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恵は歩きながら高校1年生の春、部活で歓迎会をかねて武道館でお花見をした思い出が溢れてきた。
武道館の南側の扉を開けると見える桜の木は、ピンクが濃いのや白っぽいの、堂々と上を向いているのや下に垂れ下がっているもあって、技師さんたちが1本1本丁寧に剪定をしていた。
あの日は稽古が休みだったのか、稽古後だったのか覚えていないが、八巻先生の奢りで先輩たちがお菓子やジュース、団子を買ってきてくれていた。武道館の南側の扉を開けたまま、剣道場で先輩方とワイワイしながら食べた。キレイだったし、楽しかった事を思い出した。
気が付けば恵は社会人になってからも、こうやってゆっくり桜を観るのは初めてだった。短大にもあったと思うが、サークルとかに参加してない恵には無縁だった。
今の会社にも敷地内に祠というよりお社の様な場所には数本あって、入社式の中にお参りが組み込まれていた。桜を見るより、どうやってお参りするのか分からなくて、社長や部長たちのやり方を盗み見するのに必死だった。
お社の立派さに変に緊張もしていた。昔はキレイだったはずの緑っぽい屋根に、茶色化した柱や壁、なんとも言えない色のしめ縄が、見た目よりもこの会社の創業の歴史と、株式会社という信用性の高さを意外とすごい社長なのではと恐縮した。
そして恵はこの会社の一社員になる事に何故か焦ってしまい、桜とのコントラストはキレイだったはずだが、もうそれどころでは無かった。もっと残念なのは、それ以来そこには行ってもいない事だろう。
恵があれこれと思い出にひたっていても、彼のお兄さんもこれといって話さず歩いている。
道の途中には何ヵ所かベンチが置いてあり、何となくその1つに腰かけた。休みなく頂上付近まで歩いた恵は、足が重くなったと感じたので丁度よく休憩が出来て助かった。
2人はベンチに座りながら桜を見上げた。
「なんか、ごめんね。無理やり連れ出されてるよね。今回も……。まぁ、でも思いきって来てみて良かった」
恵は、いえいえと顔を横に振りながらもお兄さんの顔は見れなかった。
「久しぶりに桜を、ゆっくり観れて良かったです。……キレイですね。満開、ですかね……」
病室では話せているのに、二人だからなのか思うように言葉が出てこなかった。
「満開だろうね。俺としては……こうやってウワサの加藤さんに会えて光栄だよ。健に感謝しなきゃね」
「……えっ? ウワサ、ですか? 」
どの時点での何の話を聴いているのか不安になって彼のお兄さんに訪ねてみても……
「大丈夫~大丈夫~悪い話じゃないし、それに俺から話したら健に怒られるから~」
なんて結局笑われて、はぐらかされて教えてもらえなかった。
ウワサとかって怖すぎて、それを話した張本人に問いただしたいが何も弁解はしてくれそうもない。
健くんとは一年生の時のみクラスが一緒で、放課後の部活も同じだったから……ほぼ丸々1日隣にいた。二年生になってクラスが離れ、彼は部活にはほとんど来ていなかった。いや来れなかった。三年生なんて顔を会わせたのすら数える程も無かった。
最近まで高校時代の事を忘れていた恵は、彼がお兄さんに何を話したのか不安で恐くて……。これ以上失態をさらさないように、しなければと気を引き締めた。
その後もお兄さんからは、当時の闘病中の事も教えて頂いて同じ時間を学校で過ごしていたのに、何も気が付けなかった恵は自分が情けなかった。
「学校側にも口止めをしていたから、知らなかったとしても問題なかったよ。とりあえず卒業は出来たしね」
と言われても、あの日の後悔は消えなかった。
血気多感な高校生には、同級生の死を受け入れられないと思われての判断なのだろうと思う。
けど、高校生だろうが年配の方だろうが人の【死】を向き合うのに、年齢は関係は無いと……むしろ、どういう結果になろうと恵たち生徒にも話して欲しかったと勝手に思った。
急性骨髄性白血病
彼が宣告された病名。
当時、体調が優れなくなってから血液やら骨髄やらの検査後に原因が判明し、それからさまざまな説明がされて治療の方向性が決まり臨床試験が行われていた。
医師に言われていた期間よりも、奇跡的に発症してから症状は緩やかで、急性といえども進行はそこまで早くなかったのが幸いだったらしい。
彼のお兄さんの話では『副作用が辛そうだったが、化学療法も頑張ってたし通院に切り替わっても日常生活にほとんど問題もなかった』少なくてもそう見えた、と。
病気の事が広まらなかったのは、入院のタイミングが高2の春休みと重なったからで……体力的に夏休み後すぐに登校できなかったが、嘔気、倦怠感など副作用を乗り越えてなんとかなったと……
奇跡的に回復したが、さすがに修学旅行には行けなかったなと……
2年になる前に退学する事も考えていたんだけど、本人がね……。
医師からも【寛解】と言われて症状は軽快したから地固めして完治を期待したんだけどね……
『頑張ったけど再発してしまったのは、仕方がない事なんだよ。誰の責任でもないから。アイツは何で間違い細胞を生み出したかな……俺と同じ細胞のハズなんだけどね』
と話してくれた。
当時、医師からは骨髄移植を進められ、親族で血液検査をしても適合せず公的の骨髄バンクを紹介してもらって、探していたけど一致するドナーが間に合わなかった、と。
彼のお兄さんは、これを機にドナー登録をされたそうで……
『平日に何度か病院に通ったけど、これで誰かの助けになるなら……健と型が同じだったら良かったんだけどね……』
と寂しそうに恵に話していた。
恵は、白血病の移植は血縁者なら高確率で適合すると思っていた。臓器移植ではないから、ドナー側の負担も少ないだろうし……と。
彼のお兄さんは、当時誰も適合者が出なかった時点で、ご両親と覚悟を決めていたそうで……まずは5年と彼の残りの時間を最優先にして過ごせて良かった、と。
彼の事情を知り、恵は何も言えなかった。
どちらからも話が出ず、桜越しに市内を観ていた。そうしているうちに風が強くなり、桜の花ビラと共に恵たちの奧に抜けて消えていく。
やはり春とはいえまだ肌寒く感じる。
「これ以上、冷えたら困るので戻りますか……」
と、彼のお兄さんは恵の髪に止まった花びらを取ると何事も無かったように病院へと向かった。
裏山の散歩コースから病室に戻った恵たちは、残っていた彼のお母さんに散歩コースでの桜の話をした。彼のお母さんは……
『今年は、河川敷で行われる桜祭りには行けそうもないからココで見れてちょうど良かったわね。来年はみんなで行きたいわ』と桜の話題でもちきりだった。
来年なんて考えてもみなかった事だった。
(来年、健くんは……どうなって……)
あの初日以来、目の覚めない彼に好きだったことも、あの日の謝罪も、お兄さんが言っていたウワサの真相も何も進展はなかった。
しかも……
もう、今さら何を言っても遅いと思っていた。
彼の状態は、もしかしたらなんて淡い期待も出来ないくらい、日に日に生きている事の方が辛そうに見えた。
彼の病気の事を知った今の恵も、結局何も彼の役には立ててはいなかった。
週末の病室に、もうどのくらい何回通ったのか覚えていなかった。病院のシステムも休日の受付のおじさんたちも、病棟の看護師さんたちとも顔見知りになりつつある平和な週末を過ごしていたのに……
そんな生活が突然、終わりを告げた。
恋愛系の話しになるはずなのですが……
すみません……もう少し、お付き合いください。
ありがとうございました。




