素直な主に曲者王子
私が幼い頃から見えていた光の正体を知ったのは、たまたま父上に誘われて行った伯爵家での事だった。
私にしか見えない光。私を助けてくれる光。誰にも相談の出来ない光。それは妖精なんだと、伯爵家の令嬢がいとも簡単に教えてくれた。
彼女には、その光の正体がハッキリと見えている。その上意思疎通も出来ている。
素直に凄いと思うし、羨ましくもある。私には感謝の気持ちを光に伝えるすべがないから。けれど、その為に彼女は苦しんでいる。妖精という未知なるものが見える代償なのか、彼女は常に妖精から与えられる力を放出しないと、寝台から離れられなくなるのだ。
どうにかして助けてあげたいと思うものの、どうしてあげる事も出来ない。その上この国で最も厄介な人にその力を見られた。
彼女の力を利用する気満々の彼は、信じられない事に彼女、十五歳のアリに求婚したのだ。
おじさんよ、おじさん。信じられない。
それからは自由に外に出る事も出来なくなった。だって常に彼の配下に監視され、隙があれば連れ去ろうと企てられているのだから。
彼らの思惑は、妖精達から私達へ筒抜け状態。最早恐怖でしかない。
けれど屋敷に缶詰めの上、外では見張られている状態は精神に負担がかかる。
私達は無理を承知で、強行突破に出る事にした。
男装したアリはとても可愛く、私達は束の間の自由を味わった。
けれど、その自由はすぐに壊される。なんて事はない。普通にゴロツキに狙われたのだ。私がしくじった。私ももう少し変装するべきだった。私のミスでアリに迷惑をかけるのは絶対に嫌。逃げてと頼むがアリは一歩も引かない。
このままではアリが力を使ってしまう。こんなゴロツキの前で使ってしまったら、ますます狙われて大変な事になってしまう。
アリを逃がす為には、私が大人しく言う事をきくしかないかと考えた時、風のような速さで次々とゴロツキが倒れていった。
助けてくれたのは、とても素敵な青年だった。私は彼と目が合うと動けなくなってしまった。ジッと見つめ合っていた私達は……アリの悲鳴で我に返った。
気が付けばアリの横にも青年がいて、アリは涙ながらに私にしがみついてきた。まさかこの男もゴロツキの仲間か? そう思った私に、助けてくれた青年が声をかける。彼は飄々とした態度で、アリの男装を見破っていた。
彼らと落ち着いて話をする為、近くのカフェでお茶をする。
私を助けてくれた青年は、ブライアン・アニソンという名前の第二王子の護衛兼側近をされている、アニソン伯爵家の次男だった。そして男装を見破ったのが誰であろう、この国の第二王子ユマノヴァ・クロ・リガルティ様、その人だった。
私達は余りに大物の存在に唖然としながらも、話を進めようとしたが、彼はまずは一服とばかりにアリとケーキを半分こにして食べようと話している。
その距離は余りにも近いもので、私が苦言を呈すると飄々とした態度でかわされる。まあ、私がつい、ブライアン様ばかりに見惚れてしまうのも悪いんだけど。
そしてなんと、私と同じで光まで見えると言い出した。
私はユマノヴァ様を警戒したが、彼はあっさりと光の正体は妖精だろうと言い当てた。
何故分かるの?
そうして説明してくれるユマノヴァ様に、アリが全てを話そうと言い出した。
ブライアン様と三人がかりで説得されたら、どうしようもない。
私も全てを話す事に納得した。が、こちらが話す前にユマノヴァ様に全部言い当てられてしまう。こちらがわざわざ話す必要もないぐらい。
流石にジュメルバ卿に結婚を迫られている事には驚かれてはいたが、その対策として言い放った言葉に私達は暫し呆然としてしまった。
だって、第二王子が先程会ったばかりの男装令嬢に婚約を申し入れたのだから。それも彼女を助ける為だけに。
ありえないでしょう。何を考えているの?
