アリに任せます
俺の発言に翻弄されている伯爵に構わず話を続ける。一々止まっていては時間が無くなるからね。
「私との婚約の利点はアリから聞いてくれているとは思うけれど、ジュメルバ卿から徹底的に身を守れる事。隠れ蓑として使ってくれたらいいと思っている。だが、それに伴って欠点もある」
伯爵は欠点という言葉に反応を示す。俺はその露骨な態度に苦笑がもれる。
「伯爵も知っての通り、私は余り評判のいい方ではないからね。私と婚約するという事は、その嫌な噂の「渦中の人」となるまたは「渦中に巻き込まれる事になる」事だ。流石に表立って声を荒げる者などはいないだろうが、嫌味の一つや二つは言ってくるだろう。そう言う事をふまえた上で、慎重に考慮してもらいたい。アリにとってどの方法が最善だろうかと」
「……他の方法も、あるのですか?」
伯爵がそう言うと、今まで黙っていたアリが「お父様!」と声を荒げた。
「ユマノヴァ様に失礼です。そのような言い方だと他に方法があるのならばと、婚約を避けている様に聞こえます」
「し、しかし、アリテリア。もしほかに方法があるのならば一応聞いておかないと。殿下もおっしゃっていただろう。どの方法が最善かと」
「そうだよ、アリ。私も他に何点か考えたけれど、どれもこれも利点があれば欠点もある。だから皆でじっくり話し合う事が大切だ。私の事は気にする必要はない。それにこれはアリだけの問題でもないんだよ。ホワント伯爵家に直に関係してくる案件でもある」
そう言うと、アリはハッとしたように俺を見る。伯爵家と直に関係してくるという言葉に、事の重大性に気付いたのだろう。俺はジッとアリの顔を見る。
「もちろん、アリの幸せが一番大事だ。けれどアリもホワント家の家族や使用人、領地の者など皆が大切だろう。家を守る為にも答えを急がず、じっくり考える必要がある。分かるね?」
貴族令嬢としての責任を話すと、コクリと素直に頷くアリ。うん、大丈夫。君の優しさはちゃんと伝わっているよ。
「私を気遣ってくれているのだろう。ありがとう。そういうところが妖精のお気に入りなのだろうな。肩の妖精、ティンだっけ? あんまり俯くと彼に心配をかけるよ」
アリはそっと肩の方に顔を向ける。妖精が光を増した。お互いに気遣っているのがよく分かる。
「……殿下は、本当に妖精が見えているのですね。アリテリアから聞いた時、にわかには信じられませんでした」
俺とアリの会話を聞いていた伯爵が、不信感を隠さずに確認してきた。
まあね、見えない者からすると俺の発言は、どこまで本当か確認も出来ないだろう。幼い頃からの娘とシフォンヌ嬢の話から妖精の存在は否定出来ないが、それを俺が口にするのは信じられない。もしかして俺に騙されているのではないかと、疑いたくなる気持ちも分からなくはない。
俺はフッと表情を崩し、伯爵が考えているであろう事を口にする。
「ハハハ、アリやシフォンヌ嬢のように純粋ではないからね。だが、光が見えるだけで実態は見えていない。魔法が使える訳でもないから、認められてはいないのだろう」
要は、伯爵は純粋な者にしか妖精は見えないと思っているのだろう。そしてハッキリとした形ではないものの、その存在を確認出来る者もまた、純粋であろうと。
絵本の中の話だとはいえ、それが世間一般的な妖精に対する考えだからな。伯爵も例外ではないというだけの事。
だが、それは誤認だ。
妖精は気まぐれなもの。単にその者を気に入るか気に入らないかで選んでいる。その者の容姿だとか雰囲気だとか、はたまた魂だとか。そういった曖昧なもので選んでいるだけで、判断基準などありはしないのだ。
アリが妖精をしっかり見えて膨大な力を与えられたのは、きっとティンのお蔭だろう。
ティンがアリの何かを気に入って、妖精であるティンが認めた者に他の妖精達も興味をもち、次々に力を分け与えた。そんなところだろうか。
正直言うと俺はアリに出会うまで、妖精の光など見た事がなかった。だからアリの肩で光っているものがなんなのか、前世知識で当たったに他ならない。
そしてその光が見えたのもまた、ティンの気まぐれではないかと推測する。
ティンのお気に入りであるアリが困っている。どうにかして助けたいが、自分ではどうする事も出来ない。そんな時に現れた俺が使えると、妖精の勘で咄嗟に判断したのだろう。
