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第八話 出発

 一夜明けた朝、朝食を食べ終えた信也達はエントランスらしき場所へと案内されていた。


 今日からクラークが王として統治しているタイラー王国を目指して移動するらしいのだが、その前に前線近くの集結地とやらを経由するらしい。


 その結集地では信也達の顔見せが行われるらしいのだが、細かく何をするのかはまだ聞かされてはいない。しかし今の扱いを考えればそこまで無茶な要求はまだされないのではなかろうかと考えている信也達は、とりあえずは人生初の馬車での旅を前に胸を踊らせていた。


 そんなソワソワとした空気感を醸し出す信也達一行の前にクラークが現れた。姿を見れば革鎧のようなものを着込んでおり、旅装にしては物々しそうな雰囲気がある。


「さあ、今から出発だが準備はよいな? 出発から二時間後、馬の休憩時に最初の訓練を始めるので楽しみにしておくがよいぞ」

「え? まさかクラークさんが昨日言ってた戦闘訓練をやるんですか? えっと……クラークさんって王様ですよね?」

「ワッハッハ! 儂がやらねば他に誰がやるというのか。勇者という存在の事を、この世で一番理解しておるのは儂じゃからな!」


 クラークの姿はどうやら自分たちの訓練のためらしい。しかし王という立場の人間が、直接訓練をつけようというのは不思議で仕方がない。むしろ指導係を任命して人任せにするものではないのか? そんなことを思いつつも、変に拒否する理由もないので、信也はもうこれ以上は何も言わないことにした。


「陛下、馬車の御用意が整いましてございます。勇者殿方も御乗車をお願いいたします」

「おう、ちょうどよい所に来た。それでは行こうぞ!」


 ちょうど話が一段落した所で馬車の準備が整ったようなので、信也達はクラークと共に建物の外へと踏み出した。

 思えばこの世界に呼び出されて今日で三日目。昨日も一応屋外であったが、正しい意味で外に出るのはこれが初めてだと言える。


 エントランスから外へと一歩踏み出した先には、大きな箱馬車が八台並んでいた。馬車にはそれぞれ馬が四頭ずつ繋がれており、どの馬もテレビで見た事のあるものよりも遥かに大きな身体をしていた。


「うわー、この馬大きいし、力とかも強そーだね」

「馬車馬であるからな、騎兵用の馬でこれだけ体格が大きいものはおらんな。速さはともかく持久力と力はこちらが優れておるのよ」


 夕梨の感嘆の声に、クラークが丁寧に説明をしてくれる。

 こちらはこの世界の事を何も知らないので、説明をしてくれるのはありがたいと思いつつ、信也達はワクワクした様子で順番に馬車へと乗り込んでいった。


「おおっ、すっごく広いな!」

「布団敷いたら全員で雑魚寝とか出来そうじゃねぇか? 合宿気分ってやつだな!」

「いやいや、流石に私は寝る時は男女別が良いんだけど?」

「皆でパジャマパーティーが出来そーだねー」

「夕梨までなんで直人みたいな事を言ってるんだ。僕も寝る時は男女別が良いと思うぞ」


 馬車の中は外から見た通りかなり広く、十人以上は乗れるのではなかろうか。

 内装は必要最低限と言うべきか、機能美と言うべきか、不必要な飾りなどは見当たらず、それでいて左右で向かい合うように配置された座席には、柔らかいクッション材が使われている、長時間座っても疲れない仕様なのだろう。

 車内の前後左右に木製の窓のようなものが幾つか付いているので、道行きで開けても良いのなら風景を楽しむ事も出来そうだ。


「ククッ……一応野宿となった場合は、この馬車の中で寝起きが出来るようになっておるが……旅程では野宿なんぞの予定は無いから安心するがよいぞ。夜にはそれぞれちゃんとした宿で、しっかりと休めるからな」


 初めての馬車にはしゃいでいた信也達の背後から、クラークの笑いを堪えるような声が聞こえてきた。信也達が振り返ってみればクラークもこの馬車に乗り込んできた所であった。


「野宿とかはしないんですね。何というか……意外ですね。こういう旅って、ほとんど野宿になるものだと思ってました」

「お主らの世界では、人里間がそんなに離れておるのか? 山奥にあるような村ならともかく、野宿が何度も必要なくらいに人里間が離れていては国が成り立たんな。さあ、そろそろ出発するから席に座るがよい」


