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49 和田野 明 1



 バタンと自室に入り。ベッドに仰向けに倒れた。見慣れた天井をみながら彼女の事を考えていた。


 自分がここまで、一人の人を求めるようになるなんて信じられなかった。


 ポケットからスマホを取り出し、先ほど交換した連絡先にメッセージを送る。


『ただいま。さっき帰宅した。今日は付き合ってくれてありがとう。また、連絡するよ』と。


 甘い言葉は、控えることにした。まだ友達枠だ。距離感を間違えないように、少しずつお互いを知っていけばいい。焦るな。大丈夫だ。進展したじゃないか。


 大の字になり天井を見続けた。俺たちは、これからだ……


「とりあえず良かった……」


 年甲斐もなく、勢いで強行した自分に……

 その結果に安堵し目をつぶる。




*****



 事の始まりは5年前、俺が大学2年冬。


 あの日は、午後から行われる成人式に出席する為、時間まで自宅でのんびり過ごしていた。いつもなら講義やサークルに明け暮れ、殆ど家にいなかった。だから久しぶりに話をする弟の言葉に耳を疑った。


『最近、身体が疲れやすい……』


 母親に相談し早々病院に、すぐ検査をすることに。


【急性骨髄性白血病】


 家族や兄弟なら高い確率で型が適合すると言われ、それならと安易に思っていた。


『俺がいるから大丈夫だろ』


 しかし弟は誰とも適合しなかった。


 医者からは骨髄バンクに登録と治療方法、そして余命を宣告された。が、余命だけは弟には話さなかった。


 暦でもまだ春になる前、入院になり数種類の薬ずけに弟は弱っていった。

 俺としては、学校には行かず治療に専念して欲しかった。治るかもしれないから。けど、弟は停学も退学もイヤだど言いきった。

 副作用が酷くて見ていられなくて、何故そんなに頑張れるのかと問いた。


『あの子の隣に戻る為に頑張るんだ』


と、言いきった。


 それから薬が合ったのか、徐々に体調も落ち着き回復し学校への復帰。奇跡的な卒業。しかし、弟の生活は乱れていった。


 完治したわけでも無いのに、その軽率な行動にイライラした。

案の定また入退院を繰り返し、しかも熱が続きイヤな予感しかしなかった。


 両親は『5年前に覚悟は決めていた』と、『だからこそ、そういう時間を過ごしてきた。今までの時間はご褒美だ』と。


(覚悟は決めていた……そうだけど……)


 相変わらず適合者もいないし絶望だった。


 入院生活が日常になっていた頃、俺は仕事から帰宅し夕食の席で、弟の病院にお見舞いに来た三浦と加藤恵さんの話を聞いた。


(あー……そういえば、健が時折話していた例の子か)


と気付いた。


(一度会ってみたい。お礼もしたいし)


 ほんの軽い気持ちだった。


 実際に会った彼女は、病室でも外でも口数も少なく、大人しい控えめな子という印象だった。

 母親の一言で、病院の裏山の桜を見に行ったが。その時も静かだった。

 弟が何かと騒がしい方だから、こういった【おっとり、ゆったり】した女性を好んだんだと、さほど気にならなかった。


 彼女が、母親のワガママで毎週末、欠かさず病院に来てくれていた事は知っていた。毎日の病院通いをしてくれる母親の気晴らしに、買い物だとかお茶だとか付き合わされていた。せっかくの仕事が休みの日に申し訳ないが、母親としても女性同士の方が楽しいらしく、俺としても助かっていた。


 そんな何気ない生活が、続くのかさえ錯覚していた。


 衣替えの季節になり、弟は熱が下がらず静かに生涯を終えた。病室に駆けつけた時にはもう……。


(長い間、闘病生活お疲れ様。これからはゆっくり休め。役に立てない兄ですまない。俺の弟になってくれてありがとう)



 病院のワゴン車で無言で帰宅した弟は、白い服に着替えさせられた。その後、家に来た和尚さんや会館の方々とやり取りを終え、ひと足先に父親と共に会館へ向かった。


 少し落ち着いた時間を過ごしていると、チャイムが鳴った。

 母親が嬉しそうに対応し、応接間に通した人たちに驚いた。


(わざわざ来てくれたのか……)


 その後3人で弟の部屋に行った。弟の部屋で写真を見ていた三浦と彼女の会話に違和感を覚えた。


(これが彼女の素なのか? )


 三浦と話す彼女は、表情も豊かで可愛らしく別人にさえ見えた。


(なんなんだ。……は? )


