黒騎士
黒いマントを羽織ったニール・キーフブルクは『黒の砦』のカウンターに座り、ロックのウィスキーを口にした。
店内は男達の話し声で騒々しいが、考え事に集中していたニールの耳には入ってこない。
ホールは従業員に任せ、カウンターの中に入っていたシルビアは淡い水色の髪をアップにして、ビールをグラスに注いでいる。
「今日も素敵ですね。一杯、奢りますよ」
店に入るなり、カウンターに近づいてきたローズ教会の牧師がシルビアに声をかける。
「牧師様、ありがとうございます」
シルビアはビールを牧師の前に置き、自分用にビールを注ぐ。
「いただきます」
シルビアはにっこりとし、若い牧師は顔を赤らめた。
「はぁ、仕事終わりの、シルビアさんが出してくれたビールは最高ですね」
「嬉しいですわ。大変なお仕事、お疲れ様です」
牧師は赤くなったまま、恐縮した。
「いやぁ、病気の母がいなければ、わざわざこんな仕事は選ばなかったです。
最新の医療を受ける為には大金がいりますからね。
でもシルビアさんに出会えた事は不幸中の幸いでした。
僕の憧れの人ですから」
牧師の熱意とは反対に、シルビアの気持ちは急速に冷めていく。
「大した事はしていませんよ」
「ご謙遜を。僕は大学で生命科学を専攻していたんですが、シルビアさんの論文は素晴らしかったです。
研究室でも様々な功績を残されて」
「すみません、煙草を吸っても?」
「もちろんです」
煙草を咥えたシルビアに、牧師がマッチを擦り、火をつける。口から煙を吐き出したシルビアを眩しそうな目で牧師は見つめた。
「お仕事の方はどうです?」
シルビアの問いに牧師は溜息を吐いた。
「順調ではあります。異端者は増えていますし、教会に併設されている病院の患者も増えています」
「牧師様のお仕事は、病院の運営もありますものね」
「そうですね。ただ、困った事にうちの教会にも『黒騎士』からの予告状が届きまして」
声を潜めて話す牧師に、シルビアは大袈裟に驚いてみせた。
「黒騎士ですって?何を盗むと予告があったの?」
「ローズ教会のシンボルでもある珍しいローズルビーです」
「祭壇に飾ってある、薔薇を象ったあの大きなルビーですね」
「はい。千年前にこの地に墜ちた隕石だと言われている貴重な代物です」
「この星にいくつか墜ちた隕石の一つで、不思議なパワーがあると言われているわね。でも、ルビーローズを盗む事は不可能では?あのルビーは移動させても、元の場所に戻るとか」
「ここだけの話ですが……」
シルビアの方に身を乗り出した牧師は小声で言う。
「別のローズ教会のルビーが盗まれているんです」
「え⁉︎どうやって?」
「それが分かるのであれば、僕が黒騎士という事になりますよ」
「それも、そうね」
シルビアはチラッとニールを伺う。
「あなたも、予告状にあった時刻へ教会へ行くの?」
「もちろんです。牧師としての務めを果たさないと」
シルビアは腕を組み、上目遣いで牧師を見ると耳元で囁く。
「気をつけて。その日、あなたの運勢は最悪だから」
真っ赤になった牧師は思わずのけぞる。
「怖い事言わないで下さいよ!シルビアさんの占いは良く当たるから」
「ふふ。このお守りをあげるわ」
シルビアは魔除けのポプリ袋を牧師に手渡す。
「え?僕の為に?感激です!肌身離さず持ってますね」
シルビアはにっこりと笑って、しばらく雑談をした後で帰って行く牧師に手を振る。
「流石、シルビア・アースライトだな」
「改まってどうしたんですか?」
シルビアは煙草の火を消して、ニールの方へ近づく。
「君は本来、こんな仕事をするべき人じゃない。ここへ来たこと、後悔してないか?」
シルビアは傷ついた顔で言う。
「ニールさんまで何ですか。研究者としての人生を捨てた事を後悔してなどいません。むしろ、研究者としての自分を悔いています。見くびらないで」
ニールは俯いた。
「ごめん。そんなつもりじゃなかった。ただ、君の人生を狂わせたんじゃないかと、申し訳なくて」
「本当に申し訳ないと思うなら……」
その後の言葉をシルビアは飲み込む。
「何?」
顔を上げたニールにシルビアは悲しげに笑う。これ以上は言えない。
私には彼を求める資格はない。そう言い聞かせ、シルビアはニールが困らない言葉を返す。
「何でもないです」
ニールは溜息を吐く。
「……不甲斐ないよな。でも、必ず君の居場所も作るから。だから、もう少しだけ時間をくれ」
不覚にもシルビアはときめいてしまう。
「ルビーローズを今回手に入れたら、残りはあと一つ。ヨハネが持っている分ね」
「多分、大聖堂にあるはずだ。それさえ手に入れば、大きなチャンスになる」
ニールは無意識に右手の拳に力を込めた。




