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黒騎士に会う

 ローラは三日間、部屋に閉じ籠った。

 あの後に熱が出て、幸い直ぐに下がったが、首の痕を隠す為にも体調が悪いと寝込む事にした。

 寝巻きのまま、フィーミアの持ってきた新聞に目を通す。

『黒騎士現る!またもルビーローズが盗まれ、ヨハネ法王激怒』

 ローラは思わずニヤけた。

 いい気味だわ。

 美しい輝きを放つルビーローズ。千年前に隕石が衝突した時に出来たと言われる薔薇に似た結晶。

 値をつけられないほど貴重な宝石でローズ教会が厳重に管理していたはず。

 それが盗まれた?

 

 『黒騎士』が盗んだ目的は?換金なんて出来るわけないし、噂されている聖なる力の為?

 持ち運ぶ事が出来ないと言われていたけど、盗まれたという事は、そうじゃなかったのね。

 ローラはローズティーを一口飲む。

 目元に黒いマスクをつけ黒いマントをはためかせ自ら『黒騎士』と名乗った男。

 怪盗が騎士だなんて、意味不明だけどね。

「黒騎士の記事ですね」

フィーミアに聞かれてローラは頷く。

「王宮では話題にならないわね」

「義賊ですからね。黒騎士を国王様も嫌悪してますし」

「ローズ教会が溜め込んでいる富を盗んでは、貧困層の平民に配っているそうね」

「黒騎士は彼らの英雄です」

「言わばダークヒーローかぁ。ルビーローズを盗んだのも理由がありそう。ローズ教会ばかりを狙うのも気になるわ。それに、国王様にもローズ教会にも目をつけられているのに捕まらないなんて考えられない」

「捕まらないことも、彼を英雄に祭り上げる理由になっています。

 素顔も正体も不明ですしね」

「ミステリアスね。黒い軍服にブロンドが映えて、女性人気も高いみたい」

「よくご存知ですね!」

「黒騎士特集やってたからね。変装の名手ってアランみたい」

言ってしまいローラははっとした。


「まさかアランが『黒騎士』じゃないよね?」


「ニール様ですよ」


 は?


「『黒騎士』の正体は、ローラン様のお父様です」


唖然としているローラに、フィーミアはもう一度、丁寧に伝える。


「え――――!」


 ローラは大声で叫ぶ。


「嘘でしょう?

 そもそもなんでそんなことが分かるの?フィーミア、あなたは一体……」

 フィーミアは跪いた。

「私が王宮へ来た真の目的はローラン様をお守りすることであり、お父様の命によるのです」

「なんですって?」

「私はスカーレット様に受けた恩を返すために、あなたを守ることを選びました」

「ママのことを知っていたの?だから私が思い出した時、あんなに泣いていたの」

はいとフィーミアは頷く。

「黙っていて申し訳ありませんでした。聞きたいことがたくさんおありでしょう。お父様に会われますか?」

ローラは手をグーにして力強く言う。

「もちろんよ!」


 

 半月が空に現れる頃、侍女に変装したローラは、フィーミアが桟橋の杭に小舟を器用にロープで結びつけるのをそわそわと見守った。

「お話しした通り、これから『黒の砦』という酒場へ向かいます。オーナーが変わる前は店の地下で『異端者の集い』が行われていました」

 ローラは眉を顰めた。

「確か『異端者の集い』に出ていた人間は九割が亡くなったと聞いたけど、オーナーが変わったことと関係あるの?」

 ガウンを被ったフィーミアはローラを連れて歩き始める。

「集会場所がバレてオーナーも捕まり、教会が運営するようになったのです」

ローラは思わず足を止めた。

「そんな場所へ行って平気なの?」

「大丈夫ですよ。新しいオーナーはこちら側のスパイです」

 スパイ?ていうかパパって本当に何者?

