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ブラッディローズ

 大聖堂は見るも無残な姿で、瓦礫と化していた。庭園のフェンスも倒れ、庭園もめちゃくちゃだったが、深紅の薔薇が咲いているのが遠目に見える。

「危ないから迂回して進もう」

 先頭を歩くニールが二人に振り返って言う。ローラはピタッとしたズボンを履いた身軽そうなシルビアの後ろからスカートの裾を持ち上げついて行く。

 あんなズボンどこで買えるの?私も欲しい!

 ニールは倒れたフェンスの上を歩く。

「大聖堂は地下施設があったせいで崩落したが、庭園はフェンスが倒れて、地面に亀裂が入った程度かも。

ちょっと待ってて。僕が先に見て来るから」

 ニールは深紅の薔薇が咲き誇る庭園へと入っていく。

「私も見てくるから、ここで待っていてね」

 シルビアも行ってしまった。

「この服、動きにくいわね」

 一人でブツブツ言いながら、ローラは背伸びして庭園の中を伺う。

 真ん中に入った亀裂のせいで倒れている薔薇も数多くあるが、半数以上は普通に咲いているようだ。庭園から出てきたニールがローラに手を差し出した。

「なんとか通れそうだが、来るかい?」

 ローラは迷わず手を取るが、ニールの本当は来てほしくないという素振りが伝わってくる。

「気を付けて」

 ローラは歩けそうなところを探し慎重に進んだ。庭園の中は思ったより歩きやすい。ニールに手を引かれ、亀裂が入った断面を見たローラは思わず叫ぶ。

「ひっ人が……」

 初めは人が亀裂に倒れているのかとも思ったが、明らかに違う。無造作に積み重なる人々の下に、おびただしい数の人骨が見え隠れしている。

(ブラッディローズの庭園に肥料として埋めますか)

 ローラの頭にヨハネとテレサの会話が浮かんでくる。

 遺体に巻きつくように絡みついている茨のような薔薇の白い根が土に埋まっている人々をさらに異様なものとしていた。死体が腐敗していないのもおかしい。

 ローラは思わず口元を押さえしゃがみ込んだ。

 真っ青になっているローラの背をニールはさする。

「ブラッディローズはその名の通り、血だらけの薔薇、つまり血液を養分に成長する薔薇なんだ」

 ローラはこらえきれず、吐いてしまう。シルビアから渡されたハンカチで口を押さえなんとかローラは落ち着いた。

「この薔薇はいわば麻薬。貴族や監査局の人間どもを支配するために栽培されていたんだ。

 でも、本来の目的は違う。そんな理由で作られたわけじゃない」

 ローラは青ざめながらも立ち上がる。

「この薔薇は人工的に作られたものなのでしょう?」

 ニールは息を飲んだが、切なそうに頷く。

「この薔薇を作ったのはこの国がローズ王国と呼ばれていた頃の研究者達だ。吸血行為をしたくないという民の願いから生まれた薔薇だった」

「吸血行為……」

 ローラは力なく呟く。やっぱり本当だったんだ。

「ローズ王国の民は個人差はあるけど、ある一定の年齢で老化が止まり、永遠に近い時間を生きるヴァンパイアと呼ばれる種族なんだ。

 永く生きるための代償として血を飲む必要がある。

 そんな蛮行をしたくないという国民の願いが、血を吸い上げるための薔薇を作る研究をスタートさせた。

 生きている人間ではなく、死んだ人間を利用することが条件だったそうだ。 

 最終的に実験は成功。薔薇の根から死体を新鮮に保つ成分が注入され、新鮮な血を吸い上げ、血で作られた花を咲かせた。ブラッディローズは加工しやすく様々な食品が生み出され、安定した生活を送ることができるようになった」

 ローラは哀しげに目を細めた。

「そうやって作られた薔薇が、支配する道具として帝国に使われるなんて、皮肉ね。ブラッディローズに関しては反対意見も少数派だけどあったようだし、倫理的な論争もあった。ブラッディローズを作った理由も含めて、人でなくなった筈の彼らは、より人間らしさを求めるようになった気がする。

