そばにいたいな
「全く、もう。ひやひやさせないでよ」
「ごめん、シフォンヌ」
あの後、ユマ様に落ち着いた事を確認されて、私は自分の屋敷へと帰り着いた。
今まで無言を貫いていたシフォンヌが、部屋に着いた途端、堰を切ったように話し出す。私は素直に謝った。ごめん、かなり我慢させていたようだね。
「今日は一体どういう日なの。濃過ぎるわよ、色々と。ユマノヴァ様の人物像はますますよく分からないし、王族はかなり無茶苦茶な人ばかりだし、使用人も問題だらけ。まともな人はブライアン様だけじゃない」
あれ? そこの評価は変わらないんだね。まあ、ブライアン様は何かされたわけではないからね。ちょっと私達に内部を暴露し過ぎちゃっただけかな?
でも、ユマ様だって何もしてないわよ。周りが無茶苦茶なのは大いに認めるけど。
「ユマ様は良い人よ。今日で本当に理解出来たわ。あのネビールとかいう自分の命を狙っている男に対しても、寛大に接していたわ」
「寛大過ぎるのよ。そもそもユマノヴァ様一人がレナニーノ様の代わりをしているのもおかしいし、元婚約者の妊娠って何? アリはその事は何も思わなかったの?」
――思いました。滅茶苦茶思いましたとも。
ブライアン様からも前の婚約破棄には理由があると聞いていたけれど、まさか相手の方が妊娠されていたなんて。
「あの口ぶりからして、ユマ様のお子、じゃないよね?」
私がコテンと首を傾げると、シフォンヌは目を大きく見開き怒り出した。
「当たり前でしょう。そこ疑ってたの?」
シフォンヌの迫力に、思わず謝ってしまう。
「ううん、ごめんなさい。そういう訳じゃないけれど、一応、確認?」
もう一回、コテンと首を傾げると、呆れたというような目をシフォンヌに向けられてしまった。本当にごめんなさい。
「……アリは、ユマノヴァ様をどう思ってるの?」
突然、シフォンヌは真面目な顔をしてそんな事を聞いてくる。
「なんで?」
私がまたもやコテンと首を傾げると、その頭をまっすぐに直された。痛い。
「懐いてるなぁとは思っていたのよ。けれどお茶会の時も今日も、ユマノヴァ様の婚約者として言われている言葉を当たり前のように受け止めている姿を見て、なんだか好意を持っている様に思えたの。……本当に好きなの?」
「好きだよ。良い人だもん」
私があっさり頷くと、そうじゃないという様にシフォンヌは首を横に振る。
「そういう好きじゃなくて、男女間の……。もしもこのまま、本当にユマノヴァ様と結婚してもいいと思うほど、好きかって聞いているの?」
「……よく、分からない。ユマ様が、それを望まれている様には見えないから」
私はティンの方を見ながら、シフォンヌにそう答える。ティンも困った顔をしている。
実はティンは、私から離れてユマ様に会いに行った事が何度かあるのだ。気付かれないように光を消して。
ユマ様は室内では無言で過ごされているらしい。まあ、そうだよね。独り言を延々としゃべられてたら、ちょっと怖い。ただ普段の態度から、そのような方でも不思議ではない様に感じていた。失礼かもしれないが、余り周りを意識されない方だと思っていたのだ。
けれど現実は、人の目がない間は本を読んだり、何か書き付けたりしている事がほとんどだそうだ。熱心に勉強している姿こそが、本当のユマ様らしい。
女性に優しいというのも単に声掛けをなされているらしく、それも不審者確認や情報収集といったような事の為に行っているようだ。
ユマ様がプライベートで書きつけている用紙に、その様な事が書かれていたらしい。
そして誰に対しても物腰は柔らかく、特に下の者には気を使っているらしい。
王族なのだからそのような事をする必要はどこにもないのにと思うが、ブライアン様の今日の発言でなんとなく理解出来た。王族は恐れられている。それぞれに与えられた離宮に人が近寄らない訳と同じだ。ユマ様はその感情を覆したいのだろう。
元婚約者の話ではないけれど、弱者を守ろうとする行動に私はとてつもなく愛しさを感じる。
だけどユマ様の行動は、やはり謎なのだ。私の事をどう思っているのか本当に見えてこない。本気でジュメルバ卿から守ってくれようとしているのは分かる。だけどそれがシフォンヌの言う男女間のものなのかどうか……簡単に婚約破棄が出来ると言われた時点で、私は判断に迷うのだ。
私一人がのぼせ上がるわけにはいかない。それこそユマ様の邪魔になってしまうだろう。
私が答えに窮していると、シフォンヌも溜息を吐く。
「確かにユマノヴァ様の行動には、アリを可愛がりはしているけど最終的にはそれを望んでいる様には見えないものね。なんていうか、妹を可愛がる感じかな?」
「私、そんなに幼いの?」
女として見られていないという様な言葉に、私はショックを受ける。ガーン。結婚以前の話だった。
「違う、違う。アリがどうかという事ではなく、ユマノヴァ様の態度がね。こう、なんていうか十六歳の少年ではないというか。それこそブライアン様もおっしゃっていたでしょう。王妃様はユマノヴァ様に甘えていると。たまに凄く年上に感じるのよ。この国の男達はどちらかというと幼い感じの者が多い中、一人大人みたいな感じ。もしかしたらユマノヴァ様のそんな空気を周りも自然と感じていて、知らず知らずに甘えてしまっているのかもしれないわね」
シフォンヌの言葉に、確かにそうかもと頷いてしまう。
ユマ様は文句は言われても、決して怒ったりはしない。受け止めてくれる。そんな安心感が周囲の人間も自ずと感じてしまっているのかもしれない。
でもそれじゃあ、ユマ様は……。
「可哀そうだわ。そんなに周りに頼られて、本人も自分がそんな行動をとっている事を自覚されてなくて、いつの間にか負担ばかりがのしかかっている。どこで息抜きをすればいいの?」
「もっと可哀そうなのは、それが周りには認められていないといったところでしょうね」
私とシフォンヌは、ユマ様の余りの悲惨さに心から同情してしまう。
今も尚、城で黙々と仕事をしているユマ様を思い浮かべる。
周囲から女好きだと軽んじられ、王族の仕事を一身に引き受け、レナニーノ様の信望者から命を狙われる十六歳の優秀な第二王子。
優しさから元婚約者との婚約破棄の泥をかぶりながらも守ったその人の秘密は、あっさりと第三者により暴露される。
あれ? もしかしてユマ様って、かなりの不憫属性?
私とシフォンヌの考えは、同じところに至ってしまったようだ。二人で顔を見合わす。
「……私、精一杯ユマ様に優しくしてあげたいと思う。それが男女間の好きかどうかは別にして」
「うん、私もそれでいいと思う。感情は後からついてくると思うし、何より今はジュメルバ卿から逃れる為にも、ユマノヴァ様のそばにいないとね」
どうやら私達の意見は一致したようだ。私は明日もユマ様に会う為に、城に行こうと心に決めた。
飄々としているようで頼りになる、真面目な不憫属性の彼のそばに当分はいるつもりだ。私のそんな感情を読み取ったのか、ティンも他の妖精も何やら喜んでいるようだ。
ユマ様は意外と妖精にも人気があるようで、知らぬは本人ばかりなり。なのである。