 歩き始めたローラの目に、黒いスカルに剣が斜めに刺さっているデザインの丸看板が目に入る。軒先からチェーンで吊り下げられた丸看板は、風で揺れていた。

「では入りましょうか」

 黒く塗られた木の扉には白いペンキで骸骨が描かれている。フィーミアがドアを押さえてくれたので、ローラは息を吸い込み、店に足を踏み入れた。

 店の中は想像していたより明るく、店の中央に吊るされた数百というボトルシャンデリアにローラは圧倒される。

「久しぶりね。ローラ!」

 淡い水色の長い髪をまとめ上げ、メガネをかけた美女にローラは意表を突かれる。   

 白いブラウスの上からもわかる自分にはない大きな膨らみと、今までローラが見たことがないようなタイトで、スリットが入ったスカートを着た女店主はローラを抱きしめた。

「シルビア先生!?」

 サリオットにある唯一の診療所の女医でローラの主治医だったシルビアが突然現れたので、ローラは目を疑った。

「ニールさんに頼まれてオーナーをやっているの。さあ、奥の部屋へどうぞ」

 部屋に入るなりローラは椅子に座っていたニールに駆け寄る。

「パパ!」

 ニールも立ち上がり、娘を抱きしめた。

「ローラ、本当にすまなかった」

 ローラは首を振る。

「パパが無事で良かった。本当に良かった」

 ローラの頭を撫でたニールはローラを正面から見つめもう一度「すまない」と謝る。

「もういいよ。けど分からないことだらけなの」

「椅子に掛けて」

 ニールはローラを正面に座らせると、用意していたグラスにローズウォーターを注ぐ。立ったままのフィーミアが気にかかりローラは椅子をすすめたが、

「私は後ろにいますのでご心配なさらず」

とフィーミアは座ろうとはしなかった。

ローズウォーターを一口飲み、ローラは聞く。

「パパは一体何者なの?パパは時計職人のはずでしょう?」

「ローラが物心ついた頃から実は『黒騎士』をやっていたんだ。ローズ教会の暴挙を見過ごすことができなくてね」

「もともと盗賊だったの?」

「失望させてしまったね。そう、もともと怪盗だった」

 ローラは少なからずショックを受けた。盗賊の娘が花嫁候補でいいのだろうか?

「国王の命を受け盗んでいるから、心配しないで。仮に捕まっても問題はない」

「えぇ?」

かなり大きな声で叫んでしまい、ローラは慌てて口を塞ぐ。心臓が大きく波打ち、落ち着くために水を一口含んだ。

「国王公認の怪盗って!あれ?国王は『黒騎士』を嫌っているってフィーミアが言っていたけど」

「そういうことにしておかないと」

 ローラは苦笑する。

「それはそうだね。じゃあ、パパは国王様に雇われているってこと?」

 ローラは期待に満ちた眼差しをニールに向ける。 

「僕は黒騎士だ。主従関係はないし、雇われてはいない。ただ協力関係にあるといだけ。法王に捕まればトカゲの尻尾となり切ってもらうまでさ」

 日の目を見ることのないダークヒーローなんてパパには似合わないよ。ローラは悲し気な表情を見せた。

「そこまでして法王に敵対するのはどうして?」

 ローラは意を決して聞く。

「ママのことと関係があるの?」

 ニールは『黒騎士』の顔になって言う。

「もともと怪盗だった僕が、ローラの母親、スカーレットに出会ったことが『黒騎士』になった原点なのは間違いない。

 でも僕が『黒騎士』をやっているのはローラを守るため。それが全てだ」

「私を守る?」

 不可解な顔をしたローラにニールが言う。

「ローラを守るためなら、どんな犠牲を払っても構わない。悪者になったっていいんだ」

「パパ……」

 消え入りそうな声でローラは言う。

「お願いだからそんなこと言わないで」

「すまない。だが、お前を必ず守るとスカーレットとも約束した」

「法王にも狙われるようなママは一体、何者なの?」

「スカーレットはもともとこの国の女王で、ローズ女王と呼ばれていた」

 もう驚かないつもりでいたローラは言葉を失う。

「でも国王様が……」

言いかけたローラははっとした。

「現国王と血の繋がりはない」

「それって!ママは国を追われたってこと?」

「そういうことになるんだが、国王によってではない」

ローラは忌々しそうに眉を顰める。

「ヨハネ法王ね」

「厳密にいえば少し違うが、そうだ。形ばかりの国王を王座に据えて、この王国は事実上、法王が支配している。

 だが反撃のチャンスは残っている。幸運なことに国王と僕は旧知の仲でね。協力してもらっている」

 国王と旧知の仲?どうなってるのよ!

「ちょっと混乱してきたんだけど、アランも形ばかりの王子ってこと?」

 ニールは表情を暗くし、話し声も小さくなる。

「今はね。でも彼は国王とは違う」

 ニールはアランについてそれ以上、語りたくないというように水を飲んだ。

「この間、アランに『汚らわしい帝国の血筋め』って言われたんだけど、それってママの血縁に関係することなのかなって思ってた。でもよく考えたら別人みたいだったし、もしかして大聖堂へ行ったせいなのかな」

 ニールは凍りついたように息を止めたが、しばらくして大きな溜息を吐く。

「たぶんブラッディローズを飲まされたんだろう。ブラッディローズは多幸感や幻覚を見せる作用があるからね」

「そんな!ブラッディローズって一体何なの。そんな恐ろしい薔薇を作るなんてどうかしてる」

「問題なのはブラッディローズを使い国を支配していることだよ。ブラッディローズを禁断の果実にしている法王に責任がある」

「少なくとも国王様もアランも教会のやり方に納得はしていない。だからパパに協力しているのね」

「そうだね」

「法王を倒す手段はあるの?」

「手強い相手には違いない。けれど娘を想う父親ほど強い者はいないんだよ」

 ローラは胸が痛む。

「手段は考えている。だがそれはローラにとって、酷く辛い出来事になるだろう」

 テーブルに両肘を立て、額に手を当て俯いたニールは震えていた。

「すまない。本当に。すまない」

 ローラは立ち上がり、ニールを抱きしめた。

「手段は明かせない。でも必ず、必ずローラを守る。だからどんなことがあっても諦めないで欲しい」

 顔を上げたニールはローラを真直ぐに見つめる。

「分かった」

 ローラは頷いた。

「もう遅い。今日は帰りなさい。またこちらから連絡するよ」


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