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モブの生活が穏やかだなんて誰が言ったんだ?  作者: 白まゆら


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いきなり十六歳ですか

 月日が経つのは早いものだ。

 俺は今年、十六歳になる。

 実は昨年、聖女なるヒロインが現れた。片田舎の村娘が突然光に包まれたそうだ。村のすぐ近くの森に巣くう魔獣が、その光によって次々と消えた。

 そうして崇め奉られたヒロインは、この国唯一の宗教、ウルト教会の教皇を補佐する枢機卿の中でも一番の力を持つ、ダルトア・ジュメルバ枢機卿に養女として引き取られた。

 ジュメルバ卿の発言権は、この国では決して軽いものではない。

 それは武力だけで維持している王侯貴族と、民より支持を得ている教会との共存を意味するものである。

 もちろん、絶対権力は王族にある。それは他国との交流においても明確である。だがこの国には魔法が存在しない。魔獣がいるのに、魔法が使えないなんてなんとも厄介な国である。

 魔獣に対応する手段が武力となり、それを己自身が先頭に立ち、魔獣討伐に心身を注いでいるのが王族となるのだ。

 民はそんな王族に感謝はしつつも、その戦いにおいて傷付いた者達が心の拠り所にしているのが、教会となる。

 力だけでは人の心は得られない。教会が人々の心の安らぎを請け負ってくれて、初めて国が安息を得る。

 だが、そこに聖女が現れたとなると、どうなるのか?

 魔獣を倒せるものが王族の他にいる。しかもその者は誰も傷付ける事無く、魔獣のみを退治してくれる。

 教会にも武力が備わる。……これは、意外と難しい事になるかもしれない。


 正直、この国は色々と面倒くさいのだ。

 男尊女卑はもちろんの事、宗教がウルト神を祀るウルト教会だけであるというのもどうかと思う。

 元々この教会は魔獣の脅威にさらされた人々の弱さを利用した、武力で功をあげられなかった貴族が作り上げたものなのだ。

 力はないが権力は欲しい。そういった邪な心を持つ貴族が民の疲弊した心を好機と捉え、利用した宗教。だから他国にはこの教会は通用しない。あくまでもこのリガルティ国だけでの権力となる。

 ならば何故、他にも宗教を作らないのかというと、そこは貴族が運営する教会。他の宗教が入り込もうものならば権力でもって阻止し、金でもって黙らせる。

 ハッキリ言って真っ黒だ。だが、元サラリーマンの俺はそういう仕組みも少なからず理解してしまう。世の中、綺麗事だけではいかない事もあるし、またこれを罰した場合、様々な厄介事も増えてしまうのだ。

 ウルト神を心から崇拝している民やウルト教会を利用している貴族を押さえつけるのはかなりの難関となる。

 まあ、十六歳のモブがどうこう出来るものではないという事だよね。


 そしてこの状況下で、俺は不思議に思う事がある。

 俺の前世知識では、聖女の力は浄化の力。瘴気など国に満ちた穢れの具現を清浄化する力を持つのが聖女ではなかっただろうか? そして彼女は光でもって魔獣を討伐する。浄化の力が光となって表れているのだろうが、ならばそれは魔法ではないのか? 聖魔法とか光魔法。この国では魔法は使えないと聞いていたのだが、その中で魔法を使える者を聖女と呼ぶのかな? まあ、正しき力で悪を退治する者を聖女と呼ぶのならそれでいいのかもしれないが、それならこの国にも魔法が使える者がいると判断出来る。

 そう考えるとワクワクしてきた。

 せっかく異世界に転生したなら魔法は使える方が楽しいよね。

 だがそう思うにつれてやはり問題なのは、その魔法が使えるであろう聖女が教会の手の内にあるという事。聖女が教会の手足となって魔獣を全て討伐した場合、教会の権力は今までの比ではなくなるかもしれない。