 まるで、本当の怪物になるのを恐れるように」

「怪物が人間らしさを求めるなんて、それこそ皮肉だな」

「アランはそう……思っていたんだね。だから、怪物として生きようとして、ママの理解を得られなかった」 

 ニールは目を見張る。

「そうだね。ブラッディローズではなく、生身の人間の血を啜る事こそがヴァンパイアとしての自然な生き方だと主張した。 

 カリスマ性のあるアランを崇拝し、一部の過激派と呼ばれるヴァンパイアも現れた。元々、アランから血を与えられた人達だった」

「生き血の方が美味しいし、ヴァンパイアとしての力も強まるものね。それは生物的な本能なのかも」

 ニールは溜息を吐く。

「アランはスカーレットを求めたが、スカーレットは応じなかった。スカーレットもアランに惹かれてはいたが、血を求めて女の元に出入りするアランを到底、理解する事は出来なかったんだ」

「悲劇だね。人間だった頃から惹かれ合っていたのに、ヴァンパイアになった事で引き裂かれるなんて」

「そうだね。それに、その事がローズ王国に小さな亀裂を入れ、ある事件によって、修復出来ない状態にしてしまう。

 バルバトス帝国が正当な理由を持って、ローズ王国に戦争を仕掛ける為の罠を仕掛けたんだ。アランに帝国民を襲わせたんだ」

「帝国のやりそうな事よね」

 冷めた口調でローラは呟く。

「一つ聞いてもいいかな。正直、こんな話を冷静にローラと出来るとは考えてもいなかったんだ。本の内容にない事も知っているよね」

ローラは肩を竦める。

「その前に一つ聞かせて。パパはヴァンパイアとして生きる事に躊躇いはなかったの?」

 ニールは虚をつかれた。

「知っていたのかい?僕がヴァンパイアだと?」

「パパは百年経っても若いままだし」

戸惑いを隠せなかったが、真っ直ぐにローラを見つめたニールは答える。

「ローラを守る為だ。何の躊躇いもないよ」

「パパ……」

ローラは少し涙目になった。

「私を守るためにヴァンパイアになったとしたら、私が生まれた時?」

「そうだね。ローラの言う通り百年くらいしか生きていないけれど。

 ただ、バルバトス帝国によって記憶を改竄されているから、ローラは歳を取ったように感じてないはずだよね?なぜ百年経ったと分かったんだ?

 五年に一度、収花祭を祝う本当の理由は年を取るのが遅く、途中で成長が止まるローズ王国民の記憶を操作する為だと知っていた?それが帝国の犬、旅団の仕事だと言う事も?」

「パパの言う通りよ。

 収花祭は五年に一度、その時に四年分の記憶を消し、一年だけ年をとる事も知っていたわ。収花祭で使われる国旗はバルバトス帝国のものなんでしょう?この国を支配しているのは帝国だと暗に示していた」

  ニールは目を白黒させ、叫びたくなるのを我慢した。

「その洗脳を十歳の時から受けていないと言ったら、私の落ち着き様も理解してもらえると思う。消えた記憶も取り戻して、25年分は普通に歳を重ねたし。本来なら75歳でしょ?」

 ニールとシルビアは後頭部を思いっきり殴られたような衝撃を受け、同時に「は?」と叫ぶ。

「脳内のチップはどうしたんだ?サーカスを見なくても一斉にチップを通じて洗脳される筈だよ?」

「私もパパと同じ。

 家族や、この国を救いたかった」

 ニールは青ざめて震えた。


「まさか……、ローラ!!」


「そう。ローランは一度、死んだ。そして、怪物になったのよ」


ニールは愕然とし頭を抱え、シルビアは息を飲み凍りつく。

 どうしてそんな事!どうして大事な事を勝手に!と喉まででかかったニールは、深呼吸する。「パパと同じ」と先に釘を刺された以上、責めるに責められない。

「じゃあ、ローラは産まれた時は人間だったのか……?でも、年を取るのも遅かったし、傷の治りも早かったはずだが……」

「ママの母乳を飲んでいたからね。でも、完全なヴァンパイアじゃなかったみたい。人間でいる道も選べたの」

「10歳の時に何があった?」

「誕生日の日、ママの遺した小説をプレゼントしてもらったでしょ?全てはその日から始まったの」


  ローラは青空を見上げ、あの日もこんな晴天だったと記憶を呼び起こした。

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