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モブの生活が穏やかだなんて誰が言ったんだ?  作者: 白まゆら


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次の訪問者は

 ユマ様はバツが悪そうに耳の後ろを掻いて、視線を逸らしている。そんなユマ様にアリテリア様は首を傾げるばかりだ。

「……ユマ様、顔が真っ赤ですよ」

「煩い」

 ついそんな言葉を口にしてしまったが、そういえばと俺は思考を巡らす。


 ユマ様は幼い頃から、周囲の状況を察知するのが異常に長けていた。城内という所は常に誰かの思惑の中にある。頭の良いユマ様は問題を回避すべく行動していたが、その結果、飄々とした捉えどころのない性格を演じる事になってしまった。

 元来ユマ様は、天才と称されるレナニーノ様同様の能力の持ち主である。だが王族であり、この国の男性特有の気質からレナニーノ様には少々冷たい面もみられた。反対にユマ様はそんな男性の態度に辟易したものを感じられていたのか、王妃様を気遣い、俺の母である乳母を気遣い、周囲にいる侍女を気遣う。そうして出来上がったのが女性に優しいユマ様である。

 しかしその姿は、他の男性からは女好きと称される事となった。

 皆は気付いていないのだ。ユマ様は単に女性にだけ優しくしているわけではない。俺や従者、使用人にまで心配りをしている。先日町で再会した商人の老人も同様である。

 昔ながらの気質を持ち合わせている高位貴族は、レナニーノ様を支援している。威厳に満ち溢れ優秀で武力にも秀でている最高の権力者だと。だがその裏では、そんな国の思考を忌避する者、下位貴族や平民の間ではユマ様を支援している者が多数いるのだ。

 だがユマ様は、自分が王になったところでこの国は改善されないと言う。一人一人が考えを改めなければ、根本的な事は変わらないのだそうだ。それを求めるのなら尚更レナニーノ様に王を継いでもらい、彼の思考を変えながら動く方がいいと言う。

 結局のところ会社なんて上で命令していても誰もついてなんて来ない。自ら動いて結果出して初めて人は耳を傾ける。と分かるような分からないような説明をされた。会社ってなんだろう?

 では、ユマ様はどうしたいのかとたずねると「やっぱり事なかれ主義の俺としては王族を辞めて商売をしたい」と言う。俺が睨むと「はいはい、王族として無責任な発言でした」とすぐに謝るが、外交として兄王子の下で働くのが一番いいかなと、結局は外に出る事を基準とした考えに至るのだ。

 ユマ様は王になる気が微塵もない。

 それなのに先程のネビールのように、レナニーノ様信者に命を狙われる事がある。ユマ様の察知能力は、面倒くさいなあと言いながらもそれを未然に防ぐ。

 彼曰く、嘘をついている者は自然と右を見るとか、いつもと違う行動をとっているとかあるそうなのだが、そんな事に気付く方が変だと思う。

 この国の男は所詮脳筋……コホン。深く考える前に行動する者が多い為、なんとなく思考が読めるのさと言って、それを問題視しないのも彼特有の心の広さを表している。

 そうでなければ自分の命を狙った者を公にもせず、このように一対一で会う事など普通出来るはずがない。

 その上奴は変わらずユマ様に自分の殺意を隠そうとしないし、無礼な発言を繰り返している。何度俺が奴を切ろうとしても、ユマ様がそれを止めるのだから仕方がない。

 ネビールはレナニーノ様にとって必要な者だからという理由だけでだ。

 本当に優し過ぎるユマ様なのだが、俺の記憶するところその優しさが報われた事はない。王妃様でさえ公では国王の目を気にしながらの対応となる。誰か本当のユマ様を分かってくれる者はいないのかと歯がゆい思いをしていた俺は、今ユマ様の新たな表情を引き出したアリテリア様へと釘付けになる。

 もしかしたら彼女によってユマ様は、報われるかもしれない。

 俺は期待を込めた表情で、二人を見つめた。


 ユマ様の隣に俺、真正面に少年姿のアリテリア様。その横にシフォンヌ嬢が座っている。

 やっと落ち着いたユマ様がコホンと咳を吐き、改めてアリテリア様の問いに答える。

「基本、侍女は付けていない。ブライアンをはじめ周りは男性で、従者も三人ほどだよ。お茶の用意や仕事の小間使いに動かすぐらいかな、普段の生活において余り人は必要ないからね」

「あ、私も基本シフォンヌに任せきりで、私付きの侍女はいません。自分の事は自分で出来ますから」

「だよね。ぞろぞろいられても邪魔でしかないよね」

 二人がニカッと笑う横で、俺とシフォンヌ嬢が額に手をやる。

「二人共、それは高位貴族のセリフではありません。自分の事を自分でやる貴族など滅多にいないのですよ」

「ここにいるぞ」

「だから、貴方達は特殊なんです」

「そうだな。そんな特殊な人に会ったのは、初めてかもしれないな」

 ユマ様が眩しいものを見るように、目を細める。そんなユマ様にアリテリア様はニコリと笑う。

 なんか……良い感じかも。

 そこに控えめな、扉を叩く音がした。

 俺が近付き確認すると、なんとそこには輝く美貌を持つこの国の宝石、王妃様がにこやかに立っている。つまりユマ様の母上が突然訪問してこられたのだ。

 俺はユマ様に視線を向ける。アリテリア様は今、少年姿だ。この状況で迎え入れても良いものかどうか。

 ユマ様がアリテリア様を見て「大丈夫、心配しないで」と背を撫で、安心させながらこちらに向かう。二人はそのまま立ち上がり、シフォンヌ嬢はアリテリア様の後ろへと控える。

 自ら扉を開け、王妃様を迎えるユマ様。

「ようこそ、母上。相変わらずお美しい」

「フフ、ユマも相変わらず素敵ね。我が子ながら見惚れてしまうわ」

「ご冗談を。私の容姿など母上や兄上に比べたら取るに足らないものですよ」

「まあ、私はユマがこの世で一番素敵だと思っているのよ。外見だけではなく、中身もね」

「光栄です」

 そう言って、恭しく王妃様の手の甲にキスを贈るユマ様。

 これ、本当に親子か?