 しかしここは異世界とはいえ、乙女ゲームの世界。ルート通り兄王子が聖女に夢中になっている。


 第一王子である兄レナニーノ・クロ・リガルティは、乙女ゲームのメイン攻略対象者なだけあり、容姿はもちろんの事、頭脳においても武力においてもハイスペックな事は間違いない。

 その兄が聖女に会った途端、婚約者を放っておいてヒロインを追いかける。

 そしてその行動を父、国王も後押ししている。理由は先程挙げた通り。

 ヒロイン、聖女を教会より王家に引き入れたいのだ。

 教会が聖女を引き入れた事により、王族とのバランスが崩れようとしている。そこで聖女が次代王になる兄と結婚し、王妃となれば今まで通りという事だ。

 安直すぎるが、確かにこれが一番平和で、簡単な方法だ。

 聖女の心を兄が奪えればの話だが……。



「ご機嫌よう、ユマノヴァ様」

「やあ、トローズ侯爵令嬢。今日も素敵なドレスだね。貴方にとてもよく似合っている」

「ご機嫌麗しゅう、ユマノヴァ様」

「おはよう。どちらへ行くの? 案内は必要ないかな?」

「おはようございます、ユマノヴァ様」

「うん、おはよう。いい天気だね。シーツ干すの? 俺お日様の匂い好きだよ。頑張ってね」


 後にはキャーっという黄色い悲鳴が木霊する。

「……相変わらずですね、ユマ様」

「おはよう、ブライアン。俺は寛大だからね。君が俺の側近でありながら、朝挨拶に来なかったのは許してあげるよ」

「許すも何も、城の誰よりも早く起きて鍛練しているようなお方の朝に、間に合うはずがないでしょう。可哀そうに。貴方の気まぐれに調理場が大混乱ですよ。朝食の時間くらい考えてあげてください」

「従者が走って来た時に、朝食はいつもの時間でいいって伝えておいたんだけどな」

「そういう訳にはいかないでしょう。貴方は仮にも第二王子様なんだから」

「その王子様に向かって、先程からガンガン文句を言っているのは誰かな?」

「それが俺の役目です」

 その言葉を聞いて、俺はフフっと笑ってしまった。

 彼、ブライアン・アニソンは俺の乳兄弟でアニソン伯爵家の次男だ。

 そう、前世の記憶が戻った時に飲んでいた乳の持ち主、マァムの息子が彼なのだ。故に俺が彼に一番気を許しているのは仕方がない。

 だからブライアンが小言を言うのも、全く気にならない。俺が常に演技をしているのが、彼には気に入らないのだ。


 ゲームのユマノヴァ王子は、モブキャラそのままの筋肉馬鹿。

〔リガルティの宝石〕と呼ばれる母を持ち、ハイスペックな兄を持つ俺が、ブサメンのはずはない。それなのにモブに埋もれているのは、父王の教え通りに体を鍛え続けた結果だ。

 兄がいる以上勉強は必要ないと学ぶ場を奪われ、朝から晩まで食べては鍛えを続けた結果、ゲームのユマノヴァ王子の体は筋肉に覆われた馬鹿になった。

 父王に似た人より頭二つ分はデカいであろう大柄な体は、いくら顔が整っていようと威圧感しか生み出さない。

 そして勉強する時間を喰うか寝るか鍛練でしか使っていないのだから、真面に会話など出来るはずもない。その上この国の気質。男はとにかく偉そうなのである。王子であるユマノヴァが優しく人と接する事など不可能である。

