俺の所為なの?
昼の麗らかな陽気の中、四人の見目麗しい男女が和やかにお茶を楽しんでいた。
その内の二人がお互いの気持ちをあかそうとした瞬間、邪魔が入る。そう、悪役の登場だ。て、まあこの場合、彼女が真の悪役であるかというと謎なんだよね。
だって彼女は想いを吐露した男のれっきとした婚約者なのだから。この場合の正当性は彼女にある。これは明らかに浮気現場なのだから。ただ彼女の性格がなんというか……だけど。
「レナニーノ様、どうして婚約者である私以外の女性と楽しくお茶など飲んでいるのですか?」
見事な金髪を縦ロールに巻いた釣り目の美少女(悪役令嬢の期待を全く裏切らない容姿の公爵令嬢)は、その瞳を益々吊り上がらせて婚約者である第一王子様に詰め寄って来る。
「ガーネット、君を呼んだ覚えはないのだが」
兄王子は、そんな彼女に怯む事無く不機嫌な声で問う。
「私は貴方の婚約者です。幼き頃より王妃教育を城で叩き込まれた身ですわよ。最早城は我が家も同然。私がいておかしな事はないでしょう」
「たわけた事を。幼き頃と言っても君と私との婚約は、三年前に結ばれたものではないか。それもグランディ公爵の強引な手腕によって。しかも君は王妃教育をまともに受けた事はあるのかい? 教育係をまた辞めさせたそうだね。これで何人目だ? 真面目に受ける気があるようには到底見えない」
「そんな事今は関係ないではないですか。私が言っているのは、どうしてこのような会が開かれているのかという事ですわ」
兄王子が浮気現場に踏み込まれたというのに、反対に毅然とした態度で相手を言い負かそうとする態度は、なるほど、この国の王族だ。ちょっと、カッコイイ。俺なんて前世彼女の浮気現場を見て、スゴスゴ引き下がった経験はある。今と逆かな? しかし彼女もこの国においては珍しく、一歩も引かない姿勢なのは流石悪役令嬢だ。
二人の迫力にアリと聖女はプルプルと震えだす。そうだよね、普通の心優しい令嬢にはこの状況は怖いよね。
俺はアリを大丈夫だという様に抱きしめる。申し訳ないが、聖女は面倒みれない。いや、面倒みちゃいけない場面だよな。だが、この状況を止められるのも、もしかして俺だけか?
尚も言いあう二人に、使用人達も困惑を隠せない。ブライアンなど俺にどうにかしろと目で言ってくる。いやいや、これはいくら俺でも流石にちょっと根性いるぞ。
「ユマノヴァ様! これは全部貴方の策略ですね」
「へ?」
突然、髪を振り乱し鬼の形相で振り返った悪役令嬢は、何故か俺を睨みつけてくる。
「このお茶会は、貴方が開いたものだと聞きましたわ。レナニーノ様の婚約者である私を呼ばずに聖女を呼ぶなど、貴方は一体何をお考えなの?」
あ~、そうきましたか。
このお茶会を開いたのは俺なので、参加者は俺の意思で集められたと。だから俺が兄上と聖女をくっつけようとしていると思ってる訳ね。
あくまで兄上の気持ちではなく、俺の勝手な行動だといえば、レナニーノに婚約者の自分が蔑ろにされたわけではないと言い切れるもんね。
いやいや、そんな事して俺になんの得があるの? こじつけるにもほどがある。
まあ、元から彼女は俺を目の敵にして色々とやってくれているからな。こんな無茶ぶりも当たり前か。
「とりあえず、二人共落ち着きましょう。ガーネット嬢もお茶は如何ですか?」
俺は椅子から立ち上がると、兄上とガーネット嬢の間に入る。
「平民と一緒にお茶などいただけませんわ」
ガーネット嬢があからさまに蔑んだ目で聖女を見下ろす。
ビクリと体を震わす聖女。ああ、もうこの人は本当に。
「ガーネット、彼女は教会にも一目置かれた聖女だぞ。失礼だ、謝罪しろ!」
「泥棒猫におろす頭はございません」
「このっ……」
「あー、落ち着いて、落ち着いて」
ガタッと音を立てて悪役令嬢に詰め寄ろうとする兄上を押さえる。ツンっとそっぽを向く悪役令嬢に、俺は困った子を見る目を向ける。どうしたもんかなぁ~。
「わ、私、祈りの時間があるのでここで……」
聖女がこのままではいけないと、身を引こうとするが「待ってくれ!」と兄上が聖女の腕を掴む。おいおいおい、ここは素直に行かせてやれよ。可哀そうだろ。
「イルミーゼ、君が行く事はない。場を外さなくてはいけないのはガーネットの方だ。ここに彼女は呼ばれていないのだからな。招待客でもない者が何故我が物顔で居座る?」
「先程ユマノヴァ様が一緒にお茶をと誘ってくださいましたわ。私も参加者です」
「ユマノヴァ~」
おいおいおい、俺の所為かよ⁉ 困ってブライアンを見るとブライアンは右手で両目を覆っている。逃げるな!
