ローズ王国物語
「ローラ、十歳のお誕生日、おめでとう!」
「パパ、シルビア、ありがとうー」
今日は私の十歳の誕生日。ずっとこの日を心待ちにしていたの。何故なら、ママが書いた本をプレゼントしてもらえるから!
ママは小さい頃に病気で死んじゃったんだけど、私の為に本を書いてくれたんだって!
本を読む為に一生懸命、勉強もしたわ。
ケーキのローソクの火を吹き消して、ケーキを完食すると、二人からプレゼントを受け取った。パパからは、ママの本と腕時計。シルビアからは、日記帳とインクと羽根ペンを。紙やインクは高級でなかなか手に入らないから、本当に嬉しい!
「ありがとう!シルビア」
そう言ってシルビアに抱きつく。シルビアは笑顔で頭を撫でてくれた。
「ママの本!やっと読める!」
プレゼントの袋を掴むと、階段を急いで登り部屋に飛び込んだ。机にもらった日記帳とインクと羽根ペンを置くと、ベッドに寝転ぶ。
『ローズ王国物語』
スカーレット・キーフブルク
分厚く箱のような本の赤い表紙は手書きで描かれている。
ページを捲ると『愛娘にこの物語を捧ぐ』と言う文が目に入り、思わず笑みが溢れた。ママが私の為に書いてくれた物語!
『全ての始まりは空から降ってきた薔薇のような形のお城だった。あの城が私たち四人の運命を狂わせたのだ。
私は早くに両親を亡くし、ローズ教会の孤児院で育てられた。私が一番年上の一四歳で、同じ時期に預けられた弟や妹たちの面倒をよく見ていた。
一つ下のアランは、やんちゃ坊主でいつもシスターを困らせてばかり。貧しいサリオット村を出て、いつか帝国バルバトスの剣士になりたいと、木刀を持って森を駆け回ってる。
二つ下のガーネットは、本当の妹みたい。私の手伝いもよくしてくれるし、笑顔がとっても可愛いの。
三つ下のブライドはアランとは対照的でクールな男の子。本ばかり読んでいて物知りで大人びている。
あの頃の私はアランと同じく、こんな田舎から抜け出し、いつか王都へ行くんだと夢見る少女だった。
あの日もいつもと変わらない日だった。
そんな変わらない日常が本当は何より幸せだったと知らない私は、変わらない日々に飽き飽きしていた。
だから、流れ星が落ちたのを見た私は孤児院を抜け出した。
「お姉ちゃん、どこへ行くの?」
「ガーネット、まだ起きてたの?」
「ちょっと揺れたよね?それで目が覚めちゃって」
「薔薇園を見てくるだけだよ。すぐ戻るから」
「お姉ちゃんと一緒に行く」
パジャマの裾を掴んで離さない妹に降参した私は、ベッドに枕と洋服を詰めあたかも寝ているように工作し部屋を出る。。
ガーネットと手を繋ぎ、ランタンを持って裏口から外へ出ると、表ではシスターたちが状況を確認したり、目が覚めて泣いている子どもたちをベッドへ連れて行ったりしている声がした。
足早に薔薇園へ向かう私達の背後から声がする。
「お前たちも見たのか?」
振り向くと木刀を持ったアランと、本を手にしたブレイドがいる。
「アランも見たの?」
「腕立て伏せしてたら窓から流れ星が見えた。珍しくブライドが行ってみたいっていうからさ」
本を持ったままのブライドが頷く。
「ちょうど宇宙の本を読んでいたんだ。もしかして隕石が手に入るかもしれないし」
普段あまり感情を表に出さないブライドが興奮している。
「バラ園の先にある天使の噴水の辺りに落ちたように思うんだけど」
「よし、行くぞ」
アランは持ってきたランタンを手にずんずん進んでいき、私達もその後を追う。
薔薇園を通り過ぎると、水の滴り落ちる音がしてきた。天使の噴水まで来たのだろう。そろそろ森の入り口に差し掛かる頃だけど。
「痛え!」
前を歩いているアランが鼻の頭を押さえしゃがみこんでいる。ランタンで照らすと何か巨大な壁が出来ていた。
「こんなのここになかったよね?」
恐る恐る壁に触れてみるとツルツルとしている。
「お姉ちゃん、なんか怖いよ。帰ろう」
ガーネットがパジャマを引っ張ったけど好奇心が勝った私は壁に沿ってどんどん歩く。
「これ、宇宙船じゃないかな?この本にも宇宙人は存在するって書いてあるし!」
「宇宙人だったら私達、食べられちゃうんじゃないの?」
泣きそうな声でガーネットが言う。
「宇宙人なんか俺がぶっ倒してやる!」
アランが木刀を構えながらついて来る。平凡な日常が一転し私は高揚感に浸っていた。
何かが起こるんじゃないか。
そんな期待感を胸に、その先にある長い不幸の歴史を知らずに、暗い道を進んだ。
怖がるガーネットの手を繋ぎどれだけ歩いただろう。眩い光が見えてきた。
「何だ?」
アランが真っ先に走り出す。
「アラン、待って!」
頭より体が先に動いてしまうアランを止めることが出来ず、アランは光の中へ入ってしまった。
どうしよう。光は何かの入り口から漏れているようだ。
「早く来いよ!」
中から顔を出したアランに呼ばれブライドが入っていく。
「ちょっと!大丈夫なの?」
そう言いつつ、中に入った。
「帰ろうよ。宇宙人が出てきたらどうするの?」
急に不安になってきた。
「そうだね。また明日来ようか。アラン、ブライド!帰るよ」
二人ともあからさまに嫌な顔をした。
「宇宙人に会わないの?」
ブライドがそう言ったとき、入ってきた入り口が音もなく閉まる。
「え?」
閉じ込められた?
