41 加藤 恵 そして、これから……
過去から一人、戻ってきたと気が付いた恵は、慌ててリューズを探し走り回った。
今朝の記憶をたどり走った先には、小さな公園があっただけだった。
その公園のベンチに力無く座ったまま、彼のご家族から譲り受けた鍔を鞄から取り出し、そこに刻まれた小さなキズを指で触れていた。
(私の世界は……何も変わってはいない……)
リューズから言われていたとはいえ、2人の幸せそうな姿を見て複雑な心境に襲われた。
(今の私を救ってくれる、未来の私は? ……いない、の? )
そのまま視線を上げることが出来なかった。
♪~♪~……
鞄の中でスマホが鳴っている。
(電話……鳴ってる……誰だろう……)
恵は首の疲れを残したまま、鞄の中に鍔を戻し鳴り止まないスマホを探した。
世界的にも人気なお話の女の子とガラスの靴が彫刻されている手帳型のケース。お気に入りのケースに入っているスマホを取り出し、中を開いて着信の相手を見て驚いた。
(健くんの……お母さん!? )
「……はい。もしもし……」
『あっ。恵ちゃん? 今、電話大丈夫? 』
「は、はい。大丈夫です」
『良かった。今から時間あるかしら? ご自宅まで迎えに行けるしどう? 』
「予定は無いのですが……。今、出先だったので……どこに向かえば良いですか? 」
『お出かけしてたのに大丈夫なの? 今はどちらに? 』
「もう、済ませたので大丈夫です。えっと……私は、舘沼駅の近くにいまして……」
『なら、舘沼駅で待ってて。駅だと……ここからだと15分くらいかしら? 恵ちゃんは大丈夫? 』
「はい。大丈夫です」
『近くになったら、また電話するわね! じゃ、後程♪ 』
恵は電話を切り、事の一大事に慌てた。
けれど相変わらずの彼のお母さんに、クスッとしてしまった。
いつもの勢いで、何故かこの後に会う事になってしまっていたのだから。
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あの日、彼のお母さんと病室で初めてお会いした時は、ほとんど話せなかった。
彼に久しぶりに会えて、嬉しいやら悲しいやら気持ちが落ち着かず、終始恵自身がギリギリな精神状態で、彼のお母さんにまでそこまで気が回せなかった。
何度目かのお見舞いの時に、恵の呼び名が名字から名前に変わっていて……
『娘が出来たみたいで嬉しい』
なんて言われたら、とてもじゃないがイヤとは言えなくて、そのままになってしまった。
何度か2人で出掛けた時も、さすがに緊張はしたが気さくな方でイヤな感じは受けなかった。
パン屋さんやケーキ屋さんなど話題のお店を巡って、たくさん美味しい食べ物を教えてもらった。『やっぱり女の子は楽しい』と毎回お土産もしっかり頂いていた。
恵より少し身長が低い彼のお母さんは、お会いする度にニコニコして可愛らしくて、少し声が高くてお話しが好きで……
あ~この人が彼のお母さんなんだな……何となく解るな~と思った。
彼のお母さんの事を思いながら、鞄にスマホを戻し腕時計を確認した。そして恵は、ようやく公園から駅に向かい歩きだした。
彼のお母さんに会うのも、通夜の日以来だった。
(何か、あるのかな? 買い物? )
歩きながらあれこれと考えたが、まったく予想が付かなかった。
恵は、駅に着いてすぐにお手洗いの化粧室に駆け込んだ。外を走り回ったので、髪や服装の乱れが無いか確認が必要だった。
もともと普段から派手な服装を好まない恵には、問題はなかったが最低限でもラフな格好は気が引ける。
この日も幸いに、白いブラウスに紺の膝丈のスカート、黒のパンプスだったが……鞄が斜めに掛けるタイプだった。
クリーム色の本革とはいえ、せめて手持ちのタイプにすれば良かったと後悔した。
♪~♪~……
鞄の中で電話が鳴り恵は慌てて化粧室を出た。
「はい。もしもし……」
『間もなく駅に着きそうなんだけど、どの辺りにいたの? 』
「東口の正面にいました」
『東口ね分かったわ。……電話切るけど、そこでちょっと待っててね。停めてもらうから』
「はい」
彼のお母さんと電話を切ってから、変な違和感に恵はスマホの画面を見つめていた。
(車を停めてもらう? )
彼のお母さんと出掛ける時には、運転はお任せしていた。
『お店の場所を説明するより、自分で運転した方が早いから』
と、言われてしまっては恵は何も言えず甘えていた。
そのイメージがあり、最後の会話からすると他の誰かが運転している事が予想できた。
駅前の信号がかわり、数台の車が駅のロータリーへと進入してきた。
(白の軽自動車……ルームミラーの所に小さいお花のリースの飾りがある……)
特徴を思い出しながら彼のお母さんの車を探す。
恵は東口の正面入口側で立って、そのまま入ってくる車を目で追う。
正面入口前で止まり、何人かが降りるとすぐ走り出す車や、お客さんを乗せて走り出すタクシーなどを見送る。
その中で一般車乗降場の、一時的に停車出来る区画に一台の車が入ってくるのが見えた。
けど、いつも乗せていただく彼のお母さんの車ではない。
ここから【加藤 恵】視点に戻ります。
よろしくお願いいたします。
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