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39 和田野 健 2


 定期的に通ってた病院で、いつもと同じ検査だった。……いつもと同じ。


 成人式後に行った病院。検査結果が、思いのほか数値が悪化してた、そしてそのまま入院に。


 久しぶりに会った友達と楽しく過ごし、少し疲れたとは思ったが……。


 油断してたのもある。


 高校卒業後、じいちゃんの店に手伝いは行っていたけど……たいして何もしていない。


 兄さんが社会人になって、俺との時間が少なくなって。


 俺の生活は乱れていった。父さんも母さんも何も言わないし、うるさい兄さんとも最低限しか話さない。


 自分の現状に、周りに甘えてたんだと……


 だから……


 細菌感染……自業自得だった。


 いつもの病院で、いつもの病棟。


 代わり映えしないココでも、とりあえず熱の無い体調が良い日は、リハビリを兼ねて点滴を引き連れ廊下を歩いた。髪もキレイに無くなったから、野球部でもないくせにキャップを被ってた。


 足が重い……自分の体が憎らしくなる。

 何も変わりもしない……

 何も生きがいもない……そんな毎日。


 入退院を繰り返してるうちに、母さんから懐かしい名前を聞いた。『さっきそこでガックンに会ったの。この階にお祖母ちゃんが入院しているみたい。そのうち顔出すって~』


 ガッくんこと三浦学。俺と少剣時代から付き合っているヤツで、高校でも剣道部で一緒だったから……。


(……あ~……気まずいな。……メグ……元気かな……会いて~な……)


 病室で目を覚ますのが日課のころ。この天井もいい加減に見飽きてきた。


 そんなある日、三浦が訪ねてきた。


 来て早々にヤツの話が止まらなくて、ずっと話してきた。『小学生の時、道場でお前と出会い仲間になって、中学と高校が一緒で剣道仲間がいて良かった』と、『気付かなかった俺も悪いが……付き合いが長かったくせに、何も言わないとかって水くさい』と、『部長はずっとお前をかばっていた。何を言われても、お前の味方だったんだ。誰の為に部長を譲ったと思ってんだよ。部長になら、お前たちの中なら話しても良かったんじゃないのか? あれ以来連絡してないんだろう? 』と、苦笑いするしかない。


 そうさ後悔している。


 あの時、話していれさえすれば……彼女のことを考えているだけで、辛かった闘病生活も楽しかった。


 絶対に直すと彼女の隣に戻ると誓った。


 今は後悔しかない。

 会いたい……もう間違えたりはしない。

 もう……離れたりはしない。


 言葉は言わないと伝わらない。彼女の想いは、聞かないと分からない。そんなことも気付かなかった。

 

 あの日、彼女の目が怖くて逃げた。絶対に嫌われたと思った。


 あんなに一緒にいて……あんなに話をして笑いあって……


(めぐ……君は俺の事……)


 それから何度か『祖母ちゃんのついで』といい、三浦がお見舞いに来てくれていた。


 病室から見える景色にも、白から少しずつ色が付いてきた。なのに……こんな所にいる自分が悔しい。


 日に日に繋がれているものが増えていった。もうほとんど歩けもしない。点滴やら頭の周りに何かの機械やらが増えている。ピコピコ鳴るのも、もう慣れた頃……


 母さんが朝からソワソワしていた。珍しく俺を小奇麗にしてきた。


(なんなんだ……今日って何かの記念日か? )


 お昼過ぎ、俺は変わり映えのない天井ぼんやり眺めていた。目も開けんのも面倒臭い。


 そんな時……


 トン、トン、トン……


 誰かが俺の病室のドアをノックした。


「はい……どうぞ」


 母さんが一瞬、俺の方を見た気がした。

 ゆっくりドアが開いて、誰かが中に入ってきた。


「健……大丈夫? あなたにお客様よ」


(……誰だ……めぐ?……俺、さすがにヤバいな……とうとう幻覚まで見えて来たか……)


 母さんから声をかけられ、目を開けたら忘れもしない【めぐ】……とは、気安く呼べない大人びた【加藤恵】さんが、隣には三浦もいた。


(母さん……知ってたな……)


 俺は『大丈夫。ありがとう、母さん』と目で合図した。母さんと三浦は、俺たちを残し病室を出てくれた。


 俺は起き上がりたかったけど無理だった。目の前に、本物の恵さんがいるのに動けない。


 俺は無意識に手を動かしたらしく、恵さんが手を握ってくれた。


(柔らかいし……暖かい……)