「嫌!」
半泣きのガーネットがしがみついてくる。
「仕方ない。進むぞ。ランタンはここに置いて入口が分かるようにしておこう」
アランの一言にガーネットがうわーんと泣いた。
「怖いならここにいな。俺が見てくる」
置いていかれると思ったガーネットは泣くのを止め、私の手を強く握る。
「行く……」
「よし。じゃあ奥へ進むぞ」
明るい通路のような場所を進む。
「ここの照明って発光石じゃないよな。すごく明るいけどなんだろう」
「宇宙人に聞いてみましょう」
ブライドの宇宙人に会う前提の発言には困ってしまう。
「もし、悪い宇宙人だったら?私達、全員殺されちゃったらどうするの?」
ガーネットにブライドが言う。
「実験体にされちゃうかもね」
「ブライド!」
と怒鳴ったと同時、アランが走り出す。
「とりあえず、奥へ行ってみようぜ!」
ワンテンポ遅れて待ってよ!とブライドがアランを追う。
「ちょっと!待ちなさいよ!」
私もガーネットも走った。目の前にある壁は近づくと、自動で開いた。いくつかのドアを通り抜け、急に開けた場所へ出る。
「真ん中に何かあるよ」
ガーネットが指差す方向に、透明の四角いケースがあり、その前に立つ二人の後ろ姿が見えた。
「人魚だ!」
ブライドが興奮して大きな声を出した。
ようやく追いついた私は、水槽の中で死んだように動かない人魚に目を奪われた。赤く長い髪は美しく揺めき、水中に差し込む光のようにキラキラと輝く鱗に包まれた下半身。美し過ぎる人魚を見て、これは夢なんじゃないかと思えてきた。
「この水槽、ヒビ入ってない?このボタンなんだろう?」
とブライド。
「ちょっと、触らないで」
そう言い終わるより早く、アランがボタンを押していた。特に何も起こらない。
「なーんだ。つまらないの」
アランが水槽に手をついたその瞬間。
中の水が人魚と共に一気に水槽から流れ出た。私達は水浸しになり床へ転がる。
みんなの咳き込む声が聞こえ、水を大量に飲んでしまった私も咽る。
「人魚が泡になってく!」
水槽から転がり出た人魚はその美しい瞳を開けることなく、ガーネットの言うように泡となって消えてしまった。
「なんか、苦しい」
ガーネットがそう言うと、アランが静かに言う。
「ここを出よう」
私達は肩を落とし来た道を引き返した。
なんだか頭が痛い。夜中に出歩いたのがよくなかったのかもしれない。濡れた服が気持ち悪いし、夏なのに寒気を感じる。
「ランタンがあるからこの辺りだね」
「ここに何かスイッチみたいなものがあるよ」
ブライドは薔薇を象ったボタンを見つけて言う。アランは無言でそのボタンを押した。
音も無く扉が開き、漏れた明かりが暗い森を照らす。
「早く帰ろう」
私の言葉にみんな頷いた。ランタンを手に、森を出て教会へ向かう。
どんどん頭痛が酷くなってくる。いつも元気なアランまでしゃべらない事が余計に不安だ。
教会では私達がいなくなったことに気づき大騒ぎになってた。ただ、とんでもない高熱を出してびしょ濡れの状態で戻った私達は、何も聞かれず着替えてベッドに寝かされた。
頭が割れそうに痛い。意識も朦朧としてきた。
このまま死ぬのかな。
白馬の王子様も、恋も知らずに?
