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覚醒

 収花祭は当然中止となり、葬儀の準備に王宮は追われた。


 ゲッカ男爵は台に横たわるアラン王子の遺体の処理を進めていた。

「ちょっといいかな」

 ドアをノックしたヨハネ法王が声をかける。

「もちろんです」

 ゲッカは頭を垂れる。

「遺体は教会が引き取らせてもらう」

「畏まりました。葬儀が終わりましたら、引き渡させていただきます」

 頷いた法王は眠っているようなアラン王子の顔を覗き込む。

「男爵の薬で蘇生はできなかったのか?」

「心肺停止状態ではどうにも。死亡が確認できたので、葬儀の為にもすぐに防腐処理を施さねばと引き取らせていただきました」

 法王はふんと頷く。

「あっけないものだ」

「猛毒でしたので。ティースプーン1杯で即死ですね」

「ハチミツに毒が混入されていたのだったのかな」

「いいえ。猛毒を持つ黒薔薇の蜜をミツバチが集めたハチミツでしたので、それ自体が毒ですね。つまり毒薬として人為的に作られたものです」

「考えたものだな」

 法王は冷たく言った。

「法王様は犯人はローランであると断罪されましたが、ただの花嫁候補であるローランがどうやって手に入れたのでしょうね。かなり高額ですし」

「侍女のフィーミアが入手したのだろう。あの女は異端者だし闇ルートで取引でもしたのではないかな」

「ローランはフランシス王子からの頂き物だと言ったようですが?」

「罪から逃れるための戯言だろう」

「そうでしょうか」

「ジュリア様と結婚を決めたアラン王子に腹を立て毒殺したと新聞にも書かれていたじゃないか。それにローランは異端者だ。教会が裁きを下す」

「その通りです。では、葬儀が終わりましたら大聖堂へお運び致します」

 頼んだぞと法王は部屋を出ていく。

ドアを閉め鍵をかけたゲッカが言う。


「ここまでは計画通りだな」


「そうですね」


 棺が置かれたテーブルの下からクロスをめくってフランシスが現れた。

「うまく毒殺できた」

「次はこのブラッディローズを動脈へ注入する」

 ゲッカは真紅の液体が入った注射器を取り出りだし、アランの顔を横に向けると首に注射針を刺し、注入していく。

 アランの青白い顔に赤みが差し、体中に血が巡っていくのが見えるようだった。呼吸音が聞こえ始め、しばらくすると、ゆっくりと両目が開く。

 ゲッカがアランの手を取ると肩に手を回し、アランの上体を起こす。

「大丈夫か?」

 震える手でアランはゲッカの手を取る。

「あ……」

「無理をするな。すぐには動けない」

 アランはゆっくりと頷く。

「これを飲め。体が温まり、じきに良くなる」

 ゲッカはお湯で溶いた薬をフランシスに持ってこさせ、アランの口に運ぶ。少し咳込んだが薬をすべて飲み干した。 

一息吐いたアランはゲッカを見つめた。

「ありが……とう」

 アランは両手でゲッカの手を握ると頭を下げ肩を震わせた。

「ありがとうございます」

「ようやく、再会できたな」

「ゲッカ……いえ月華様。すみませんでした」

「謝らなくていい。君たちに救われた命だ」

「声を上げても誰にも届かない暗い場所に押し込められていたのです。たまに意識が戻っても、何も出来ない。そのもどかしさと言ったら、拷問に近い物がありました」

「百年の間よく耐えた」

「スカーレット、いえローズ女王に比べたら、見世物にされる事など何でもありません」

 月華は頷いた。

「その通りだ。彼女を救わなくては。 

毒を飲ませてしまったので本調子ではないだろう。だが君を取り戻すためには仕方なかった」

「全く問題ありません。力を取り戻すにはまだ時間はかかりそうですが」

「ジュリアを呼んだらどうだ」

「そうします」

 アランは台から降りようとしてフランシスと目が合う。

「この若造がなぜここに?」

「彼も協力者だ。ガーネットが連れてきた」

「ガーネットの協力者か……」

「とりあえず、安全な場所へ移らないと。ローランも法王に捕らえられてるし」

 アランが底冷えするような目で月華を見た。空気が冷やりとする。

「あんな小娘、法王にくれてやればいいですよ。聞けば帝国の血が流れているとか」

 月華は絶句した。

「帝国の血が?それじゃあ、ローランの父親がまさか……。ああ、なんてことだ!フランシス、ローランの父親を知っているか?」

 状況について行けないフランシスは戸惑う。

「言ってませんでしたっけ?『黒騎士』がローラの父親ですよ」

「なに?『黒騎士』だと?」

 アランが呟く。

「聞いてないな。まあそれは重要なことじゃない。

法王によればその男が帝国の血縁者ということになるが……」

「じゃあ、ローラを殺して父親も殺しましょう」

 驚くほど冷酷に言い放つアランに、フランシスの心臓が冷やりとする。

「そうしたい気持ちもわかる。だが、ローラの母親は……」

 月華は言うのを躊躇う。

「どうしたんです?」

 アランは月華を見つめる。

「ローズが母親だ」

 アランは嘲るような笑みを浮かべた。

「冗談はおやめ下さい」

「私だってそう思いたい。ただ城のキーも解除されてるし、法王が確認した」

「何かの間違いですよ。俺達は子供を作ることができないんですよ?」

 月華は頭を振る。

「だから驚いている」

「しかも相手が帝国の男?あなたの話でなかったら決して赦しはしない」

 瞳を真紅に染めたアランが肩で息をする。

「ニール・キーフブルクという男だ。ヨハネを殺した後に確かめに行くといい」

「そうします」

「フランシス、お前はどうする?」

 その場で固まっていたフランシスはなんとか月華に答える。

「僕も行きますよ。法王には恨みがある」

「少し時間をください。必ずヨハネを屠ります」

 アランの鋭い目が獣のようにギラギラと光った。


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