔭で王太子候補から外されて助かったね」と笑っている。
はあ~っと目元を押さえて、大きな溜息を吐くブライアン様。お気の毒です。シフォンヌが必死で背中を擦っている。
「別にいいんじゃない。言わせとけば。彼女達の話が嘘や大げさである事は貴族達も分かっている。その上で面白おかしく話しているだけだ。その証拠に俺とアリとディリア嬢がお茶をしたという噂は流れているが、なんの問題にもなっていない。今回の件も廊下で眠りこけている令嬢の姿の方が問題で、彼女達が何を叫ぼうと自分達の主人の悪評を薄めようとして話している内容だと思うよ。夢か嘘かとね」
肩をすくめて言うユマ様に、ブライアン様もフムッと顎に手を当てる。
「まあ、そうですね。人が風によって上空に上げられたなんて話、しかも城の中でだなんて、誰もまともに信じませんよね」
「でもジュメルバ卿は違うかもしれませんよ」
おそらく大丈夫だろうと言う二人に、シフォンヌが一番厄介な人の耳に入ったらと懸念する。
「多分だけれど、ジュメルバ卿の耳に入るほどの噂にもならないと思うけどな。それよりも今回の件をきっかけに兄上が動くと思う。その方がグランディ公爵家には頭の痛い事になるだろう」
「「「え?」」」
ユマ様の言葉に私達三人は、声を揃える。
「兄上がガーネット嬢との婚約を破棄する」