そんなの嫌!
身体中の骨を金槌で叩かれ、粉々にされるような激痛。
頬が涙で濡れ、痛みに身をよじる。
夜中にあんなとこに出かけて、人魚を殺した罰が当たったんだ。
「スカーレット、頑張るのよ!すぐにお医者様が来てくださるわ!」
シスターが手を握ってくれたけど、あまりの痛みに気を失った。
次に目を開けた時は、嘘のように痛みは消えていて、それだけでとても幸せだった。
どこからか甘い香りが漂ってくる。体が思うように動かず、耐え難い空腹……喉の乾きに襲われた。
「良かった!スカーレットが目覚めたわ!」
涙ぐむシスターから甘い香りがした。とても美味しそうな香り。
「まぁスカーレット、瞳が赤いけれどこれも病気のせいかしら」
赤い?
「あれから一週間も眠り続けていたのよ」
あぁ、もうこの乾きに抗えない!
私はシスターの喉元めがけて噛みつこうとしたけど、誰かに押し戻される。
「シスター、ここは任せて。飲み物をお願いできる?」
「そうね。アラン、よろしくね」
もう喉が乾き過ぎて理性が飛びそうだった。自分でも信じられない力でアランをベッドへ押し倒すと喉元へかぶりつく。夢中で血を飲んでいる私の腕をアランに掴まれ、今度はアランが私の上にいた。
「もう十分飲んだろ」
「え?アラン?」
目の前にいたのは確かにアランだと理解はできたが、見た目が激変している。
黒髪が茶色がかったオレンジに、茶色の瞳は金色に。体つきもより筋肉質になり背も伸びて大人びた気がした。
「王子様?」
「はぁ?」
片眉を釣り上げたアランは急にベッドから降りた。
「お水とお薬を持ってきたわ。パンは食べられる?」
シスターがはっと息を飲む。
「急に大人びて綺麗になって。なんだかみんな別人みたいね」
そう言えばガーネットとブライドは?私の気持ちを汲み取りアランが答えてくれた。
「二人は無事だよ。俺らはみんな生死を彷徨ったけど生きてる」
誰一人、死ななかったんだ!
「良かった……本当に……」
シスターが頭を撫でてくれる。
「お姉ちゃん」
そう言って部屋に入ってきたガーネットは、見た目が一、二年、成長したようだった。もともと可愛い子だったけど、幼さが消え、かなりの美人になっていた。シスターも見とれている。
「ガーネットだよね?」
「そういうお姉ちゃんも、別人みたいだよ。すぐ分かったけどね」
「その髪……」
ガーネットは美しく目の覚めるような赤毛をいじりながら言う。
「起きたらこんな色に。お揃いだね」
「え?」
「お姉ちゃんの髪の色も変わってるよ」
手鏡を渡され覗き込むと、鏡の中の美女が驚いてこちらを見ていた。
あの夜抜け出した裏口から外へ出て、左側へ向かうと木々に囲まれた湖があり、温泉が湧き出ている。着替えを岩の上に置くとガーネットが服を脱ぎ、湖へ入っていく。
ガーネットってこんなスタイル良かったっけ?
服を脱ぎ、湖に入ると温泉の温かさが心にも染みた。
「お姉ちゃんってそんなに肌は白かったっけ?髪の色も変わって本当に別人みたい」
「外見もそうだけど……ガーネットは喉がひどく乾かなかった?」
「狂おしいまでの衝動を抑えることができなかったよ。ブライドがいなかったらシスターを襲ってたと思う」
淡々と語る大人びたガーネットの横顔を見て、あの日の私達はもうどこにもいないのだと感じた。
「人魚の肉を食べると不老不死になるんだってブライドが言ってた。泡になった人魚を体内に取り込んでしまった私達はもしかしたらもう、人間じゃないかもしれないって。
確かに、化け物だよね。人の血を啜るなんて」
ガーネットが困ったように、でも淡々と言う。
ショックな内容なのに、同じようにあまり心が動かない。それが人間ではなくなった確かな証拠のようで、そっちの方がショックだった。
「これからどうしようか」
「ブレイドは村を出たほうがいいって言ってる」
「その前に、宇宙船にもう一度、行ってみない?」
「お姉ちゃんが目覚めたら、みんなで行こうって話をしてたんだけど……」
ガーネットが表情を曇らせた。
「宇宙船が見当たらなくて」
「え!」
「でも宇宙船はかなり損傷してたでしょう?まだあの場所にいる可能性が高いってブライドが」
「とにかく今夜、行ってみないとね」』




