どんなゲームもまずコインを入れてスタートボタンを押す所から始まる
「あ、くっそ、また落ちた……」
5月上旬、冬の寒さが過ぎてしばらく経ち、春の陽気が体に慣れ始めたそんな時期。
この俺、兎神京太郎は訳あって最近は学校帰りに、毎日のようにゲームセンターに通っている。
「全然とれないじゃないか、ちょっとアーム弱く設定しすぎだろこれ」
ポケットに入っている財布をとり出しながら忌々しくそうつぶやく。
文句を言いがらも、俺が再三チャレンジを続けているのはクレーンゲームだ。
透明のガラスやプラスチックの箱で出来た四角い筐体で、天井にアームが取り付けられている特に変わった所の無い実にシンプル、まさに昔ながらのクレーンゲームだ。
最近では様々なタイプのクレーンゲームも出てきているが、このタイプの筐体が無くならない所をみると、やはりというか根強い人気が伺える。
「うーん、もうちょっと右側を狙って、人形の重心を真ん中にして持ち上げないと無理か」
クレーンゲームのガラスに張り付くように、もう一度そのケース内を凝視する。
視線の先にある人形には「処分品」と書かれた値札が付いている。
その容姿はきついショッキングピンク色をした宇宙人型の人形で、出っ歯のタラコ唇、更には牛乳瓶の底のようなグルグル眼鏡を掛けてニヤリと不敵に微笑んでいる人形だ。
…………そうだよ! 変だよ! 気持ち悪いよ! こんな人形だれも欲しがらないよ。だから処分品なんて値が張られてるんだよ。でも俺が昔から集めてる「グレイ君シリーズ」の一種類のうちなんだ!。
シリーズ自体は人気があっても、中にはこんな風に人気が出なかったキャラはすぐに処分される。
そうなると人気のある人形だけが市場にが残り、俺みたいに全種コンプリートしたいと思う消費者は、人気の無いレアキャラを街中探し回ることになるんだ。
実際、今居るこのゲームセンターも学校の帰りに立ち寄ってはいるが、帰り道の途中にある訳じゃない。
むしろ真逆の位置にある。しかしまだ自分の行動範囲内にグレイ君が残ってた事は幸いなのかも知れないな。
だからこそ、このチャンスをものにすべく連日遠いゲームセンターに通っているんだ。
「……欲しい漫画やゲームを買うのを我慢してでも、こっちの軍資金に回してるんだ。絶対に捕ってやる」
多分ほかの客から見れば、不細工な人形を獲ろうと必死になってる俺の姿はさぞ不気味にみえているだろうが、そんな事は今の俺には関係ない。
なぜならこのグレイ君の入ってる筐体の中身は大抵、二~三週間のサイクルで入れ替わってしまうのだ。
こうして通うこと一週間。おおよそのタイムリミットの半分近くが過ぎてしまっている。
そんな事を思いながらも、一回一回、クレーンゲームのレバーをまるでガラス細工の工芸品でも触るように、慎重に操作する。
「よーし、よしよし。この位置は完璧だ。これなら行けるだろ」
アームの位置と、下にある人形の位置を注意深く何度も見返し、タンッ! っとパソコンのキーボードでも叩くかのように、アームの下降ボタンを押す。
そしてアームは真っすぐに下がり、ピンク色の人形の頭と胴体の間、つまり首元をしっかりと掴み持ち上げた。
「おお、コレは今までにない安定感!」
『獲れた!』そう確信し、思わず両手でガッツポーズを決める。すると不意に俺の背中に衝撃が走る。
思わぬ事態にとっさにバランスをとり、後ろを確認すると小学生の低学年ぐらいの男子だちが駆け回りながら遊んでいた。
「お兄さんごめんなさい」
「ごめんなさーい」
そう謝ると子供たちはまた走り去っていった。
まったく危ないな、ここは学校のグラウンドや公園じゃないんだぞ。
普段なら軽い説教の一つでもしてやるところだが、ふふふっ、今は気分が良いから見逃してやろうじゃないか。念願のグレイ君がようやく手に入ったんだからな。
「……あれ?」
走り去って行く少年たちの背中を見送り、再びゲーム筐体の方へ振り返るが先ほど完璧なポジショニングで釣り上げていた人形が無い。
俺の目の前に映っているのは、ガラス一枚挟んだ先にあるクレーンのアームが不自然に激しく揺れているさまだった。
一瞬時が止まったような感覚に襲われ、しばらくして今の自分の体制に気付き、瞬時に理解した。
「あああああああああっ!」
今し方ぶつかった拍子に、思いっきり手でゲーム筐体を押してしまったのだ。
再び人形の山に落ちたグレイ君がまるで俺をあざ笑っているかのように見える。
「う…嘘だろぉ……」
涙目になりながらも財布を開き、百円玉を取り出そうとしたが小銭が無い……。
今の死闘で弾丸が尽きた。ち、ちくしょー! また千円札を崩すしかないのか……。
がくりと肩を落とし、重い足取りで両替機の前にやってきたが『ただ今故障中。ご利用の方はB1フロアの両替機までお願いいたします。』との張り紙が張ってある。
「そういえば、地下フロアって行ったことないな。しかたない、行くか……」
ここのゲームセンターは家から遠いこともあり、今回みたいな特別な事情でも無ければ寄る事はない。たまに来る事があってもわざわざ地下には行かなかった。
そしてそのまま俺は天井にぶら下がっている案内板を頼りに地下へ降りる階段を探した。
階段を探しつつ店内を見て回ると、この店の配置構成や集客方針が見て取れる。
入り口付近の一番客が多く集まる場所には、広々としたスペースと流行のゲーム台や景品を置き、奥に進むと楽曲ゲームのような体感型ゲームなどがある。
更に奥に行くと、一般にレトロゲームと呼ばれる古いゲーム筐体が身を寄せ合うように狭いスペース内に置かれている。ちなみに二階は主にメダルゲームや麻雀、競馬などのギャンブル系ゲームが多いようだ。
そして地下に続く階段は、一階の奥、レトロコーナーの狭いスペースを通り過ぎた先にあった。
階段に照明はついているものの、部屋の最深部で外からの光も入らないため足元が薄暗い。
おいおい、ほんとにこっちでいいのか? これ倉庫とかにつながってるんじゃないだろうな……。
そう考えながらも一歩一歩、階段を下がっていく、すると古びた木製のドアが見えた。
≪FIGHTING GAME ROOM≫
そう書かれたプレートがドアに取り付けられている。
しかしそのプレートを得に気にする事もなく俺はドアを開けて中へ入っていった。
――その戦場の中へ……
1話 END
2話 『灰皿ソニックは都市伝説じゃない』 へ続く