 俺は何から話していいのか、分からなかった。いっぱい話したいことがあるのに。謝りたいこともあるのに。


 そしてずっと大好きだったんだ。『俺の一目惚れです。君はドンピシャです』と言いたかった。


(あぁ……俺、大丈夫か? )


 けど実際に振り絞った言葉は……


「最後に……めぐに……会えて……良かった」


だった。


 本当に俺、情けない。


 そのうち二人が病室に帰ってきて、みんなで話をしていたが『またね』と母さんと挨拶をし部屋を出て行った。


 夢のような一時だった。何を話したか、ほとんど覚えてないけど。制服を着ていない彼女も、やっぱり可愛かった。


(あ~……やり直して……このまま死にきれねえ……俺は……俺は……

過去に戻りたい)


 めぐと再会し、何日後だろうか。俺は不思議な夢を見た。


 日本ではない、どこかの国で……大きな時計があって、たくさんの石で出来ている建物の前にいた。


(……ここ、どこだ? )


「珍しいお客さんだね。どうぞ、こちらに」


 いつの間にか、その建物の入り口に人がいて、その人に声をかけられた。


 その人は黒縁メガネの40代ぐらいのおじさん。黒いワンピースみたいな服を着ていた。あれは神父さんとか、牧師さんという人だろうか?よくわからないが男の人がいた。


 その人は、俺を見て少し驚いていたが、中に案内してくれた。


「失礼します」


 俺は、被っていたニット帽を脱いで促されるように、建物の中の机の側まで歩いて行った。


 おじさんは古ぼけた本を持っていた。


「君は過去に行きたいのかい? 」


 俺はハッとした。


(なんだこの人、何者なんだ? )


 驚きすぎて俺は、何も答えられなかった。


「君がもう一度、ここへたどり着けたのならば、過去に戻してあげよう」


(は? 過去? )


 俺が何も言えないでいると『ただ一つ条件がある』と言われ、あからさまにゴクリと喉を鳴らしてしまった。


「その……君の場合は、戻りたい過去の分岐点に行けたとしても、今の所には戻れない。その覚悟は君にあるのかい? よく考えて、またおいで」


 スーッと目の前が薄くなり、目覚めたらいつもの天井が見えた。


(夢、か……)


 病室が明るかったし兄さんの顔が見えたから、たぶん日中だろうが、俺はまだ眠かった。


 それからどのぐらい寝たのだろうか、今日が何日かさえもわからない。


 先日も恵さんがお見舞いに来てくれたらしいけど、今後も話せる気がしなかった。


 兄さんや母さんが『恵さん、素敵な子だね』とお見舞いのたびに様子を話してくれた。


(当然だ。めぐは最高に可愛い人だ)


 俺には寝ていて感覚はないが、お見舞いの度に俺の手を握ってくれているらしい。『お前、全く起きないからここから見える桜がすでに葉桜になったの知らないだろう? 』とか言ってきた。


(いや、裏山の桜がキレイなの知ってっから……)


 兄さんと恵さんは二人で桜を観に行ったらしい。


(なんだよ……嬉しそうに話やがって……それはマジで羨ましいじゃないか……)


 目が覚めても頭がボーッとしていた。が、俺は夢で見たおじさんのことを考えていた。『覚悟があるのか……』か、やり直せるなら戻りたい。




 あの頃に、あの日に戻りたいんだ。




「母さん……(もう、ココには戻れない)ごめん……なさい……(今まで)ありがとう」


 いつの間にか酸素マスクがされてたけど、きちんと伝わったと思う。


 言えて良かった……。



 あぁ……そうだ。俺は、あの時計台に行くんだ。もう母さんたちの所に戻れなくても行きたいんだ。


 あぁ……でも、母さんたち……俺に会いたくてどっかの山とか登ったりしないか? 『息子と話がしたい』と言い出さないか?

『息子さん……どこにもいません』とか言われたら……


(……フッ……な訳ないか……)


 目をおおっていた右腕を、胸の上になんとか下ろす。


 誰もいない病室の天井を、ぼんやりと見ながら……覚悟を決めた俺だけど、どうしていいのかわからなかった。


 その後は……視界が霧のように……目の前が真っ白に……



《ピーピーピーピーピー……》




※※※※※※





 視界が開けてきた。


 はっきり前は見えづらいが、どうやら石畳の上にいるのは分かった。遠くの方にうっすらと見覚えのある時計台があった。


(あそこだ!)


 俺はそこを目指して歩いた。ようやくして辿り着いた時計台に、今度は俺からノックをし中に入った。



「失礼します。また来ました」





ありがとうございました。

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