聖女との密会作戦
ガーネット嬢のお茶会を断る為に開かれる事となった俺の母上とのお茶会は、日程は招待された日に合わせる為、時間だけを決めた。
またアリに会えると知った時の母上の嬉しそうな顔を想像し、つい口元が綻んでしまう。いかん、いかん、本題は次だ。
そして聖女との密会の話に入る。
「聖女様へは私の方から、我が家でのお茶会にお誘いいたしますね」
アリがそう提案してくれたのだが、俺は腕を組んで考え込む。
「うん、そうしてもらいたいのは山々なんだけれど、大丈夫かな? 教会への手紙だろう。アリの名前で出したらジュメルバ卿に見つからないだろうか?」
「ですがユマ様のお名前や、それこそレナニーノ様のお名前だと聖女の手にさえ渡るかどうかも怪しいですよ」
俺の言葉にブライアンが首を振る。彼の向かいからシフォンヌ嬢がそっと手を挙げた。
「私の名前で出してみましょうか? あの場にいた侍女だと書いて中にはアリテリア様のお名前を書いておけば、聖女様も警戒されないでしょうし、流石に聖女様の手紙の中までは教会側も確認されないでしょう。ジュメルバ卿も私の名前まではご存知ないでしょうから」
「そうかな? ジュメルバ卿がアリといつも一緒にいるシフォンヌ嬢を調べていない訳はないと思うけれどね」
それでなくてもシフォンヌ嬢は飛び切りの美人だ。気に留めてなくても自然と印象には残る。
「では、どうすれば……」
皆が考え込む中、俺はふとアリの机の上の猫の形のインク壺に目がいった。
「……コスター会長に協力を頼むか」
「え、コスターって、あの雑貨屋のお爺さんですか?」
アリが町で買い物をした雑貨屋を思い出す。
「うん、教会に商品を売り込みに行ってもらおう。女性が喜びそうな物、例えば髪飾りとか化粧品とか。安価で素朴な、教会の慎み深い信者でも興味を引きそうな物を集めて声をかけてもらうんだ。普段あんまり外に出られない聖女なら見てくれると思うんだよね。その際に手紙を渡してもらおう。あと場所も、あの雑貨屋を借りよう。そうすれば聖女の後を付けて来た信者達も買い物に来ただけだと思うだろう」
「素晴らしい案です。ユマ様」
とうとうアリが拍手をした。ちょっと興奮しているみたいだ。仔犬が喜んで駆け回っているみたいで本当に可愛い。
横で冷静なシフォンヌ嬢が人差し指を顎に添え、小首を傾げている。
「ではそこに、レナニーノ様も偶然居合わせたという形を取るのですか?」
「それは無理だな。第一王子がフラフラと町の雑貨屋に顔を出すなんてありえないだろう。そこは正直に兄上がいる事も、二人で話をしてほしいという事も手紙に書いておこう。アリ、頼めるかい?」
俺がアリに手紙を書いてとお願いすると、アリはコクリと頷いてくれた。
ブライアンが横で、第二王子ならいつも町をフラフラされてますけどね。と呟いていたが、うん、聞かなかった事にしよう。
「そうだな、内容はああいう別れ方をしたので心配しているという書き出しで。そして兄上が腑抜けになっていると本当の事を書いて欲しい。ここは変に誤魔化さない方がいいと思う」
「正直にって、レナニーノ様の現状をお知らせしてしまって幻滅されませんか?」
シフォンヌ嬢が兄王子の現状は、女の子にとって好ましいものではないと言う。
「まあ、そうだね。でもそれこそ、聖女の本当の気持ちを知るきっかけになるかもしれない。兄上が全く気にならなかったら聖女は来ないだろうし、反対に少しでも気持ちがあれば来てくれる。俺はその事を兄上にも伝えて、雑貨屋に来させようと思うんだ。そうすれば来なかった場合は、兄上もハッキリとふられたんだと納得できるだろう」
俺の説明を聞いて三人は、なるほどと頷いてくれた。こうなった以上、下手に誤魔化しても意味はない。とことん話し合って、誤魔化しようのない程キッパリふられる方がいいに決まっているんだ。そうではないと兄王子も踏ん切りがつかないだろう。
だがあのハイスペックな兄王子が、聖女一人に拒否されただけでこんなにも腑抜けになるなんて、誰が想像できただろうか。
改めて思ってしまう。聖女……怖え~~~~~。
いや、怖いでしょ。メンタルズタボロにする聖女。俺も前世は彼女にふられた事は何度もあるけれど、そんな風に落ち込んだ事は一度もないな。仲間とやけ酒飲んで、次の日には二日酔いの頭を引きずりながら仕事して、三日も経てば普通に生活してたよな。
聖女の何がそんなに惹かれるのか? 乙女ゲームの恐怖を感じる。
う~むと聖女と兄王子を思い浮かべて眉間に皺を寄せていると、ひょっこりとアリの顔が目の前に現れる。
「どうしました、ユマ様?」
俺はふと、目の前のアリが俺から離れていった時の事を考える。
最近常に頭を過る状況。先日もジュメルバ卿が諦めたらこの関係は終わると考えて……脳が停止した。
まて! まてまてまて。俺はもしかしたら兄王子と同じようになってしまうのか?
いや、そんなはずはない。アリは可愛い。可愛いけれど、それはあくまで庇護欲をそそられているだけで、本気で婚約者にと望んでいるわけではない。いくら外見十六歳といっても、中身は二十九歳のおっさんだ。十五歳のアリに本気だなんて、そんなのジュメルバ卿の事をとやかく言えないだろう。
そう考えた瞬間、俺の頭は爆発した。
「え? あれ? ユマ様?」
「どうされました、ユマ様?」
「え、ええ~?」
フシューっと頭から煙を出して、傾いて行く俺の体。閉じる瞳が最後に捉えたのは、必死な三人の姿。
ごめん、ちょっと充電切れた……。