 今、思えば三浦に嫉妬していたのだろう。


 写真を覗き込む2人の距離感に、2人の会話の温度に。


 俺とは別物だった。


 彼女の事が気になって、でもこれ以上2人のやり取りを見ていられなくて、早々に弟の部屋を後にした。


 なんとなく自分の気持ちに気が付いていたが、弟の葬式で忙しくし、一旦は忘れることにした。


 日曜日になってしまった通夜には、弟の友人、剣道仲間と多くの弔問客が参列してくれた。


 受付にいた俺は、いつの間にか並んでいた彼女に目を奪われた。視線を下に向けて並んでいる姿は、凛としていて艶やかで黒の喪服だからなのか別人に見えた。

 彼女の順番になり、受付で座っていた俺に気が付くと、視線が柔らかくなったような気がした。受付が終わった彼女に、俺は自分から案内をかってでた。少しでも彼女と話したいと衝動的に動いてしまった。


(5つも年下で弟の想い人。俺はどうこうできない)


 母親が彼女に弟の剣道の鍔を、形見分けとして渡した。俺が弟にプレゼントしたモノだが、彼女が受け取ってくれて良かった。


(彼女とも、もう会わないだろう)


 葬式後、弟の荷物整理でスマホを開いた。買い換えもせず、ずっと使っていた弟のスマホ。

 当時の彼女との、部活の連絡のやり取りを見る。写真でも無いかと無意識に探していたら動画をみつけた。


 弟が彼女に宛てたビデオレターだった。

 

 病室で会えていなかった事は知っていた。彼女が来る週末に体調を整えることが、上手くできていなかった。

 

 動画には俺や両親宛てのもあった。


 一通り再生していくと彼女宛てに、俺の事を話している動画を見つけ驚いた。弟に気が付かれてた。これは誰にも見せれない。


(あいつ、何てモノを残してんだ! 彼女の気持ちも考えろ! )



 動画の内容に文句を言いそうになったが、なんとか飲み込んだ。


【……俺の兄さんをお薦めするよ。めぐとお似合いだと思う。もう、俺は……】


 さすがに削除は出来なかった。



 葬式も片付けも一段落でき、大内や三浦にお礼の連絡をした。

 数日後、なぜか大内から『他のメンバーも集めるので』と会うことになった。俺の1つ上の先輩から三浦の2つ下まで、男だらけの剣道仲間総勢18名。


 日が浅いと思ったが、両親にも『いっておいで』と送り出された。久しぶりの飲み会で楽しかった。


 だいぶ酔いが回り、和室一間に押し込まれている状態で、すでに席も上下関係もなくなって来た頃。俺は三浦に近づき、『彼女をお見舞いに連れてきてくれてありがとう』と肩に腕を回し話しをした。

 彼女の話を出すのにシラフでは言い出せなかった。


 三浦からは彼女が高校時代の辛かった事を忘れていたのに俺が思い出させた。お見舞いの初日、車で泣き崩れた。『申し訳ない』と。『俺……部長に嫌われたら凹む』と。半泣きだった。


 そして彼女は、あまり遊びの誘いには乗らないらしい。『法事』『仕事』『体調不良』と断る理由は色々らしいが、20才でした同級会にも不参加だったらしい。

 そういえば弟は参加してたなと思い出す。


 そして弟と彼女の事を聞かされた。思っていた以上に親しかった。

 そこで三浦から【あの対応】は間違いだと言われた。

『健だから……俺は諦めて見守ってたのに……けど、あいつが来なくなって、俺がサポートをしてても部長の笑顔は違ってた。部長は最後まで信じていたのに……可愛そうで見ていられなかった』と。


『俺もあんなに一緒にいたのにな……部長のスルーするレベルが高くて、部長と話してると俺の魅力もまだまだだと凹む……。こっちはアピールしているのに、天然なのか鈍感だけなのか微妙だけど~そこがいんだよな~』と。


 どうやら彼女には、彼女なりにしっかり、人との壁があるらしい。

 他人から顔見知り程度の【知り合い枠】から

 最上位の心底、心を許す【特別枠】まであるらしい。


『俺らはその中間の【友達枠】だったな~』と大内が乱入してきた。その枠の中でも細かくあるらしく……


『ガクは、俺よりも上だったな』

『大内先輩~勿論っすよ。俺の努力っす』

『同級生の贔屓目じゃねぇ!? 』


 2人のランクの話しは続いていたが、その中でも特別枠に健だけが突破したらしい。三浦も、大内も健だけは他とは違うと。


『まぁ、それすら彼女本人が、意識しているのか無意識なのかも分からないっすけど~』


(どうりで。あ、俺はまだ最下位の知り合い止まりか)


 と気付き、三浦とやり取りをしていた彼女の姿が脳裏に浮かぶ。


 そして俺は彼女の特別になりたいんだと気付いた。


 

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