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ピエロ

 収花祭まで一週間を切り、城下町は準備で活気づいていた。町中に色とりどりの薔薇が溢れ、白いライオンの紋章が描かれたグリーンの国旗が至るところで掲げられている。

「収花祭はローズ教会の祭りなのに、真っ赤な教会旗が使われないのはなんでだろう?」

 下町にお忍びでやって来たローラは隣のフィーミアに問いかける。

「ローラ様はいつも鋭いですね。本当にこの国を支配しているのは教会ではないと誇示したいのでしょう」

 ちょっと棘のある言い方だなぁと思ったがすぐに、店先に並べられていた薔薇型のチョコレートに興味が移る。

「美味しそ~」

「可愛いですね。買われますか?」

「う~ん、少しなら太らないよね」

 甘いチョコレートの香りに抗えず、綺麗にラッピングされたピンク色のチョコに手を伸ばす。

「えへへ。ジュリア様の分も買っちゃった」

 ニールと別れてから一度も連絡はなく、ローラは花嫁候補としての生活を平穏に送っていた。花嫁候補としてのカリキュラムを終え、一週間の休みが与えられた候補者たちは、親元に返るのが一般的だったが、帰る家のないローラはフィーミアと休暇を楽しむことにした。

「フランシスとの定例のお茶会ももうすぐだし、何を買って帰ろうかな」

 フィーミアは優しく微笑む。

「フランシス様は甘いものに目がないですからね。ワッフルなんていかがでしょう」

「いいね!前から思ってたんだけど、フィーミアってフランシスのことよく知ってるよね」

 少しの間の後に「そうですか?」とフィーミアが首を傾げた。

「好きなものとか好きなお菓子とかよく知ってるし、フランシスのこと好きなんじゃないかなってくらい」

「ご冗談を。身分が違いすぎますし、私のタイプとは違います」

「そうなの?フィーミアのタイプってどんな人?」

 フィーミアは困ったようにうーんと考えた。

「私にはローラ様が一番ですね」

「え~?ずるい逃げ方~」

 フィーミアは笑って誤魔化す。

「あちらにワッフルのお店がありますよ」

「本当だ!」

 ローラはすたすたとお店の中へ入っていく。フィーミアもその後を追った。


その後をつけるようについてきた黒いフードの男が店の前で立ち止まり、店の中を覗き込もうとした。まさにその時、男の喉元にナイフを突きつけられる。

「どうして私達をつけてきた」

「さすが、フィーミア。俺だよ」

 男を見たフィーミアは後ずさりしようとしたが、腕を捕まれ暗い路地へ押し込まれた。

「収花祭にはまだ少し早いんじゃない?」

 腕を振りほどいたフィーミアは左足を踏み込み、顔面に回し蹴りを入れようとしたが、男に脚をつかまれた。

「ローズの娘が見つかったと聞いてね。早めに入国したのさ」

 フィーミアは脚を押し返されバランスを崩すが素早く体勢を立て直し、男の顎めがけ拳を繰り出す。

「お前ごときが俺に勝てるとでも?」

 ひょいとパンチを避けた男は、フィーミアの鳩尾に蹴りを入れる。フィーミアは勢いよく外壁に背中を打ち付けたが、その場に立ったまま男を睨み付ける。

「簡単に倒れてはくれないか」

 大げさに肩をすくめ、両手のひらを上に向けた。

「そのふざけたお面を取りなさい。ここはテントの中じゃないわよ、ジェスター」

「取ってみろよ」

 フードを取ったジェスターはピエロの仮面をつけている。

「だが、俺とやりあっていていいのかな」

 フィーミアが目を見開く。

「収花祭の前に騒ぎは起こしたくなかったけど、仕方ないわね」

 手のひらをジェスターに向けたフィーミアに慌てた様子で言う。

「お前、俺よりめちゃくちゃだな。まぁ、落ち着け。ここでローラに危害を加えるつもりはない」

 フィーミアは右手を下ろす。

「脅しただけよ。あなた一人ということは分かってる。団長とウォーレンはどこ?」

「法王のところへ挨拶に行ってるよ」


「フィーミア?そこにいるの?」


 買い物を済ませたローラは辺りをきょろきょろと伺っていたが、路地を覗き込んだ。

「フィーミア?そんなところで何をしているの?」

「子犬を見つけてついつい、遊んでしまいました」

「いいな~!子犬は?」

「もう行ってしまいましたね」

「え~、残念。あれ?なんか服が汚れてない?」

「野良犬だったので」

 そう言ったフィーミアはスカートについた汚れを手でパンパンと払う。

「行きたいとおっしゃっていたカフェに向かいますか?」

「さすが、フィーミア。ちょうどお腹が空いてきたところ」

 ローラはニコニコしてフィーミアの手を握る。フィーミアも思わず微笑んだ。


 ふわふわの分厚いパンケーキを幸せそうに頬張るローラをフィーミアは見つめていた。視線に気づいたローラが少し不満げに言う。

「本当に食べなくていいの?フィーミアって小食だよね。ちゃんと食べてる?」

「ダイエット中なんです」

「全然、太ってないじゃん!」

「着痩せするタイプなんですよ」

 疑いの眼差しを向けられたフィーミアは思わず吹き出し、ローラも笑ってしまう。

「ここ素敵なお店だね。こんな天気のいい日はテラス席がぴったり」

「キャッツテールは女性に人気がありますね」

 テラス席から店内を見渡したローラは言う。

「女の子かカップルばっかり。いいな~」

「アラン様と来たいですか?」

 ローラはコクンと頷く。

「あんなことがあったけど、アランと過ごした日々に嘘はないと思うから」

 フィーミアは急に悲しそうな顔をした。

「アランとサリオットの森で遊んだこと、星空を見ながら色々な話をしたあの日々は本当に幸せだった」

 フィーミアは手を握りしめる。

「あれからアランとは一度も会えてないけど、元気にしてるのかな」

 ローラはフォークをお皿に置くともう一度呟く。

「元気に……しているといいな」

 フィーミアはアイロンのかかった白いハンカチをローラに渡す。

「ごめん。せっかく楽しいお休みだったのに」

「私の前では無理なさらなくていいんですよ」

 そう言われたローラは目元をハンカチで隠す。

「ありがとう」

 ようやく落ち着いたローラの目は赤い。

「すみません。なんだか泣かせてしまったようで」

 ローラは思わず笑ってしまう。

「フィーミアってば男前。あ~あ、フィーミアが男の子だったら良かったのに」

「え?」

 珍しく赤面しているフィーミアを見て、ローラは言う。

「話は合うし、優しいし、私のことをいつも守ってくれるし。あ、でも私を守ってくれるのはママに恩があるからだったね」

 真顔になったフィーミアはローラを見た。

「確かに最初はローズ様のためでした。でも今はローラ様のためにこの命を懸ける覚悟です」

「フィーミア。私なんかのために命を懸けるようなことはしないで。私はフィーミアもパパも大切で、いなくなったら寂しい」

「もちろん、簡単に死にはしませんよ。ローズ様に救ってもらった命ですから」

 ローラは息を飲む。

「ヨハネ法王に囚われていた私を救ってくださったのです」

「あなたもヨハネ法王に囚われていたのね」

「はい」

 青ざめたフィーミアの手をローラは握った。

「思い出したくないことを話してくれてありがとう」

「あまりお話しできず申し訳ありません」

 ローラは首を振る。

「飲んだら行こっか」 

 パンケーキを早々に食べ終わったローラが言う。


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