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モブの生活が穏やかだなんて誰が言ったんだ?  作者: 白まゆら


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ディリア嬢の暴露

 ディリア嬢から出たいきなりの教会注意報は、後ろに控えていたブライアンも気になったのかズイッと身を乗り出してきた。その姿にビクッと肩を震わすディリア嬢。

 俺はブライアンに目配せして控えるように指示を出し、ディリア嬢に安心させるようにニコリと微笑んだ。

「どうしたの、突然。ディリア嬢は教会とは、スープレー公爵の手伝いで関わっていたのかな?」

 スープレー公爵は古くから慈善活動に力を入れており、教会へも当然多額の寄付をしている。ディリア嬢ももちろん、教会へは頻繁に足を運んでいたようだ。もしかしたら教会の内情を何か知っているのかな?

 俺は先を促す様に、ん? と首を傾げて見せる。ディリア嬢はまだ何かを迷っているのか、眉間に皺を寄せていたが、スゥ、ハアっと息を整えて話し始めた。

「私のお腹の子の父親は……教会の、人間です」

「「!」」

 俺とブライアンはビシリッと固まった。

 ここにきて、まさかのカミングアウト。

 いや、いや、いや、まって、まって。流石の俺も思考が止まる。

 誰が何を言っても絶対に相手の素性を口にしなかったディリア嬢が、こんなタイミングで俺に暴露してくるなんて……。まあ、それでも教会の人間だというだけで、まだ何者かも分からないのだけれど。

「ジュメルバ枢機卿はご存知ですよね。彼の側付きをしている修道士ジャック・ダルマンが私の相手です」

 いやあぁぁ~、そこまでは聞きたくなかったぁ。

 俺は心の中で両耳を塞ぎながらも、脂汗の流れる顔に必死で笑顔を張り付ける。

 名前までは知らなかったけれど、確かにジュメルバ卿にはいつもそばに付いている数人の修道士がいたな。その中の一人という事か。

「彼の本当の名前はジャクエル・カエンといい、没落したカエン伯爵家の嫡男でした。私は幼い頃に何度かお会いした事がありまして、だから彼を教会で見かけた時は、私の方から声をかけました」

 家が没落した後の彼の事が気にかかっていたのです。と付け加える彼女は、本当に純粋に幼馴染を心配していたのだろう。

「余程辛い思いをしたのか、彼の容貌は少し変わっていました。愛くるしい眼は鋭い刃物のような険しさを持ち、鍛えているとは言い難い細い体は、ひょろひょろと掴み所がない動きをしていました。何より一番気になったのは、私より余程高い位置にある顔をわざと屈ませ、下から私を見上げてくるような行動をとるのです」

 俺は没落したというカエン伯爵家を思い出す。確か横領と脱税、領民への無理な圧政で内部告発の後、民の反乱で伯爵家全員殺されたのだったな。当時はかなりの問題になったはずだ。

 そのような貴族とスープレー公爵に交流があったとは、おかしな話だ。

「民に反乱を起こさせたのは先代の伯爵です。民に圧政を強いていたのは先代で、その息子である彼の父、没落した時のカエン伯爵は母親の血を引き継いでいたのでしょうか、穏やかな方であったようです。先代が逝き、伯爵家が悪事から手を引いてこれから領地を変えていこうとした矢先に、反乱は起きたのです。彼の父親は民に殺され、一族もほとんどが殺されました。あっという間に彼は一人になったのです。それまでの彼は先代であるお爺様に会う事もなく、優しい両親と穏やかな世界で生きていたのです」

 そこまで聞いて、俺はジャック・ダルマンことジャクエル・カエンの事を考えた。

 悪事とは無縁の世界で生きていた優しい男の子。その世界が、会った事もない身内の所為で一瞬のうちに奪われる。それは想像も出来ない程の苦しみだ。

 俺はディリア嬢の顔をジッと見る。内情を知った彼女は、そんな男の子を放っておけなかったのだろう。

「……こんな言い方はなんだけれど、よく彼は処罰されなかったね」

「彼のお母様と乳母が、教会へ逃がしてくれたそうです。乳母の従姉弟が修道士で、彼の子供としてひっそり生きていくようにと」

 なるほどと俺は頷く。それならば誰も彼の素性を知る事は出来ないだろう。

「だけど、教会に気を付けろとはどういう事? 彼が何か教会のやばい情報でも入手した?」

「いえ。……ハッキリ言います。王家と敵対している教会に気を付けるのはもちろんの事なのですが、一番気を付けて欲しいのは……彼です」

「「!」」

 俺とブライアンは、またもや目を見開く。

「それは、あれですか。君の婚約者だった俺への恋敵的な……」

「いいえ。彼は私に恋焦がれているというよりは、この国の第二王子の婚約者だった私を傷付けたかったのでしょう。貴方を苦しませる為に」

「ちょっと、待って!」

 俺はとうとうギブアップを宣言した。脳が追いつかない。ディリア嬢は何を言ってるんだ? 俺を貶める為だけに、君との関係を持った奴がいると告白しているのか?

 俺が頭を抱えていると、ディリア嬢はフッと表情を柔らかくする。

「やっぱりユマノヴァ様はお優しい。裏切った私にまで同情してくださる」

「違うだろう。そういう事じゃないだろう。君は、君はいつからその事を……いや、そんな事が分かって何も思わなかったのか?」

「分かったのは子が出来てからですわ。彼は私に背を向けたのです。子が出来たのが分かってから一度も会ってはいません。フフ、考えなしの馬鹿な令嬢の自業自得ですわね」

「そんな事あるわけないだろう。そりゃあ、深く考えなかった君にも落ち度はあるが、それでも君一人が悪いわけなどない。過去に何かあったか知らないが、君の同情を買い、物の道理も分からない令嬢を利用した奴が一番悪いに決まっている」

「……ユマノヴァ様」

 俺は浮かしかけた腰をソファに戻し、自分の前髪をクシャリと掴む。

 自分の心配をしてくれる人の人生を壊してまで奴が俺を、王族を恨む気持ちは分からないが、これは違う。こんな事は許してはいけない。

 悩んでいる俺にディリア嬢はもういいのですと微笑む。

「ユマノヴァ様のお蔭で私は、何が大事で何を守るべきかやっと分かりました。自分の全てを捨てて私を守ろうとしてくれるお父様の気持ちをこれ以上、無駄にしたくありません。この子には私しかいない。私はこの子を守って、領地でお父様と穏やかな暮らしをしたいのです」

「奴を、このまま放っておいていいのかい?」

「元より、私はあの方に何も求めてはいなかったのです。あの時の私は与えられるのが当然と思い、何も必要とせず、何にも執着していませんでした。あの方には自分が求められたと勘違いして、可哀そうなあの方に施しを与えるような気持ちで関係を持ったのです。ですからこの子とお父様が大切な今の私には、あの方は全く必要ありません。いえ、これ以上の関係を築きたくもありません。この子は私が一人で産んで、お父様の協力の元、大切に育てるのです」

 真っすぐに前を見つめるディリア嬢の顔には、嘘をついている様子は全くなくて、彼女は本当に奴を必要としていないのだと理解した。

 この国の貴族女性が弱いなんて、一体誰が決めたんだ? 彼女はこんなにも強いではないか。過去を振り切り先を見つめる彼女に、俺は改めて母親を見た。

 俺はブルブルと首を振る。

 直接守ってやる事もしない俺がこれ以上、何かを言う事は前を見つめる彼女に失礼だ。

 俺はディリア嬢に微笑む。

「……遠くから、応援しているよ」

「ありがとうございます。今の私には何よりも嬉しいお言葉ですわ」

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