最初はジュメルバ卿と同じで、アリを利用するつもりかとも思ってしまったが、どうやらその気は本当にないようで、色々と相談した結果、婚約の話はホワント伯爵、アリのお父様の意見を聞いてからとなった。
詳しくは後日、ホワント伯爵にユマノヴァ様が直接相談すると言い、私達は伯爵の帰宅後、その旨を軽く報告した。それが先程の事である。
「……お忍びに関しては言いたい事が山のようにあるが、この際不問とする。お前達も鬱憤が溜まっていたのだろうから。しかし、それで何故、よりにもよってユマノヴァ様と知り合いになるかな?」
ハア~っと盛大な溜息を零すホワント伯爵に、アリは不思議な顔をする。
「お父様、ユマノヴァ様をご存知なの?」
「第二王子様だぞ。貴族で知らないはずがないだろう」
「いえ、そうではなく『よりにもよって』なんておっしゃるから」
「……ああ、まあ、それはお前達もお会いして分かってはいるだろうが、なんせ飄々としたお方だ。彼の真意はどこにあるか全く読めないからな」
「え、裏表のないとっても素敵な方よ」
アリの彼に対する評価がかなり高いのは、私だけではなくホワント伯爵にも伝わったようだ。二人で胡乱な目をアリに向ける。
そう、アリはユマノヴァ様に絶対的な信頼を向けている。
あの短時間でどうして? とは思うものの、それにはなんとなく予想が付く。
今までのアリの不思議さを、いともたやすく見破った人。そしてそれを簡単に受け入れてしまう人。妖精の光が見える人。純粋なアリにはそれだけで十分だったが、これからの私達を無償で助けようと尽力してくれる。
この婚約だって、アリを助ける為だけに発案してくれたもの。彼になんの利点があるのかと不思議に思うが、彼は単純に私達が可愛いからだと言う。そこは胡散臭さがあるが、ブライアン様も言っていた。この国で一番頼りになると。
カフェや雑貨屋での支払いは、全てユマノヴァ様が払ってくれた。それも私達が気付かないうちに。王子様って財布持ち歩いているの?
辻馬車を探して帰ろうとすると、自分達の馬車に乗ればいいと目立たない馬車で送ってくれた。王家の家紋もない外見は落ち着いた感じだから、お忍び用の馬車なのかもしれない。
邸の近くに来ると、少し離れた目立たない場所で降ろしてくれて、家人に気付かれない様にそっと忍び込ませてくれた。もの凄く手馴れている。
お蔭で私達は近くで見張っていた信者らしい者達から一切気付かれる事無く、無事に屋敷にと戻ってこれた。
確かにとっても頼りになる方だ。
だが、雑貨屋では店主の父親だという方と昔馴染みらしく、気さくに話す姿はどう見ても王子様には見えなかった。
屋敷に忍び込む時は、どこの盗賊だと疑ってしまうほどの身のこなしだった。あ、これはブライアン様もかな。
ホワント伯爵の懸念される気持ちも分からなくはない。
とにかくユマノヴァ様は、私達下の貴族からしたら曲者過ぎるのだ。全く理解しがたい。
伯爵に彼との偽装婚約を相談するに至って、詳しくはユマノヴァ様から後日改めて相談に来るが、本当の事は全て話しても構わないという許可をいただいている。
その為、細かい事は話しきれてはいないが、大まかな事だけは伯爵に伝えた。
そして伯爵は苦悶する。
「お父様はユマノヴァ様の事、お嫌い?」
澄んだ瞳で愛娘にたずねられた伯爵は、ウッと声を詰まらせていたが、嫌いではないと答えられた。
「本当は、第一王子のレナニーノ様に負けず劣らず聡明な方だとは思う。けれど決してそれを表にはお出しにならない。王位争いに巻き込まれたくないのだろうな。それは分かるが、余りにももったいない方ではある」
そう言うと、伯爵はどこか遠くを見つめるようにハア~っと息を吐いて、言葉を続ける。
「最近ではレナニーノ様が聖女に入れあげて、公務を疎かにしているという噂もあるし……もしかして今回の婚約破棄は、第一王子を王位から蹴落として自分を持ち上げようとする派閥に、牽制する意図でなされたのではないかという噂まである。それもこれもユマノヴァ様が優秀であると思われているからこそ、密やかに囁かれている事だ」
どうやらユマノヴァ様は、一部の家臣の間でも優秀な方だと認められているようだ。だけどそれを本人が隠している。ではあの軽い態度は、演技?
ユマノヴァ様はそんなに王位につくのが嫌なのだろうか?
「ユマノヴァ様と婚約というのはお前が助かる為には一番いい案かもしれないが、ユマノヴァ様の現状にお前が巻き込まれるという事なんだ。新たに問題を抱える事になるのだぞ。分かっているのか?」
そう言われてアリはコテンと首を傾げる。うん、あんまりよく分かっていなさそうだ。
伯爵もそんなアリの態度に半目になっていたが、目を瞑り首を振ると「そう言う事も踏まえて、お前もよお~っく考えなさい」と言った。
そうして私達は伯爵の書斎を後にする。
長い一日だった。




