第六話 模擬戦②
二人の模擬戦が終わり、練武場は信也の敢闘を称えるように大きな拍手が鳴り響いている。
開始の合図から僅かな間での決着であったが、どうやら信也の実力を見るには十分であったようだ。
結局あっさりと負けたものの、心配していたような怪我をすることも無く、模擬戦を無事に乗り切れた信也は、観戦していた皆の所へと戻っていた。
「お疲れー、怪我は……なさそう?」
「ハハッ、結構派手に吹っ飛ばされたりしたけど、この通りなんともないな」
夕梨が労いの言葉と共に、心配だと言わんばかりに体中をジロジロ見てくるのを、信也は飛び跳ねたり、屈伸してみたりと、自分の無事をアピールしている。そんな二人のやり取りを見た嶺二は、ホッとしたように息をついた。
「ハァ……本当になんともなさそうだな。怪我がなくて良かったよ」
「ヒヤッとする瞬間とかはあったけどな。最初の振り下ろしの一撃とか、防げなかったらどうなってたやら」
「ああ、最初の……」
アピールを止め、先程の模擬戦を思い出すように語りだす信也に、嶺二や夕梨もそれぞれに感想を述べる。
「アレはすごかったな、よく反応できたなって、周りの人達も信也の事を褒めてたぞ?」
「グッって突いたら、バッと避けられて、ブンってされて、ゴン! だもんねー、見てる側もハラハラしたよ?」
「いやいや……夕梨のその説明だと、むしろ分かんないんだが……」
「ほらほらみんな、次は直人の番よ! 応援しなきゃ!」
そうして少し話し込んでいると、祥子が直人の出番だと呼びかけてきたので、先程まで自身が立っていた方向を見てみれば、すっかり準備万端といった様子で向かい合う直人とオーレルが挨拶を交わしている所であった。
そこまで遠い距離で見ている訳ではないから、二人の話し声もよく聞こえるようだ。
「その実力の程、役目に従いしかと確認させていただきます。よろしくお願いいたしますぞ、勇者様」
「ああ、オレも全力でやるんで、よろしくお願いします!」
お互いに握手を交わした後、先程の信也達と同様に十歩程の距離をとって、二人がお互いに武具を構える。
「それでは続けて、ナオト・サキモリ殿とオーレル・シュタイン将軍の模擬戦を始める! 双方準備は良いな!」
「ハッ!」
「いつでもやれるぜ!」
二人の様子を確認し終えたクラークから、模擬戦の開始が告げられるが、先程の模擬戦とは違い、二人ともすぐには動かず、お互いの出方を窺っているように信也からは見えた。
向かい合う二人を改めて観察してみれば、オーレルは銀色の全身鎧に、ナックルガードが付いた片手剣と、中型の騎士盾を装備しており、信也から見ると理想的な騎士の装備で全身を固めていた。
それに対して直人は、身体に着けた防具一式は信也と同様であるのだが、右手には片手で持つには重そうなメイス、左手には大きく四角い、タワーシールドと呼ばれる盾を装備している。特に目を引くのは盾で、百八十センチもある直人を、足首から首近くまでを覆い隠せる程に大きい。
その分と言うべきか見るからに重そうで、とても一対一で使うような盾には思えなかったのだが――
「いや……素人が様子見なんかしても意味ねえわ! とりあえずぶちかますに限るってなあ!!」
出方を窺う展開になるかと思われたが、なにかを吹っ切った直人が、盾を前に構えて突撃を開始した。
巨大な盾を構えて突撃してくる直人に、オーレルは一切慌てる事なく、腰を落として盾を構える。どうやら避けるのでは無く、受け止める気でいるようだ。
「ッらぁあああ!!」
「ぬう!?」
そうして二人の距離はあっという間に詰まり、盾と盾が激しくぶつかり合ったのだが、ここでの軍配は直人に上がったようである。
金属がぶつかり合う鈍く重い音と共に、衝撃を受け止めきれなかったオーレルが、全身鎧を着た身体ごと、数メートル程吹き飛ばされていた。これには観戦している将軍達も、思わず驚きの声を上げているようだ。
「な……なんと!?」
「全身鎧を着た人間を押し飛ばすのか!」
「あの【北壁】が吹き飛ばされるなど……勇者とはこれ程のものなのか」
なにやら異名のようなモノが聞こえた気がした信也であるが、今はそれどころでは無い。
「な……なんて馬鹿力だ!? 直人は確かにパワータイプだけど、なんかおかしくないか?