俺は息を吐くと、いつの間にか気の利く従者が用意した椅子を引き、ガーネット嬢に座るよう促す。
「はいはい、私が誘いました。とりあえず皆様、落ち着かれて。聖女も祈りの時間にはまだ少し余裕があるはずです。どうぞ、お茶を一口飲んでいかれては如何ですか?」
「私は平民と一緒など……」
「では、お引き取りください。これは私が開いたお茶会です。主導権は私にあります。私のやり方がお気に召さないのであれば、お引き取り頂いても一向に構いません」
ピシャリと言うと、ガーネット嬢は口元を引き攣らせて渋々椅子に座った。
場所は俺と兄上の間に入れた。聖女の横など座らせられないからね。
兄上は聖女に逃げられまいと、掴んだ腕を離さないし、聖女はそんな状態に身を縮こまらせている。
皆がピリピリする中、侍女が入れなおしたお茶にホウッと溜息が漏れる。あ~、疲れた。いや、まだ終わってないけどね。まさに今からが本番?
スッと横からクッキーの乗ったお皿が差し出される。
「どうぞ、ユマ様。甘いのが苦手なユマ様でもこれならば大丈夫かと。疲れた時は甘いのが一番です」
ニコリと笑うアリに心底癒される。あ~、君がこの場にいてくれて良かった。ただ、疲れた時って言っちゃてるけどね。あ、ガーネット嬢がこちらを睨んだ。
「……この者は、誰ですか?」
ガーネット嬢が、今初めて気付いたというようにアリを見下ろす。アリにまでその目、やめろ。俺はムカッとしながらも、表面上は何気なさを装う。
「彼女は私の婚約者で、アリテリア・ホワント伯爵令嬢です」
「アリテリア・ホワントと申します」
俺がアリを紹介すると、ガーネット嬢は「ふ~ん」と言い、鼻でフッと笑う。
「ユマノヴァ様の女好きにも困ったものですわね。ああ、お義姉様などと呼ばないでね。貴方もどうせすぐに飽きられるのでしょうから」
はあぁぁぁ? 何言ってんだ、この女。今まさにお前は婚約者の兄上と大喧嘩の真っ最中なんだよ。普通に俺を義弟と呼べるような状態になると思っているのか?
俺がスッと目を細めて口を開こうとした瞬間、アリが俺の腕を引いた。アリ?
「まあ、ご忠告ありがとうございます。ユマ様は本当にお優しいのですね。女性はもちろんの事、従者や民にも分け隔てなくお話しする姿、私とても好ましく思っていますの。ですが飽き性という感じではないですよね。昔購入したオルゴール、今も大事にされているとお聞きしています。私もそのように大事にしていただけるオルゴールのような存在になりたいですわ」
ニッコリと笑うアリに、その場にいた者皆呆気にとられる。
アリは女好きだと言う言葉を人に優しいと変換し、飽きられるという言葉をオルゴールに例えて否定した。極めつけはそのように大事にしてほしいと、女性ならではの可愛らしいおねだりをしてきたのだ。
うおおおおおおお、可愛いぞ~!
俺は前世共にこのような可愛らしい言葉を言われた事はない。なんか俺の琴線にめっちゃふれた。ブルブル震えた!
堪らず俺はアリの両手を握りしめる。
「ああ、本当にアリは可愛いな。以前から守ってあげたいとは思っていたけれど、本気で大事にしたいと思ったよ。宝箱に入れて飾っておきたい気分だ。でもそれでは君の自由を奪ってしまうから、君の意思を尊重しつつ、大事にする事を約束します」
「フフ、嬉しいです」
ニコニコと笑い合う俺達に呆気にとられていた悪役令嬢は、すっかり興が冷めたのかガタッと激しく椅子を鳴らし立ち上がる。
「無作法だな、ガーネット」
眉を顰める兄上を、ガーネット嬢はキッと睨みつける。
「余計なお世話ですわ。私、帰らせていただきます!」
そう言って、乱入してきた時と同じように騒がしく立ち去った。
アリの完全勝利だ!




