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「少し先を見に行こう!」
突然リューズに引っ張られ視界が歪む
「……ここは、科学実習室? 」
少し薬品臭い教室で……背もたれの無い丸い椅子が、ひっくり返された状態で黒い天板の机に並んでいた。
カーテンが半分閉まってはいるが、担任の吉沢先生がハンカチで汗を拭いていた。
「加藤は進路変更か。中央義大だと今の成績だと少し難しいかもしれないが、まだ時間はあるから頑張っていこうな」
「はい。何とか合格できるように頑張ります」
「県外でもいいなら、少しランク落とせるけど、どうする? 」
「いえ、自宅から通える所がいいので……」
「わかった。じゃあ、自分でも少しずつ資料とか集めておけよ。まずは、県総体か? 」
恵たちの前で話していたのは2年、3年と担任だった吉沢先生と彼女だった。
恵は、自分とは違う進路に目を細める。
進路の話をしているから、3年生になってすぐの二者面談中のようだった。
「リューズ……スゴいね……私なのに、私じゃない……」
リューズの方に振り向くと……視界が変わっていた。
竹刀の音が響いている。今度は武道館に来ているらしい……
「ほら、後藤!左手が抜けている! おっ。阿部!今のはいい面だ!」
武道館に剣士の声に混ざって彼の声が聞こえてきた。
恵の知らない部員が数人いて、外ではチームジャージで素振りをしている人たちもいる。
活気のある部活だった。
恵は垂れネームに集中し……
「あっ。いた。私……」
紺の胴着に紺の袴、紫の手拭いに……
「えっ。あの鍔!?」
加藤と付いている垂れネームが使っている竹刀に目を疑った。
胴着が紺を着ているのは、通常の稽古だから違和感は無かったが……
手元があの日、譲り受けた鍔に見えたからだ。
すぐに彼の方も確認すると同じ鍔が付いていた。
「……そっか。私、良かったね。幸せそうで安心したよ」
そのまま奥の人物を見てしまった。
紺の胴着、袴は少し色あせていて面を付けているから表情は確認できないが……相変わらずの齋藤先生は、遠目から見ても異様な雰囲気を出していた。
「は、ははは……ご無沙汰してます。齋藤先生……イヤ~怖い……本当やだ」
面を付けていても、あの目が幻覚で見える。
時間を微妙に進めていたリューズが心配そうに恵を見つめている。
「恵がさ、本気で想って本気で行動したから、彼らの未来を変えられたんだと思うよ」
「……うん。そうだね」
リューズに話しかけられてはいるが、恵は振りかえることが出来なかった。そのまま南側の武道館の扉に寄りかかりながら稽古を見ていた。
「人生の分岐点は、いくらでもあって……大事な分岐点を間違えて進んだとしても、時間がたって状況が変わってしまっていても、必ず同じような分岐点に戻されているんだ。
経験を積んで同じ様な試練に挑むように。
結果的に悔やんでも、自分が選び進んだ道が正解なんだよ。
借りに今の恵が本当の意味で大失敗をしていたとしても、もしかしたら未来の恵によって修正されている可能性だってあるし……」
リューズは、あからさまに落ち込んでいる恵を励ましているが、恵の反応は鈍い。
「うん……」
「……だからさ……これからも徳を……」
今の恵に、何を話したら良いのかリューズにさえも分からなかった。
「さっきだって……本当は触れられなかったハズだった。僕たち存在を示すような事までは出来ない事になってるから……」
そうリューズは最初に説明している。
『……基本的にうちらは、浮いてるし他人からは見えない。そして、モノには触れれるけど、動かせない。動かせたら怪奇現象になっちゃうからね~そっちの方が面白いけど~。まっ、と、言うことで、壁とか扉とかすり抜けられるよ』
「あれには僕も驚いた。恵の強い想いが起した奇跡だと思う……」
恵は、ようやくリューズの声の方を振り返り、南側扉の外にある2段しかない階段に座った。
「……強い想いか」
リューズは恵の隣を浮遊している。
「僕たちには、時間という概念はない。こうしたい、ああしたいと思うだけで叶うから。恵たちの世界でも同じさ。ただ、違うのは叶うまでのタイムラグが生じている事だ」
「……タイムラグ」
「さっきの……恵の強い想いが力となってココの未来が変わった。タイムラグが生まれず行動できたのは奇跡だと思う。第7世……人間たちの思考はすぐには変わらない。何かの経験があって失敗や成功の度に少しずつ変化していく。だから3年~5年のタイムラグを発生させないと、変化に付いていけない【思考】の方が、上手く追い付かなくて人格が破滅する。けれどそのラグの大小で皮肉なことに勘違いも起きてしまう」
「変われたのは……私の力? 」
「そうだよ。恵の力」
「……」
恵は両手をみる。
たしかに制服の自分の背中を押せた感覚があった。
「強い想いが重要だよ。その思考の正しさとか間違いとかも問題が出てくるんだけど。今の恵の現状も3年……5年前の思考が関係していると思っていいと思う」
(3年前は短大。5年前は、高校)
恵は視線を前に向け、武道館から見える桜の木に目を止めた。
もう、花が咲いていた跡さえ消え緑葉が風に揺れていた。
「……タイムラグか……良かったん、だよね? 」
「結果的に恵の目的を果たせたんだし、良かったんだよ」
リューズの言葉を聞いて恵は『良かった』と納得した様な気がした。
目的は果たせた。
恵は立ち上がり、リューズに向き合い……
「……リューズ、いろいろと、ありがとうございました」
しっかりと頭を下げた。
首から下げていた懐中時計がフワリと浮かんだ。
驚いて顔を上げリューズを見たら目があった。
まだ何かを言いたそうな感じの、寂しげな顔をしていたが、また恵の視界が歪みはじめ……
ありがとうございました。