 信也としてはこういうファンタジーな世界での旅は、街と街とが物凄く離れていて、隣町や近くの農村まで移動するのにも、馬を走らせて数日はかかるようなイメージを持っていたのだが、どうやら違うらしい。


 そうしてクラークが促すままに、全員が思い思いの場所に座ったタイミングで馬車がゆっくりと動き出した。

 意外な事に走り出した馬車はあまり揺れず、これなら走行中でも馬車の中を自由に歩き回れそうであった。もしかするとこの世界の技術力は、信也達の想像以上に高いのかもしれない。


 揺れは少ないながらも、暫くはソワソワとしつつも大人しく座っていた信也達であったが、クラークがもう良い頃かと呟くと、馬車の後方にある窓を開けるように促してきた。


「多少は離れたから、そろそろ城壁内の景色が程よく見える頃だろう。窓を開ければこの世界でも他に無い景色が見られるぞ」


 そんな言葉から信也達が期待に胸を膨らませて木窓を開けてみれば、視界に広がる様々な花が咲いている綺麗な庭園と、その奥の方に朝日を反射しているのか白く輝く巨大な居城と、異様に高い塔とで構成された西洋風の城が見える。どうやって建設したのか疑問を覚える程に大きな城だ。


「うわっ、何だあの城! すっげぇデカくないか!?」

「うんうん! 横幅もおかしいけど、高さとかどうなってるんだろうね!」

「うーん、大きいねえー。高層ビルより高いんじゃないかな?」


 視界の中央に収まっている居城と思われる建物は夕梨の言う通り、高層ビルと並んでも遜色ない高さがある、もちろん高さだけでは無く横幅も日本の大型ショッピングモールが丸々一つはスッポリと納まりそうな程に広い。

 そんな巨大な居城を囲むように、居城を見下ろせる高さの塔が何本も建っている、あれでは登るだけでも時間がとても掛かる上に、登りきった頃には疲労困憊になるのは間違いない。


 そんな実用性に疑問を覚える程、不自然に巨大な城が厳然とそびえ立つのを見て、信也は改めてここは異世界なんだという事を実感した。


 そして馬車が走っている道は、ゆっくりと遠ざかっていく城からこっちまで、真っ直ぐに伸びている。


「あの城が俺達がさっきまでいた場所なんですか?」

「そうだな、あの城の中でお主達は召喚され、今朝まで過ごしておったのだぞ。そしてあの城こそは、人族勝利の証であり、勇者伝説の聖地でもあり、そして魔族統治時代の象徴でもある【魔帝城ファルドゥーツ】だ。魔族のみが扱う事のできる、魔法というモノを使って造られた、決して朽ちる事の無い城なのだ、立派な物であろう?」

「へぇ、魔法を使って……って、え?」


 見応えのある眺めに暫くはジッと見入っていたが、クラークの解説に気になった文言が出てきた事で、信也と嶺二の二人はクラークの方へと振り向いた。


「魔法が魔族にしか使えないって――」

「僕達を召喚したのは魔法じゃないんですか?」


 異世界召喚された事をすんなりと受け入れたのは、ここが魔法ありきのファンタジー世界なんだろうと思ったからだ。

 オーレルから魔族は全て、遥か昔に山脈の向こうへと追い払ったと聞いたし、今の戦争相手はその魔族だ。もちろん人族に協力する魔族がいるなんて話も聞いていない。

 魔法は人族には使えないと言われても、それではどうやって異世界召喚などという、魔法そのものとしか言いようのない事をやったと言うのだろうか?


 信也達の当然の疑問に、クラークは慌てる事も無くのんびりと座ったまま、信也達が壁になって見えもしない城の方へと視線を向けた。


「魔法と召喚儀式についての説明となると、魔族や勇者に関しての話もまとめてせねばならん。故にどうしても長々とした話になってしまうのでな、それに関しては今夜の宿で説明しよう。だから今くらいはのんびりと風景を楽しむとよいぞ」


 そう言ったきりクラークは、目をつむって黙り込んでしまった。夕梨達の方を見ても、先程のやり取りにも気付かずに窓からの眺めを楽しんではワイワイと騒いでいる。

 これは今すぐ説明を求める空気ではないなと感じた二人は、今は素直に馬車の旅を楽しむ事にしたのであった。

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