 王妃様がそんな我が子に微笑みを送り、奥にいる二人へと視線を向ける。

 俺はお仕着せ姿のシフォンヌ嬢の横へと移動する。

「まあ、可愛らしいお客様がおみえのようね」

「私の可愛い婚約者ですよ。アリテリア・ホワント伯爵令嬢です。わざわざ会いに来られたのでしょう」

「フフ、ユマが自分から連れて来た子ですもの。どんなお嬢様かしらと思っていたのだけれど、想像通り可愛らしいお方だわ」

 ユマ様がアリテリア様の隣へと移動する中、王妃様は少年姿のアリテリア様に笑顔を向ける。

 お二人の婚約式は王様と重鎮達数名が立ち合い、書類に当人二人がサインをすれば完了というなんとも簡易的なものだったので、王妃様とアリテリア様はこれが初の出会いとなる。

 王族の婚約式にしてはお粗末なものだが、婚約破棄して日も浅いユマ様には周囲の目が厳しく、大々的にお披露目するのは難しかったらしい。

 まあお二人の婚約はジュメルバ卿の件が片付いたら解消するかもしれないという可能性を秘めている為、これぐらいでちょうどいいと笑うユマ様。

 因みにアリテリア様には「ごめんね。結婚式は派手にするからね」と言っていたが「皆にユマ様との仲を認めてもらえるなら、簡易的でも私は構いません」と健気な事を言われ、絶句していた。顔が赤いのは見なかった事にしておいた。

「お目にかかれて光栄です。アリテリア・ホワントと申します。このような姿で申し訳ございません」

 少年姿のままカーテシーをとるアリテリア様。スカートがないからベストをちょこんと摘まんでいる。

「アリテリア様ね。お名前もお可愛らしい。お衣装の事は気にしないでね。どうせユマが何かやらせているのでしょう。ユマの母です。お義母様と呼んでくださると嬉しいわ」

 ニコニコと微笑む王妃様は、うっすらと頬に赤みがさしている。少々興奮しているようだ。

「母上、それはまだ早いです」

 窘めるようにユマ様が王妃様を止めると、王妃様がプッと膨れる。

「だって、こんな可愛らしい子に王妃様なんて他人行儀に呼ばれたら、私泣いちゃう」

 まるで少女のような王妃様に、アリテリア嬢とシフォンヌ嬢は目を丸くする。俺はそんな様子に慣れてはいるが、今日はいつもより激しい。

「母上も一緒にお茶は如何ですか?」

 ユマ様がさり気なく王妃様の腰に手を当て、ソファへと促す。それをやんわりと断る王妃様。

「ありがとう。けれど今日はアリテリア様に一目お会いしたかっただけなの。すぐに戻るわ。でないと王様が貴方に、また何を言うか分からないわ」

「気にしなくても大丈夫ですよ。慣れていますので。上手く誤魔化しておきますよ」

「本当にユマには面倒をかけるわね。ごめんなさいね、頼りない母で。けれどアリテリア様は私の全てをかけてでも守るから、安心して来てもらってね」

「ハハ、母上は誰と戦うおつもりですか?」

「もちろん、王様よ」

 一瞬で皆が沈黙する。王様って……やっぱり、ユマ様が言うように王妃様と王様の間には見えない傷があるようだ。仕方がないな。という様にユマ様が王妃様の背を撫でる。

「ありがとうございます、母上。ですが、心配されなくても大丈夫ですよ。アリテリア嬢は私がお守りします。本来騎士は女性を守る者ですから。私の精神には母上の優しさが受け継がれていますからね」

「そんな事ないわ。私など関係ない。ユマは特別なの。だって我が子のレナニーノは王様にそっくりな考えを持っているわ」

 王妃様はユマ様に振り返ると、ユマ様の手を握り力説する。そんな王妃様の手をそっと握り返し、微笑むユマ様。

「兄上は将来、王になるお方です。ある程度父王に似るのは当然です。それに父王も母上の事は、本当に大事に思っているのですよ」

「知っています。ごめんなさい。アリテリア様に不要な話を聞かせてしまいましたね。ですが私はユマが選んでついて来てくださったアリテリア様に、私のような思いはさせたくなかったのです。ユマが付いてるのだからそんな心配は必要なかったのかも知れませんが、アリテリア様にはこんな城内にも味方がいるのだと知っておいてもらいたかったのですわ」

 輝く美貌を曇らせ、眉を八の字にする王妃様は、本当にユマ様とアリテリア様の仲を応援しているのだろう。ディリア様の時は、王妃様はほとんど接していなかったのに。

 ユマ様を密かに溺愛している王妃様には、ディリア様がユマ様を軽んじている事に気付いていたのかもしれない。

「あの、ご歓談中申しわけございません。お話を遮るご無礼をお許しください」

 アリテリア様がそっと右手を挙げて、二人の会話に入って来た。

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