 そうして出来上がったのが、悪役令嬢と一緒に断罪されるモブという事だ。


 ――そんな未来、俺が甘んじて受けるはずないでしょう。


 俺がこの十六年どうやって過ごしてきたかというと、まず始めたのは勉強だ。それも極秘に。

 マアムや侍女との意思疎通が出来るようになった赤子の俺は、とにかく絵本を読んでくれと強請った。

 そうして早くからこの国の文字を覚え、絵本からこの国の情勢を知った。

 三歳頃には父王の命令通り、鍛練が始まった。

 けれど現代知識のある俺は、ただ単にでかいだけのゴリラにはなりたくなかったので細マッチョを目指した。

 ハイスペック兄王子が細マッチョなのだ。俺だって食事に気を使い、訓練方法を変えればそうなれるはず。

 そして常に女性には優しく、とにかく話し方を誰に対しても柔和にしたのだ。

 偉ぶらず、気遣いの出来る、知性溢れる王子様。

 しかし十歳の頃、これではいけないと感じた。

 真面に勉強などしていないはずの俺が知性を見せる姿を見て、貴族の中から兄王子よりも俺を王太子にという声が上がってしまったのだ。

 要するに、柔和な俺なら自分達の言いなりになる傀儡に出来ると勘違いしたのだろう。

 俺は咄嗟に方向転換をした。

 飄々とした軽い男を装う事にしたのだ。だったら女性に優しい言葉を吐いても問題はないし、掴み所がなくフラフラしている王子など、王としての威厳もない。

 次代の王はあくまでハイスペックな兄王子で決まりだと、周囲に知らしめたのだ。

 努力の甲斐あって、やっと俺を担ぎ上げようとしていた貴族達も諦めてくれた今、ブライアンの不満が漏れ始めた。

「本当の貴方はこんな方ではないのに……。どうして、こんな演技をしなくてはいけないんでしょうね」

「おいおい、俺の全てを否定するような言い方はやめてくれよ。俺は自分の望み通りに成長したぞ。一見優男風な細マッチョイケメン容姿は手に入れたし、平民として暮らしていけるだけの知識も教養も手に入れた。公爵令嬢から下っ端仕事の使用人まで喜んでもらえる会話もお手のものだぞ。いつでも王子はやめられる」

 俺が胸を張ってドヤ顔すると、ブライアンは目を細めてハア~っと息を吐いた。

「貴方を放っておくと、本当に平民に身を落としそうで怖いです」

「いや、いくら俺でもそんな無責任な事はしないよ。一応婚約者がいるんだからな。公爵令嬢の彼女を捨てて平民になったら、流石に彼女に申し訳ない」

 そう、俺はゲーム通り十二歳で婚約者が決まった。相手はこの国の公爵令嬢、ディリア・スープレー。白金の髪に水色の瞳のとにかく色素の薄い美少女だ。

 紫紺の髪に紫の目の濃い俺とは対照的な線の細い儚げな雰囲気の彼女相手に、ゲーム通りのゴリラにならなくて良かったぁ~っと本気で思った。だってそんなでかい男に抱かれたら潰れちゃうよ、あの子。

 彼女はこの国の女性をそのまま表したかのような、大人しい女性である。俺の言葉にも「はい」か「いいえ」しか言わず、その他の言葉を聞いた事がない。

 柔和な態度の俺でこれなのだから、彼女は人と接する事が出来ているのか不安になる。悪い子ではないと思うが、正直興味が持てない。もう少し距離を縮めてくれてもいいと思うのだが……。

「その令嬢、ディリア様から本日の午後、お会い出来ないかとのお誘いが来ているようなのですが」

「え、珍しいな。ていうか、お誘いなんて初めてじゃないか?」

「ですよねえ。しかも、今日の今日なんて急すぎて……なんか、嫌な予感がします」

「嫌な予感って、あんな大人しい子が何をするって言うんだ。とりあえず了承の返事出しておいて。そうだな、お茶の時間に招待してくれ」

 ブライアンの眉間の皺を見て、俺はクスリと笑ってしまう。

 確かに彼女は大人しすぎて、自分から誘うなんて行為出来るとは思っていなかったが、嫌な予感というほどのものではないと思う。まあ、何もない訳ではないだろうが……。

 俺はブライアンの肩を叩いて、部屋に戻ろうと促す。

 さあ、楽しい勉強の時間が待っているぞ。

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