二人目の婚約者、候補?
「……お前は、一体何を考えているのだ?」
一週間後、俺は父である国王と兄である王太子に謁見を求めた。
家族間なら執務室でいいだろうと言う父上に、正式な場での話を求めた。国王は眉をひそめながらも謁見の間での場を設けてくれた。
宰相を筆頭に重鎮達を集めた重苦しい空気の中、俺の能天気な言葉が響く。
「いつまでも王子が独り身でいる訳にもいかないと思いまして、自分で新たな婚約者を見つけてきました。アリテリア・ホワント伯爵令嬢です。皆様の許可をお願いします」
そうして冒頭の父王の疲れた声と兄上のいつの間にそんな相手が、というような疑問の表情、重鎮達の馬鹿王子がまたやらかしたな、という呆れた表情が俺に向けられる。ちょっと楽しい。
「婚約破棄をしたのは、ついこの間ではなかったのか?」
父王が顔を上げ、俺を睨みつける。迫力のあるその表情に重鎮達は密かに震える。けれど俺は怯む事もなく、淡々と言ってのけた。
「もう一か月も前の事です。過去を振り返っていては何も出来ません。人間は前を向いて歩いていかなければいけないのです」
「もっともらしい事を言うな! 確かに前の婚約を解消したのはお前の所為ではなかったが、少しは自粛しろ! そんな態度だから婚約者に裏切られるのだ。女にあしらわれるなど、王家の男子たるものがいい笑いものだ」
父王は憤懣やるかたないといった風に声を荒げる。
あ、やっぱり怒ってたんだね。そりゃそうか。父王のようにプライドの塊が王族が馬鹿にされて気分を害してないはずがないもんな。これはかなり母上に愚痴を言って困らせていた事だろう。お詫びに母上には花束でも贈っておこう。
「その件に関しましては、誠に申し訳ございません。私の不徳の致すところです。ですがそのお陰で私は愛しい者と出会えました。それが彼女、ホワント伯爵令嬢なのです」
俺が素直に頭を下げ、そうしてキラキラした瞳でアリの名を出すと、父王は呆気にとられた表情で俺を見る。重鎮達も同じ表情をしているな。
「これぞ正しく真実の愛。俺は彼女を大切に守ってあげたいのです」
大根役者かって思うほど大げさな身振りで伝える俺を、兄上だけが興味深そうに見る。ああ、そうだな。兄上も聖女に真実の愛を得たのだな。
「父上もご存知でしょう。あの運命の相手に出会えた瞬間を。何ものにも代えがたい高揚感と幸福感。母上も父上と初めてお会いした時、体が震えたと申しておりました」
――主に恐怖で、だけどな。
あの頃の父王は、圧倒的な力で兄王子達を蹴散らかし王の座を射止めたばかりだった。その高ぶりのまま〔リガルティの宝石〕と呼ばれる母と出会ったのは、公爵家の嫡男に見初められた子爵令嬢である母の結婚式の時だったらしい。
公爵家の結婚式では断れないと出席した父王だったが、母の余りの美しさに我を忘れた彼はそのまま母を城に連れ帰ったらしい。王が公爵家の嫁を攫う。前代未聞ではあるが、それが許されてしまうのが我が国。
その時、既に父王の元には他国のお姫様が王妃としてたっていた。彼女との間に子をなしてはいなかったのを幸いに、父王はお姫様を側室に落とし母を王妃にたたせたのだ。
もちろん、お姫様の国は武力でもって黙らせた、我が国より小国だったお姫様は、逆らう事無く側室へとその身を投じた。
なんとも傍若無人な話である。
しかし、そんな父王ではあるが母に対する愛情は本物だったらしく、二人きりの時は信じられないぐらい優しいらしい。だがそれでも、俺様王である。やはり母の意思は尊重される事はなかった。
俺が赤子の時感じていた、我が子を抱けない寂しそうな母の顔は見間違いではなかったらしい。
女性の会話に耳を傾ければ、そのような情報は山のように入ってくる。無論、母の恐怖心も侍女の口から漏れ聞こえる。知らぬは男ばかりなり。
俺はチラリと父王を盗み見る。嘘は言っていない。母は本当に震えたそうだからな。目の前の男の威圧感に。
「そ、そうか。フェルシアがそのような事を申していたか」
父王は俺の言葉をそのまま受け取り、鼻の下をのばす。まあ、この辺は馬鹿な男の可愛さではあるのだが。
俺はクルリと父王から兄へと視線を移す。
「兄上もお分かりになるのでは? 今まさに兄上にも心当たりがある状況でしょう」
俺はそれとなく聖女の話をふってみた。たちまち顔を真っ赤に染める兄上。
おいおい、仄めかしただけでそんな態度とってんの? やばいな、婚約者の公爵令嬢がブチキレるのも時間の問題だろうな。
「……ユマノヴァ、お前はどう思う? 私の想いはこのまま秘めておいた方がいいのか、それとも父上やお前のように真実の愛に突き進んだ方がいいのだろうか?」
おもいっきり照れまくった後、兄王子は俺に質問してきた。いや、父上のあの暴挙と俺の行動を一緒にしないでくれます。同等の行為と捉えられるのは、へこむわ~。
