ごめん、無理
俺は前世からわりとお調子者だ。軽口でなんとかなった事も多々ある。けれど、今これは軽口がたたけるような状況じゃない。だってこんな事あり得るのか? 俺、王子だよ。
目の前の色素の薄い儚げな美少女は、泣きじゃくっている。
泣きたいのは俺だよ。本当、もうどうしたらいいの? 後ろに控えている少女の侍女と俺の側近、ブライアンも言葉を失くしている。顔面は蒼白だ。
少女は俺の婚約者ディリア・スープレー公爵令嬢。初めて彼女から会いたいという申し出を受け、お茶の時間に招待したのだが、人払いまでさせられた(流石に二人きりという訳にはいかないので、彼女付きの侍女とブライアンは残した)後、爆弾は投下された。
人生初の大爆弾だ。
「えっと……つまり、君は妊娠したと。相手は私にも言えない。だけど君は私の婚約者だから、その子の父親は私だという事にして一緒に育ててほしいと、そう言う事かな?」
俺がコテリと首を傾げると、少女はビクリと体を揺らしながらもコクリと頷いた。
……頭が痛い。
どうしてまともに目も合わせた事のない女性の子供の父親に、俺がならなければいけないんだ?
「ぶ、ぶ、無礼者!」
キレたのはブライアン。うん、まあ当然だよね。
「王子になんて事を……。この方を、ユマノヴァ様をちゃんと王族として認識していられるのか? ユマノヴァ様の子供として育てるという事は、その誰とも知れないお腹の子供を王族の一員として認めるという事なのですよ」
そうだね、その通りだよね。王族の血が一滴も入っていない子を王族として育てるのは……うん、無茶ぶりにもほどがあるよね。
「し、しかし、ユマノヴァ様は、お優しいから……」
ん?
「お優しいから、この子にも優しくしてくださると思って……」
なんか、変な言葉を聞いたな?
優しいから何? 優しかったら自分の子供でもない子を育てるの? しかも婚約者という立場にありながら、他の男と遊んだ女性と? いやいや、前世でもそれはありえないでしょう。中にはそれを許してくれる、本当に心の広い奴もいるかもしれないが、俺は無理。
俺との間に心も一切通わせてないのに、今初めて「はい」と「いいえ」以外の言葉を聞いた女性の子を、何もなかったかのような顔で結婚して育てるなんて、絶対に無理。
しかも忘れてたけど、俺まだ十六歳なんだよ。前世が二十九歳だったから一瞬、そうなんだぁ的な感じて聞き流してしまったけれど、いやいや、ムリムリ。いくらこの世界が早婚とはいえ、流石に無理です。
俺はハァ~っと息を吐いた。
俺の行動にビクリと体を揺らす公爵令嬢。いや、一々俺に反応しないでくれる。無茶苦茶言ってるのは君だからね。
「申し訳ない、ディリア嬢。私は君の思いには応えられない。私はこれでも王族なんでね。王家の血を受け継がない子を、王室に迎え入れる事は出来ない。今をもって婚約は解消だが、君から父上、スープレー公爵に話をするかい? それとも私から……」
「ユマノヴァ様は、恥をかいてもいいのですか?」
ん?
俺が無理だと婚約を解消する手はずを整えようと切り出すと、彼女は今まで弱々しかった様子が嘘のように、顔を上げて俺を睨みつけてきた。
あれ? 彼女こんな感じだったっけ?
「私が他の人の子供を妊娠したと公に知られれば、恥をかくのはユマノヴァ様ではないですか。婚約者一人捕まえておけない、寝取られ王子と蔑まれますよ。それでもいいのですか?」
何、そのとんでも発言? 俺が首を傾げると何に勢いづいたのか、彼女はニヤリと笑って無茶を言い続ける。
「私のスープレー公爵家には、王家の血が流れております。私の子供であれば王族の血を受け継かない子ではないので、なんの問題にもなりません。それにユマノヴァ様は第二王子と王を継ぐわけではないのですから、血の濃さなんてさほど関係ないでしょう。次代はレナニーノ様がお継ぎになり、次はその子と受け継がれていきます。ユマノヴァ様は男としての矜持を守れますし、私も父に怒られないですみます。この子も問題なく育つ事でしょう。ユマノヴァ様さえ目を瞑ってくだされば、誰にとっても良い事なのです」
わぁお、すっごいな、この子。なんか俺、この世界の女性を侮っていたかもしれない。見た目弱々しくても、流石貴族っていうのかな? うん、ちょっと心配だったけれど、これならこの子一人でも生きていける。俺が助けてやる必要もなさそうだ。
俺は先程まで、どうしたらこの子とそのお腹の子を無事に生きていけるようにしてあげられるかを考えていた。
スープレー公爵家は、確かに王家の血を受け継いでいる。けれど、それはかなり薄い血だ。
三世代前に王家は沢山の子をもうける事が出来た。要は好色王が側室を五人ほど召し抱えたという事。その中の一人の娘が、スープレー公爵家に嫁入りしたという話だ。
だから彼女の言う事は間違ってはいないが、問題がない訳では全くない。
それにこの事が知られれば、スープレー公爵は彼女の子を殺し、彼女もどこかに追いやられてしまうかもしれない。領地内か修道院かは分からないが、確実に王都には残れないだろう。
俺に知られる前ならば、子だけを殺し、素知らぬ顔で俺との婚約を継続させていただろうが、俺に知られた今、彼女の命もどうなる事やら……。
それほどに、この国の男尊女卑は激しいのだ。
彼女が悩んだ末に出した結果がこの状況だという事は分かる。父親にバレて子供を殺されるよりも俺に何もかも話して、王子妃として子供と共に迎えてもらおうと思ったのだろう。
優しいユマノヴァ様なら、それくらい受け入れてくれるとでも思っていたのだろうな。俺の立場でそんな事する奴、この世界にはいないと思うんだけれどね。
彼女の考えが浅慮過ぎるのか、それとも俺を侮り過ぎているのか、それはまあ、どうでもいいけれど、一応は脅し文句まで考えていたのには恐れ入る。けれどそんなものは取引材料にもなりえない。
「ディリア嬢、君が必死なのは分かるけれど、君は王族ではなく私は王族なんだ。現在王位継承権二位の私は、決して自分の子供ではない子を王家に迎え入れる訳にはいかないんだよ。それに私達は十六歳の婚約者同士であって、結婚をした大人ではないんだ。結婚前の婚前交渉など、私の立場からしても醜聞にしかなりえない。それを優しいだけで認めるなど決して出来ないし、したくない」
キッパリ言い切る俺を、彼女は絶望した表情で見つめる。
「そんな……じゃあ、私はどうしたら……」
そんな事知らないよ。お腹の子の父親とでも一緒に考えたら。と言いそうになるが、そういう訳にもいかないんだろうな。
俺には言えないって言っていたところからも、ややこしい状況は見えてくる。
「……先程から何をおっしゃっているのか。侍女殿は知っていたのか、このような無礼な事を」




