王妃様のお気に入り
王族の会話を遮るなど信じられない無礼な行動をしようとする主に、シフォンヌ嬢が顔を真っ青にして止めようとしたが、ユマ様がそれを片手で遮った。
「どうしたの、アリ?」
構わないから話してごらんと、アリテリア様の腰に手を添え、王妃様との間に彼女を連れて行く。
「先程から王妃様のお言葉を耳にして、私嬉しく思いました。王妃様は本当にユマノヴァ様を大事に思われていて、ユマノヴァ様が選んでくださったというだけで、この様に令嬢とはあるまじき姿をしている私を快く受け入れてくださっています。お言葉も私を気遣うものばかり。ユマノヴァ様のおっしゃる通り、ユマノヴァ様の優しさは王妃様譲りなのでしょうね。図々しい申し出ではありますが、先程王妃様がおっしゃってくださった様に、お義母様とお呼びしても宜しいでしょうか?」
そう言ってはにかんだように笑うアリテリア様に、二人の視線は釘付けになる。
「……ユマ、なんて可愛いの、この子」
「……可愛いですね、本当に」
王妃様の言葉にユマ様が頷くと、その途端ガバッと王妃様がアリテリア様に抱きついた。
「ああ、本当に可愛い。私女の子が欲しかったの。ユマと駄目になっても私の娘になって頂戴。お願いよ」
「え、母上。私と駄目になってもって、それはちょっと酷いです」
「だって、先の事は分からないじゃない。私だってまさか結婚式で王様に攫われて、公爵様と駄目になるとは思わなかったもの」
「それはそうなのですが。いや、ここでそれを例えられても……」
アリテリア様を挟んで、ワイワイと騒ぐ親子。そんな様子を呆気に見ていたシフォンヌ嬢が「いつも楚々とした上品な王妃様が……」と悄然と呟く。
「うん、ユマ様の前だけはあの様に本心を出されるんだ。他では見た事がない」
俺がシフォンヌ嬢の見解は間違っていないと告げると、シフォンヌ嬢は不思議な顔をする。
「それは、あれですか。ユマノヴァ様にだけ気を許されているという事ですか?」
「そうだね。俺の母曰く、甘えているらしいよ。ユマ様にはそういうところがあるらしいから」
シフォンヌ嬢は手を口元に持っていき、考えている。
「懐が深いんですね。先程の方との会話にも信じられない内容が沢山含まれていましたが、それを全て許されているのですよね」
先程の方とはネビールの事だろう。確かに奴との会話は俺でさえ眉を顰める内容ばかりだった。彼女達の耳に入る事は、かなりの負担となっただろう。
「……要らぬ話を聞かせてしまって申し訳ないと思っているよ。後々アリテリア様と話されるとは思うけれど、もし差し支えなければアリテリア様の本心を教えてもらえるとありがたい」
「そうですね。まあ、検討させて頂きますとしか言えません。私も情報量が多過ぎて、ちょっと混乱していますから」
「そうだね。本当に申し訳ない」
シフォンヌ嬢は正直に話せるかどうか分からないと答えた。確かにそれが正しい答えだろう。
ふと視線を感じると、王妃様がアリテリア様を腕に抱えたまま、俺とシフォンヌ嬢をジッと見ていた。
「……ブライアンにも、春?」
「お分かりになりますか? アリの侍女のシフォンヌ・イーブス子爵令嬢です」
「まああ! マアムに知らせてあげなきゃ」
「待ってください、王妃様!」
王妃様が麗しいご尊顔を朱に染めて、満面の笑みを向けてくる。その表情は国王様なら一瞬にして倒せそうなほど、眩い輝きに満ちていた。が、いや、待て待て待て。
王妃様はシフォンヌ嬢と俺の関係を勘違い、いや、俺の気持ちは勘違いでもないのだが、いやいや、とにかく俺達の仲を勘繰り、俺の母にチクろうと、コホン、報告しようとした。
必死で王妃様を止めようと動く俺を、今度はユマ様が後ろから羽交い絞めにする。
「報告されて困る事でもないだろう」
「困ります。俺達はまだ、そんな……。とにかく出会って間もないのですから、ちゃんとシフォンヌ嬢の気持ちを尊重しないと。ユマ様がいつもおっしゃっている事でしょう」
「同じ時を過ごしている俺達は、もう婚約しているぞ」
ユマ様が普通に自分とアリテリア様は婚約していると言う。時間は関係ないと言いたいのだろうが、貴方達の婚約は契約ですからね。俺達とはまるで違うと言いたい。
「ブライアン様はシフォンヌをどう思われます?」
まさかの伏兵。アリテリア様までが、そんな事を俺に聞いてきた。
その言葉に俺とシフォンヌ嬢の視線が絡む。
ボッとお互いに、顔から火が出る思いをする。この人達は俺達を揶揄って面白がっているのだろうか?
