「百万回やられても、負けない…!」なんて事を思ってみたい
「…………」
宮古先生の有りがたい演説が始まってからどれぐらい経つだろうか。気が付けば時計の長い針が180度近く傾くほどの時間、まだまだ止まる気配のない言葉の激流を身で感じながらも俺は思った事がある。
――それは、とても楽しそうにゲームについて解説をする宮古を見ていると、なんだか自分もつられて楽しくなってきてるって事だ。
基本的に俺は興味の無い話は聞いても右から左へ抜けるタイプの人間だか、今の楽しそうな宮古を見ていると、ちゃんと向かい合ってその話を聞いてみたいと思う自分が居る。
その理由は多分、言葉の一つ一つに僅わずかながら宮古の本気の「熱」が込められているのが感じられるからだろう。
「本当に格闘ゲームが好きなんだな……」
「――!?」
ポツリと呟つぶやいた小さい声に意外にもちゃんと反応を示すと、宮古先生の怒涛の解説の嵐が急にピタリと止まる。
「――そんな事は無いです。……別に普通です」
そう言って、プイっとそっぽを向く宮古の耳が赤くなっているのが見える。
夢中になって格闘ゲームについて熱弁していたことに今更ながらに気がついたのか、先ほどとうってかわってその可愛らしい小さい口を閉ざしている。
まるで借りてきた猫状態。しかしその慌てて目を離す姿が可愛らしく、イタズラ心が沸いてくる。
「いやー宮古先生、それは普通じゃないと思うけどなぁ。普通の女子中学生はここまで格闘ゲームに詳しくはないでしょ? 否定してるけど本当は大好きなんでしょ?」
散々ゲームで叩きのめされたんだ、ちょっとぐらいからかっても罰は当たらないだろ?
うん。我ながら小者臭いが気にしない!
「――違います。普通です」
「本当かなぁ~」
「普通って言ったら普通なんですッ!」
少々ムキになって反論してくる宮古が可愛らしくもあったが、俺はじっと宮古を怪しむような視線でしばらく見つめていた。すると――。
「……むむぅ~! だから普通だっって言ってるじゃないですか。 違うって言ってる女の子ここまで執拗に迫ってくるなんて変態ですッ! 兎神さんは変態さんですッ!」
「へ、変態ッ!?」
「そうです!変態さんですッ」
「いや、ちょっと待って俺は変態じゃ――っつあッ! いてッ! 本を投げるんじゃない、待て待て、ごめんごめん冗談だって」
宮古が休憩室のテーブルに置いてあったゲーム雑誌を数冊投げくる。
少し悪ノリが過ぎたか? 思わぬ反撃を受け、慌てて俺が席から立とうとすると――。
「――ほほう、女子中学生に変態呼ばわりされてるのか君は、実に興味深いねぇ。どの辺りが変態さんなのかなぁ?」
「うわっ!?」
いつの間にか俺のすぐ後ろに立っていた秋奈さんが俺の事をニヤニヤしながら見つめている。その目に映る自分の顔が引きつっていた。――マジか、こんなに近くに来るまで全く気が付かなかったぞ……。
「――あ、秋奈」
「んー地下の部屋に若い男女が二人きりでお楽しみ中だったかな?」
「ちょッ! 俺たちはゲームしてただけであって」
――いや、まぁ言ってる事自体は間違ってないがもう少し言い方ってものがあるでよしょうに。
「ははは」と爽快に笑う秋奈さんに俺の思いが伝わっているかいないかは分からないが、その思わぬ乱入者の登場で一先ず宮古の本を投げる攻撃が止む。
「――と、まぁ私の方も冗談はさて置き……だ」
ウインクをした秋奈さんのその目線は俺を見ている
「ぐぐっ……」
俺が宮古にやった事を同じように完璧に返された。その無言の視線は「あまり女の子をからかうもんじゃないよ」と優しく注意されているかのようだった。
――はい、もう小物臭い事はやめます。
反省をする俺を横に秋奈さんは話を続ける。
「お二人さん今日はもうこれで店じまいするからお帰りの時間だよ」
秋奈さんはタバコをふかしながら壁にかけられた時計を指さす。
「なんと……もうそんな時間でしたか」
宮古は時計をに視線を移すと意外だとでも言うような顔だった。まぁ途中で解説に夢中になってれば時間にも気が付かないよな……。ずっと聞き入ってた俺も大概なんだろうけどな。
本当であればとんぼ返りの所、特別にしかもタダでゲームができただけまぁ得だったか。
……本音を言えば限定グレイ君人形もGETしておきたかったが勝負に負けたのだからしかたない。
――勝てる気が微塵もしないのが悔しい所ではあるがな。また挑戦するか……。
「まぁ兎神くん、今日は残念な結果だったけどめげずにまた宮古に挑戦しに来ておくれよ」
――!?
「何でそんな事を知って……まさか最初っからッ!?」
「ふふ~ん♪」
ワザとらしい鼻歌交じりの返事を聞いて確信した。――俺がこの部屋に下りてから宮古とのやり取りをずっと聞いてたな……。まったく食えない人だ
「……それじゃ俺は帰りますね。じゃあな宮古、あとその人形の件は忘れるなよ! 絶対他の人に譲るんじゃないぞ! 俺が勝つまで預けておくだけだからなッ」
今さっき勝てる気は微塵もしないと思ったばかりだが、強がりまがりの念を一応推しておく。……相変わらず自分の小物臭さが身に染みててツライ。
「そこは安心してください、私は記憶力は良い方ですよ。しかしこの人形の心配は無用かと思います。多分コレを欲しがるのはどこかの変態さんだけだと思いますから」
ストラップにブサらがってるグレイ君のほっぺをつまんで引っ張りながら少し意地悪な笑みをしながらそう宮古は話す。
このJCは今、全国数百万人(思い込み)のグレイ君ファンを敵に回したな。ぐぬぬ、今のままじゃ一生勝ち目は無いからゲームの練習しなきゃダメだなぁ。そんなことを考えつつ一階へと続く階段へ向かう。
「あ、ちょっと待って下さい」
ふいに呼び止められ、後ろを振り向くと何かがゆっくりと飛んできたのが視界に入り、反射的にキャッチする。
「――おおっと! なんだ?」
「それ差し上げます。結構おいしいんですよ」
キャッチしたモノ、それは宮子が購入したジュースの当たりを出したもう一本の飲み物だった。
――しかしそのラベルには「緑茶コーラ」と記載された味の想像もつかない謎の物体だった。
困惑顔の俺とは反対に宮子は満足顔。美味しいってマジかよ。思えば宮古も似たようなモノを飲んでた気がする……
はは……やっぱ普通の娘じゃないな。
――余談ではあるがこの緑茶コーラなるジュース……意外にも美味しかった。
11話 END
12話 「光属性と闇属性はお互い弱点同士なのは納得いかない」へ続く