結局は俺もティン、妖精の気まぐれに付き合わされているというだけだ。
しかし、それも悪くない。
俺はアリを助けられればそれでいいと思った。王族という俺の立場が彼女の役に立つのなら、存分に使ってくれていい。どうせ悪役令嬢のついでに断罪されるようなモブの立場だ。そのまま続けようが壊れようが、さして大差はない。まあ、出来れば穏やかに過ごせたらいいとは思うが……。
そう思って今回彼女の元にやって来たのだが、それを伯爵にどう説明すればいいのか、そこは今でも悩んでいる。結局は素直に話すしかないか。
「妖精の件はいい。見えようが見えまいが、今の私にはさして大事な問題ではないからね。それよりも伯爵は私の真意が知りたいのだろう。だが、私の考えなど何も複雑な事などない。いたって単純なものなんだ」
「その単純なものが、ただ我が娘を助けたい。というだけですか?」
「まあな。考えてもみてくれ。四十近くの者に自分と年の近い者が嫁ぐなど、素直に嫌だと思わないか?」
「……それは、そうですね。父としてではなくとも嫌悪はありますね」
「そう言う事だ。それも本人同士が望んでの事なら良いが、彼の願いは彼女の力だと言うじゃないか。それは素直に助けてやりたいと思うのが人情だろう」
「……ユマ様に人情があったとは」
はい、そこ。ぼそりと吐くなブライアン。言いたい事があるなら大きな声でハッキリと。
視線を逸らすブライアンを、微笑を張り付け見つめてやる。
「……ユマノヴァ様のお気持ちは分かりました。それはとてもありがたい事です」
暫く考えていた伯爵だったが、俺の言葉に嘘はないと感じたのか軽く頭を下げてきた。
「本当にユマノヴァ様は不思議なお方だ。道化を演じるのをおやめになれば、ついてくる者も増えると思うのですが」
「演じているつもりはないが、派閥をつくるつもりもない。次の王位は兄上でいいだろう。優秀な方だぞ」
「存じ上げております。ですが、その兄上をお支えになる為にもお力を発揮される気はないのですか?」
「なんだ? いつの間にか説教になっているぞ。私の事はいい。それよりもアリの件だ。伯爵はどうしたい?」
何故か伯爵に、俺の態度を改めろと言われ始めた。流石、中間管理職。やんわりとした説教から逃れるために、俺は伯爵の真意をたずねる。
それを聞かないと、どうにも行動はとれないからね。
「私の意見など初めからありません。アリテリアがしたい様にすれば良いのです。私はただ父として、彼女が生きやすい様に手を貸すのみです」
「お父様……」
アリの目を見て優しく言い放つ伯爵は、俺の知る貴族男性とは全くの別物だ。良い父親をもったな、アリ。
「では、アリにたずねよう。アリはどうしたい?」
「私は……ユマノヴァ様にご迷惑でなければ、婚約者に、なりたいです」
そう言って俯くアリの顔は真っ赤だ。おお、可愛いな。俺はデレる表情筋を必死でおさえつけ、隣で静かに話を聞いていたシフォンヌ嬢に聞いてみた。
「シフォンヌ嬢の意見は?」
「私も伯爵様と同意見です。アリテリア様の意思を尊重します」
どうやらシフォンヌ嬢もアリには甘い様だ。俺はフッと口元を緩めた。だからついつい余計な言葉を吐いてしまう。
「そうか。他の案としては君とブライアンの仲を公表するというのもあったのだが、それはまたの機会にしよう」
「は?」
「ユマ様!」
ブライアンが隣から俺に掴みかかりそうになるのをヒョイと避け、アリの座っているソファに近付く。シフォンヌ嬢と二人掛けのソファに座っている為、前に回る事が出来ないので後ろからそっとアリの髪を一房取る。
「では、改めて。これから婚約者としてよろしくお願いいたします。アリテリア・ホワント伯爵令嬢」
そう言って、手の中にある髪にキスを贈る。
首元まで真っ赤に染まったアリは小さな声で「はい」と答える。うん、可愛い。
パッと後ろから羽交い締めにする俺の護衛と、アリの髪を俺の手から奪還したアリの侍女は、俺に殺気を放ってきた。
いや、俺王子ですよ。君達の主です。
「……ユマノヴァ様……」
隣で伯爵が呆れた様に小さく呟くと、額に手をやりフルフルと頭を振っている。
ん? 晴れて婚約者同士になったから挨拶をしただけなのに、なんかまずかったかな?




