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灰皿ソニックは都市伝説じゃない


 ピッ。ガランガラン……。プシュッ。ゴクッゴクッ!


「ぷはぁッ……」


 B1フロアへ下りてきた俺は、目当ての両替機で用事を済ませたあと、飲み物を買って近くのベンチで休憩をしていた。

  

「ふー、しかし暑いな」

 

 額に(にじ)む汗を服の袖で拭いながら一息付いた。


 どうやらこの地下フロアは大きく二つのエリアに分けられているようだ。

 一つは今、俺が居る休憩場所。椅子やテーブル、週刊ゲーム情報雑誌、自動販売機などが置かれたスペース。そしてもう一つはアーケード筐体が一面に並べられたエリアスペースだ。

 驚く事になんとこの階すべての台が格闘ゲームで埋め尽くされている。圧巻だ。


 そしてフロアの四方の壁一面に多様なポスターがびっしりと張られている。おそらく全て格闘ゲームのポスターだろう。


 描かれているキャラクターは筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の男性からモデルのような細身の男性、他にも幼い少女や動物まで幅広く様々だ。中には色あせ、年季の入ったポスターも多くあり、その歴史を感じる。


 俺は席を立ち飲み終えた缶を捨て、休憩スペースから離れる。

 上に戻る前にどうせならこっちのゲームフロアも見て周ろうと思いブラつくことにした。

 

「――しかし思ったより人が多いな……」


 店の入り口から遠いレトロゲームのコーナーには数人程度しか客が見えなかったが、更に奥にあるこの部屋には結構な人数が居る。


 ――ってことは、奥へ進む客の大半はこっち目当ての客ってことか。

 


 しばらく歩くとまた、うっすらと汗が出る。

 ほんとに暑い、さっきも言ったが何故これほど暑いのか、空調でも壊れてるのか? いや、そうじゃない。

 こんな放熱する機械が大量にある地下空間で空調が壊れてたらとてもじゃないが数分も耐えられない。故障じゃないならどうして? 


 ……なんてもったいぶってみたが、その理由はすでにわかってる。



「オオオオォ!入ったぁぁ!」

「そこだぁ!攻めろ!」

「まだ終わってねーぞ! あきらめんなよ」



 歩く俺の横で大きな歓声が湧きあがる。

 振り向くとそこには男性客二人が格闘ゲームをプレイしていた。

 

 ――熱気。そう、人の熱気に()てられているのだ。


 この地下、それほど広くない空間で大勢の男たちが盛り上がっている。

 大きな声で叫ぶ者。

 静かに腕を組み後ろから(のぞ)く者。

 それぞれではあるが皆、熱心にゲームを観戦している。


 少しの間、俺も彼らと一緒に見物をしていると、またしても歓声が巻き起こる。どうやら大逆転劇が起こり試合は決着となった。

 観客とプレイヤーがハイタッチをして喜びをわかち合う姿が目に入る。

 

「はは……すげー。」


 格闘ゲームをしない俺でも、その場の圧倒的な雰囲気に飲まれてしまいそうだ。

 


 俺も子供のころ友達に誘われて少しだけ格闘ゲームをプレイした事がある。

 しかしその第一印象が悪かった。ゲームが悪いとかそんな理由じゃない。


 答えは単純だ、その友人達に一方的にボコボコにされたからだ。

 

 まったくの初心者、ド素人の俺はわけも分からない間に一回負け、二回負け、負けの回数が二桁になってもその連敗は止まることは無く、まるで猛獣に蹂躙じゅうりんされる小動物のような悲惨な有様だった。


 今にして思えばその友人達も悪意があって俺をボコった訳じゃなかったんだと思う。

 子共の加減知らずな無邪気な一面なのだと、今の俺なら理解も出来る。


 ――が、当時の俺に深い心の傷を残すには十分な出来事だった。

 以降、格闘ゲームに苦手意識を持っている。多分こんな思い出があるのは俺だけじゃないだろう。



「おっと……見てないではやく戻らないと」

 