「ごめんなさい、ブライアン。マアムにはもう少し黙っているわ。けれど、もしそうなら私は嬉しいのよ。貴方は小さい頃からいつもユマのそばにいて、女性を寄せ付けないでいたでしょう。それは私達王族の問題に、貴方を巻き込んでいたからじゃないかと心配していたの。マアムにも申し訳ないと思っていたのよ。だからもしそうなら、ちゃんと教えてくれると嬉しいわ。貴方達の事も私はちゃんと守りますからね」
「……王妃様」
知らなかった。王妃様はユマ様といる俺の事も、心配してくれていたのだ。その純粋な心に、揶揄っているのかと疑ってしまった事を申し訳なく思う。
「母上、俺達はまだ十六ですよ。そんな深刻に考えるほどのものでもありません」
「あら」
俺を羽交い絞めにしたまま、後ろでユマ様がクスクスと笑う。王妃様も扇で口元を隠している。俺はユマ様の羽交い絞めから逃れて、背筋を伸ばす。
「申し訳ありません、王妃様。けれど我々の事は、もうしばらくお時間を頂ければと思います。その内、必ず報告申し上げますので」
俺がそう言って頭を下げると、隣でシフォンヌ嬢も頭を下げた。その顔はまだ真っ赤である。
「本当にごめんなさいね。先走ってしまったわ。いやあね、歳を取るとせっかちになってしまって。こんな可愛いお嬢様二人に出会えて、ついはしゃいでしまったわ。またお会いしてくださる?」
王妃様はコテンと首を傾げる。歳と言うが王妃様の美貌は全く損なわれていない。今のような仕草をすると、まだまだあどけない少女のように見えてしまう。
「もちろんです、お義母様。今日はお会い出来て嬉しかったです。またお相手してくださる日を楽しみにしていますね」
先程宣言した通り、お義母様と呼びながらニッコリと微笑むアリテリア様と、隣で頭を下げるシフォンヌ嬢。
王妃様はそんな二人に微笑みながら「お邪魔したわね」と言って、帰って行った。
お茶会の時のレナニーノ様の婚約者、ガーネット様とは違う意味で、台風が去ったようだった。
皆がもう一度ソファに座り、冷めたお茶を入れなおして一息吐くと、おもむろにユマ様が王妃様の去った扉を見ながら呟いた。
「……あんな事言っていたけれど、次会えるのはいつになるかな?」
俺はその言葉にハッとした。そういえば王妃様は普段私室にいて、公務以外には滅多に人前に出てこない。いや、出られないと言った方が正解か。理由は簡単。国王様が美貌の王妃様を人々の目に触れさせたくないのだ。要はヤキモチである。自分だけが愛でる為に、閉じ込めておきたいのだろう。
「母上は籠の鳥だからね。それを父王は愛情だと信じて疑っていない。俺に言わせれば、それこそ愚の骨頂だね。相手の気持ちを一つも知ろうとしない」
ムスッとしたユマ様は、クルリとアリテリア様に向き直る。
「だから俺は、アリがジュメルバ卿に捕まるのが嫌なんだ。捕まれば君も確実に籠の鳥になるだろう。下手をすれば力を利用され、ジュメルバ卿の思いのままの人形になるかもしれない。彼は平気でそういう事をする人だ。俺はアリの少年姿を可愛いと思うよ。とても自由だ。どうか君はそのままでいてほしい」
なるほど。ユマ様はユマ様なりに本当にアリテリア様を心配していたのだ。王妃様に重なる部分もあったのだろう。
アリテリア様もシフォンヌ嬢も、ユマ様の言葉を聞いてなんともいえない表情をしている。
「聖女も本当のところ、どういう状況なのか気にはなってるんだけど……」
ユマ様が腕を組み、う~んと上を向いている。聖女? ああ、そういえば聖女もまた、田舎の村からジュメルバ卿に捕まったのだったな。
そうか。ユマ様は聖女の事も心配していて、それで先日のお茶会を開いたのだな。レナニーノ様との仲を取り持つ為だけとは、おかしいなと感じていたんだ。
「ジュメルバ卿は色々と問題のある人だからね。正直、聖女はかなり我慢していると思う。彼女が今のままで不幸なら、兄上と一緒になった方がいいかとも思っていたのだが、この間の言動からはそれもどうかと……」
確かに聖女の最後の態度には、レナニーノ様との未来は望んでいないように見えた。
しかし、やはりユマ様はジュメルバ卿を色々と調べていたんだな。以前からも知っていたようだけど、アリテリア様の件で本腰を入れたのだろう。もしかすると、俺の知らないところでもう行動を起こしているとか……。
ユマ様は暫く黙考していたが、そういえばとアリテリア様を見る。
「アリの目から見て、聖女には妖精がそばにいたと思う? あの日はわざと妖精には離れてもらっていたけれど」




