62
「本当に、ここのケーキ美味しかったわね」
「はい。とても」
恵と彼らのお母さんとの、いつもの会話だった。
「じゃあ~明を迎えに行かせるから、ご自宅で待っててちょうだいね」
「は、はい……。時間的に早くないので前回みたいに近くの駅まで行けますが……」
「いいの、いいの。大丈夫よ。ご自宅まで行かせるから」
健くんの百箇日のお墓参りの段取りの話をして、話題はもう一人の息子さんの話になった。
「単刀直入に聞いても、良いかしら? 」
「は、はい」
彼らのお母さんは、ニコッと笑い恵に問いかけていた。
恵は、飲んでいた紅茶入りのカップを、ソーサーに戻し姿勢を正した。
(……何だろう)
「恵ちゃんは、明の事どう思ってるの? たまに会っているんでしょ? 」
(わ……直球なんですけど……)
「す、ステキな人だと思っています」
「そう、良かった。ヒドイ事とかされてない? 」
「はい。何も不快な感じはありません」
「じゃ……何で付き合わないの? まだお友達なんでしょ? 」
(えっ? )
恵は話の流れから、彼らのお母さんから『私の息子2人もたぶらかして!』のような事を言われるのではと覚悟していた。
「明の事、キライじゃないんでしょ? 」
恵はコクりと頷いた。
「ん~じゃ……付き合ってもいいんじゃない? このままお友達止まり? 」
「でも……」
「明からは? 何も言われないの? 」
恵は変な汗が出てきていた。
「いえ……私の気持ちを待つと……」
「そう。ずいぶんと余裕を見せてるのね、あの子は」
今は、お友達期間のお試し中だった。
「で、恵ちゃんは? 明の事どうなの? 好きなの? そこまで好きではなの? 」
店内の甘い香りと、優しい音楽が遠くで聞こえる。
恵は答えを出せないでいた。
「もし……もしもだけど、健の事で恵ちゃんが気にしているなら、余計な心配よ」
(えっ……)
恵が視線を前に向けると、彼らのお母さんが悲しそうな顔をしていた。いつもニコニコしていて楽しそうな方なのに、苦しそうな表情だった。
「明が話したかわからないけど、私たちは恵ちゃんに感謝してるの。いろいろな想いがあったとしても、健の事を最後まで見届けてくれた。寄り添ってくれていたと感じたわ」
恵が病院に通っていたのは、彼への罪悪感の方が大きかった。
(寄り添っていた? ち、違う……)
「私は……皆さんが思っているほど良い人では無いです。寄り添うとか……結局、何もお役に立ててはいないので」
「そうかしら? だとしたら明との事も? 」
(明さんの事? どういう意味? )
「健の兄だからって無理に気持ちを止めてない? 」
「そ、それは……」
恵は『思ってます。間違いなく彼のお兄さんで、乗り換えたと思われるのがイヤです』なんて言えなかった。
「健の事は仕方がなかった事よ。逆にタイミング的に、恵ちゃんを巻き込んでしまったと、申し訳なく思っているのよ」
彼らのお母さんは『だから……恵ちゃんの気持ちに正直になっていいのよ。無理しないで』と。
彼らのお母さんが、急に明さんが出張でいない時に連絡をくれたのには、何か意図があったのか、恵には分からなかった。
あれから、あの日から明さんからは何も言われてはいない。
週末のお出掛けと、毎日の電話とメッセージは変わらず続いているが。恵的には、しばらくの間このままの関係だろうなと安易に思っていた程だった。
「恵ちゃん……健の事、気にしてくれてありがとう。あの子ったら居なくなってからも縛り付けるなんて、私の育て方、間違っていたわね」
彼らのお母さんは、紅茶を飲みながらいつものニコニコに戻っていた。
「明も良い男だと思うわよ~」
と、恵は苦笑いしか出来なかった。
その後の会話は和やかだった。
***
その日、帰宅した恵は明さんとの今まで事を思い出していた。
彼らのお母さんからの『明との事も? 』容赦ない質問責めにタジタジになってしまった。
(明さん……)
間違いなくステキな男性だった。優しいし、誰にでも気を使えるし、運転だって荒いとかではない。お店とかの定員さんにも丁寧に対応するし、タバコを吸うくせに恵の前では一本も吸った事がない。そうそう意外と甘党で……
恵は、ハッとした。
『明との事も? 』
彼らのお母さんが話していた事は『恵ちゃんも明の事、好きでしょ? 気が付いてる? 中途半端な気持ちなの? 』だと。
高校を卒業して、短大の時も社会人になってからも恵は外出を控えていた。江戸先生の事もあったが、元々インドア派だった。
なのに、ここ2ヶ月は毎週末どこかしらに出掛けている。
苦痛でもなく、ごく自然に。
(明さんと一緒だから、か……)
恵はベッドに座り、ベッドライトの棚に目を向けた。その5センチ幅程のスペースには、先日明さんから水族館で買ってもらったガラスのペンギンが2体並んでいた。黄色いトサカで黒い羽のイワトビペンギン、キレイで嬉しくて帰宅してすぐにココに置いた。
あの日は……
ありがとうございました。