 ヒートアップするその場に背を向け、俺は一階に戻るため階段へ向かった。


 ゲームに没頭をする客たちを後目(しりめ)に階段のドアに手をかけたその時。

 『ガタン!』と、大きな物音がフロア全体に響く。


「ふざけんなよッ……。舐めた行動ばっかしやがって!」


 突如、一人の若い男性客が荒々しい声をあげ、立ち上がる姿が見えた。

 次の瞬間、男性客が自分の座っていたと思われるイスを蹴り飛ばす。

 おそらく先ほどの物音も男が何かを蹴ったときの音だろう。そしてその男性客はおもむろに自分の対戦相手の方へ息まきながら歩いて行く。 


「おいおい……!」

 

 今の時代に本当にこんなことってあるのか、まさかリアルファイトにならないだろうな。

 先ほどまで熱狂していたその場の空気がまるで嘘のように静まり、フロアに緊張が走る。

 

 チンピラまがいの男性に(から)まれて、相手の人も災難だなと心の中で同情をしていたら、男性の言葉に対してこの場に似つかわしくない声が返ってきた。



「別に舐めてなんかいません。私がやっているのは戦術、戦略なので文句を言われる筋合いはありません。自分の実力不足を言い訳に変な言いがかりをつけるのは止めてほしいですね」



 その声の主は小さな少女だった。


 印象的な銀色のミディアムショートヘアー。桃色のパーカーと赤いチッェク柄のプリーツスカートの()で立ちで、見たところ中学生ぐらいだろうか。


 そんなことを考えていると、その女の子は椅子に座ったまま男を見上げ、話を続けた。


「それにあなたは、私が使うキャラクターを見た後に、あからさまにキャラを被せて来ましたよね? という事はこちらの行動を予想して、対応できるキャラを選択したのではないのですか?」


「――ぐッ!」


 男の言葉が詰まるも女の子は言葉を繋げていく。

 

「今の試合で多用した中段技も、比較的遅い技です。外したり、ガードされたら当然硬直差でわたしは不利になり、その(スキ)に確反を入れる事も可能なはずです。なのにあなたは距離を空けるばかりでろくに攻めても来ない。相手に対して何も考えずに有利キャラを使うだけで勝てるほど格闘ゲームは甘くはないですよ」

 

 正直俺には理解できない単語ばかり並んでいるがどうやら少女が優勢に立っているのはわかる。

 男が何も言い返せないところをみればすべて図星なんだろう。


 ――だがこの女の子も肝が座ってるっつーか。

 普通の女子だったらこんな場所で絡まれた男を相手にここまで反論できないだろうよ。


 少女の怒涛(どとう)の言葉攻めに男が沈黙したまま、この騒ぎも終わりかと思われた。――が。



「……ごちゃごちゃとウルせーんだよ」


 今まで黙って話を聞いていた男が低い声でそう言うと、少女の胸ぐらを掴みそのまま持ち上げた。

 

「――まじかよ!」

 

 軽々と持ち上げられた少女の姿を見て驚いたが、その状況で俺は何か引っかかるものを感じていた。

 何だろう。何かを思い出しそうな予感がする。

 とても大事なようで……そうでもないような?



 あ! そうだ、クレーンゲームの人形だ。男の腕がアームで女の子が人形だ。

 少女の軽そうな胴体ごと釣り上げられて足が地面に付いてないからよけいに連想させられるんだよ。


 あー胸につかえてたモヤモヤが取れた気分だ。そもそもこの部屋には両替するために来てただけで、長居するつもりもなかったし、さっさと戻ってゲーム再開だー。



 ――ってオイッ、なに現実逃避みたいなことしてんだよ俺! 目の前で今にも男が女の子に暴力を振るうかもしれないって場面で! 止めなきゃまずいだろ! 


 チラッと目線で周囲を見渡したが誰も動く気配はない。


「事実をつかれ、気に入らないことが起これば自分に有利な暴力に頼るとは(あわ)れな人ですね」


 男の放つプレッシャーをものともせず、真っすぐに相手の目を見ながらそう口にする。

 少女の言葉に反応し、男の顔には遠目で見てもわかる程の青筋が立っていた。いつ爆発してもおかしくはない。

 

「あと、先ほどの試合内容の件ですが、まだ他にも、あなた動きにはの色々無駄があります。例えば……――」


 えええ!? この緊迫した状況になってもまだ何か言うの!? しかもゲームの方かよ!?


 2話 END


 3話  『RPGなら今はこの選択肢しか選ばないよね?』へ続く

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