60
「ごめん」
恵はビクッとした。
(あっ……やっぱり。……健くんとは話さなくて失敗して……明さんとは話して失敗……か)
「2人で話そうと決めていたのに、こんなに思い詰めさせて、すまなかった」
恵の額にコツッと明さんの額が触れた。
「俺は、人伝えに聞いていた当時の君より……今の恵さんの方が好きだよ」
「……えっ」
「少なからず、今の恵さんと同じ時間を過ごせて楽しいし、当時聞いていた通り、ステキな女性だとも思っている」
「……で、でも」
恵は明さんの言葉が信じられなかった。健くんに酷いことをして見捨てたのに。
額が、離れ……
「恵さん……」
恵は明さんに呼ばれ、視線を上に向けた。
「俺の事はキライ? 健の兄だと辛い? 」
恵は目を見つめられて問いかけている明さんに……
「好きです。明さんが……」
もう、健くんのお兄さんだからとかの想いは無かった。
「健には感謝しているんだ。君という存在に……出逢いをくれた。そして、恵さんにも感謝してる。弟の生きる力になってくれて。病気になって剣道を辞めさせて、まだまだやりたい事もこれからの楽しいし事もあっただろうけど、家族としては、よく頑張ったと思ってる。だから、三浦や恵さんが思ってる罪悪感なんて、気にしなくていい」
恵は、健くんが制服の彼女に河川敷の所で『……やり直すのに遅い事は無いんだ』と話していた時の事を思い出していた。
(……そうか。私もココからやり直そう。前に、進もう)
恵は、武道館で一歩踏み出せなかった自分が嫌だった。
自分の気持ちを押し込めて、その場しのぎで解決して結局あとで後悔するのは、損をするのはいつも自分だけだった。
ヤらないで後悔するなら、ヤって後悔し改善していきたい。
イヤな事、苦手な事をする時にも、どうせ同じことをするなら楽しくヤりきりたい。
だから……
「明さん……こんな私でも、良ければ……これからも宜しくお願いします」
恵は精一杯の想いを込めて、明さんに伝えた。
スクぶっていた黒い気持ちが、取れたように気持ちも違った。
右腕を引っ張られ、そのまま明さんの胸の中に引き寄せられ抱き締められた。
「恵さん、もう考えている……悩んでいることは無い? 」
恵の頭の上から悲しそうな、優しい声が聞こえた。
「はい。もう、大丈夫です」
恵は少し明さんから離れハッキリと宣言した。
明さんは、いつもの様に頭をポンポンし……
「やっと、俺を見てくれている気がするよ……」
「えっ? 」
「恵さんは無意識かもしれないが、俺を見ているような……存在すら忘れているような? 何と言って良いかあれだけど……」
「そ、そんな事ないです! 」
「そう、かな? なら良いんだけど」
恵は、コクコクと頷き『この気持ちに気が付いたのは最近です』とは言えなかった。
ふと、明さんと目が合って……
「恵さん。……キス、しても? 」
恵はコクっと小さく頷いた。
その後すぐ無事に家に送り届けられた恵は、ようやくしてベッドに寝そべっていた。
帰宅してから母親からの質問責めには大変だった。
なんせ……『お嬢さんを遅くまで失礼しました。では……』と明さんは私を玄関まで送り届け、出迎えた母親にも紳士的だった。
母の興奮状態に恵と弟がドン引きし、偶然にも父が居なくて良かったと思った。
「カッコ、良かった……」
今までは、そんな事まではしてなかった。
ただの友人として距離を取っていてくれた事に、また一つ明さんの誠実さに気が付いてしまった。
(ん~……本当に、私には勿体無いくらい素敵な人……)
ベッドでうつ伏せになり、枕に顔をクリクリ足をパタパタしていた恵の視線の先に、彼の鍔が見えた。
『俺の兄さんは剣道は上手いし、頭も良いし、カッコ良いし凄い人なんだぜ』
恵は高校の時、彼から幾度となく自慢されたのを思い出していた。あの時は、ただ仲の良い兄弟だなと思っていた。
(弟に高校合格祝いを贈る人だもの、悪い人の訳がないじゃない)
『大学2年生だけど、今も剣道を続けてるんだ。忙しいのにスゲー……』
(あっ。そういえば……明さん、剣道辞めちゃったのかな? 社会人だし……話聞いたこと無いかも)
ピローン
スマホが鳴った。
(ん……誰だろう? )
恵はスマホを取り出し、メッセージを確認すると【ただいま。22時過ぎくらいに電話出来る? 】明さんからだった。
【お帰りなさい。大丈夫です】とすぐに返信をする。
恵は急いでお風呂に直行した。
毎回事前に連絡をくれるので有りがたかった。
明さんとの電話は、どちらかが寝落ちするまで話していた。なので先にいろいろと済ませたかった。
(後、1時間……)
恵はお風呂に浸かりながら、濃厚な半日を振り返っていた。
ありがとうございました。