「聖女様はなんとおっしゃっているのですか?」
とりあえず俺の意見より相手の意見だろ。そう思って聖女の名を口にすると兄はまたもや顔を赤らめさせる。
「い、いや、相手が聖女だなんて私は……。そうか、周りから見ても私達はお似合いなのだな。隠していてもお互いに想いあっている事は、おのずと知られてしまうもの」
はい、ハイスペックな王子のイタイところ出た~。
隠してないからね、君は。全くもってこれっぽっちも。
やばいな。この状況で聖女無事なんだろうか? 悪役令嬢の嫉妬によるいじめ、もう始まってんじゃない? これは聖女が貴族のパーティーなんかに顔を出していない事を祈る。
「兄上、まずは聖女様の意思確認をなさっては如何ですか? 私は自分の想いももちろんの事ですが、ちゃんと彼女の気持ちも聞いていますよ。その上での行動です」
俺はまずは彼女の状況を把握しろと言う。
「彼女の想いなど聞かずとも分かる。先日も彼女とは……いや、これはここで言う事ではないな。とにかく、私達は想い合っている。それは間違いない」
あ、この人国王の息子だ。母親譲りの穏やかな顔立ちに騙された。中身は一緒かい。それじゃあいくらハイスペック王子とはいえ、聖女に逃げられるのも時間の問題だな。
俺は父王や重鎮達をよそに、兄王子と二人で会話する。
「一度、聖女様にお話を伺ってもよろしいでしょうか? 私の意見はその後で」
「なっ、お前も彼女に興味があるのか?」
俺の言葉に何を勘違いしたのか、兄王子は表情を険しくさせる。そんな事あるかい。
「……なんの為にここにいるのかお忘れですか? 私は自分の真実の愛で結ばれた女性を受けいれてくれとお願いする為、皆に集まってもらったのですよ」
今の状況を改めて説明するが、俺と聖女が会うのがそんなに嫌なのか、尚も兄王子は俺を睨みつけてくる。
「だが聖女と二人きりになれば、女好きのお前の事だ。聖女に興味をもたないはずがない」
誰が女好きだ、誰が! お前が俺に聖女との意見を求めてくるから、本人に意思確認する為にも会わせろと言っているだけだろうが。色恋に血迷った男は、どんなにハイスペックでも残念男に変貌するのだな。
だったら勝手にしろと言いたいが、まあ、アリとジュメルバ卿との事もあるしな。一度は聖女にお目にかからなければならないだろう。
俺は前世のサラリーマン時代に培った、理不尽にも立ち向かう平常心を思い出す。
「色々と誤解があるようですが、この際それはいいです。それより誰も二人きりなどと申してはおりませんよ。兄上と彼女との二人の雰囲気を見てみたいのです。よろしければ私のアリテリアも一緒に、四人でお茶など如何ですか?」
アリの名を出すとあからさまにホッとした兄は、顎に手を当ててフムッと頷く。
「なるほど、それはいいな。よし早速明日にでも城に呼ぼう」
「いや、まずは二人の予定を聞いてからです」
「何を言っているんだ? 私達は多忙なのだぞ。忙しい男性に時間を合わせるのが女性の役目であろう」
あ、マジでこの人やばい。ゲームよりやばさが際立っている。
俺は頭の痛みをこらえながら、ことさら穏やかな表情を兄に向ける。口元が引き攣るのは見なかった事にしていただきたい。
「確かに兄上のおっしゃる通りですが、兄上が愛する方は並の女性ではありません。聖女という最も尊いお方なのです。女性とはいえ、他の者には想像も出来ないお仕事もありましょう。兄上が聖女様を愛しいと思うのであれば、そういう事も考慮してあげればよろしいかと。お忙しい兄上が自分を尊重してくれているとなると、益々聖女様の愛は兄上に傾くのではないですか」
そう言うと、兄上の顔はパッと華やかになる。おう、目が眩む。本当にイケメンだな、こいつ。
「そうか、そんなものなのか。流石、ユマノヴァ。女好きな事だけはある。女心に詳しいのだな。分かった。聖女の予定を聞いて、またお前に知らせる」
こんな事当たり前の配慮なんだよ。相手の気持ちも考えず、好きだなんだと喚き散らしてるお前の方がよっぽど信じられないぞ。しかも女好きから離れんかい。
「ふむ。確かに聖女との仲を取り持つのは、ユマノヴァに任せるのがいいかもしれんな」
今までニヤニヤと自分の思考に没頭していた父王だったが、こちらの会話が一段落したのをきっかけに話に入ってきた。しかも俺が聖女との仲を取り持つ事に、何故か決まっている。俺は話を聞くと言っただけなのに。
「まあ、お前とホワント伯爵令嬢の仲が、余とフェルシアのように真実の愛というのであれば反対する訳にもいかないな。よかろう、二人の婚約を認めよう」
父王の賛成に、重鎮達はざわめきが止まらない。それを黙らせたのが、兄王子の賛成の言葉。
「私も君達を応援しよう。自由奔放なユマノヴァには、隣で見張ってくれる女性が必要だろう」
こうして俺とアリの婚約は、どうにか二人を味方につけ成立される事となった。