オーレルさん吹っ飛んだぞ!?」
「いや、直人も相当だけど、こっちから見てた感じだと、信也もおかしかっただろ?」
嶺二からの思わぬ指摘に、信也は思わず直人達から目を離して嶺二の顔を見た。
「え? 俺も?」
「信也! 嶺二! 今はそんな事より、直人の応援でしょ!」
「おーっ! 直人もすごいけど、オーレルさんもすごいねえ」
祥子からのお叱りと夕梨の驚いた声に、二人は直人の応援に集中し直そうと直人達の方を見てみれば、吹き飛ばされたオーレルが転倒することも無く器用に両足で着地を決め、直人へ向けて駆け出す所であった。
「流石にございます勇者様! しかし、私とて名ばかりの将ではございませんぞ!」
「ッシャア! 来いや!」
オーレルは駆ける勢いのまま、先程のお返しと言わんばかりに直人が構えた盾に向かって、自身の盾を全力で打ち付ける。
打ち付けた盾に直人の体勢を崩す程の威力は無かったようで、一瞬の均衡の後、打ち付けた側であるオーレルの方がジワジワと押さえ込まれており、周りで観戦している諸将から再度驚きの声を上げている。
しかし直人の馬鹿力を先程身をもって体験したはずオーレルが、盾同士での押し合いなどという、ただの力比べを仕掛けるんだろうかと信也が考えていると、それまで押し合いをしていた二人の状況が動き始めた。
オーレルが自身の盾を手放し、サッとその身を直人の右側へと移動させたのだ。
直人は急に抵抗が無くなった事で前方へとたたらを踏み、相手への反応が遅れてしまった。これには盾が大きすぎて相手の姿をしっかりと捉えられていなかった事が影響したようである。
体勢を崩してしまっている直人の側面から、オーレルが突きを放つのが見える。ここから直人の防御が間に合うようには見えないので、流石にこれで終わったかと思われたが、直人が苦し紛れに右手のメイスを大きく横振りし、オーレルの突きを弾く事に成功した。
しかし突きが払われた事にも一切動揺する事無く、オーレルはそこから連続で激しく攻撃を仕掛ける。
直人も盾を相手に向けて攻撃を防ごうと試みるのだが、全身鎧を装備しているとは思えぬ軽快さで、直人の背後を取ろうとし移動し続けるオーレルに対応しきれていなかった。盾が一切使えずに、なんとかメイスで攻撃を弾く事で持たせてはいるが、もう持ちそうにないのは観戦している側からも見て取れる。
「ぐっ、クソッ! 防ぎきれねえ! こうなりゃ一か八かだ!」
直人は現状だとオーレルに食らいつくのに邪魔になってしまっていた盾を手放し、身を軽くする事で、少しでも相手の軽快さに対応しようと試みるようだ。
なんとかオーレルを正面に捉え直した直人は、両手に持ち直したメイスで相手の剣と激しく打ち合う。単純な力は直人の方が圧倒的に上であるようだが、やはり技術面での差が大きいようで全く攻撃が当らずに、徐々に攻撃よりも防御のためにメイスを振るう回数が増えてきた。
信也達が固唾をのんで見守るなかで打ち合う事数分、追い詰められ苦し紛れに放った直人の横殴りの一撃を跳ね上げたオーレルが、遂に直人の首筋に剣を突きつけた。
「んぐぐ……参りました」
「お見事でございました勇者様。私自身、まさかこれ程のものとは思いもよりませんでしたぞ」
直人が悔しさを滲ませつつ降参を告げ、オーレルは驚きの表情を浮かべて直人の健闘を讃える。信也が周囲を見回しても、どの将軍や騎士達もオーレル同様に驚きの表情を浮かべている
。
「決着はついたな。双方真に素晴らしい一戦であったぞ!」
想像以上の熱戦に周囲が固まっている中、審判役であるクラークは満足気な顔で二人の模擬戦の終了を告げていた。そうしてそのまま観戦していた諸将を見渡し、全員に聞かせるように声を張り上げた。
「先のオオギシ殿と、今回のサキモリ殿の一戦を見ただろう! 実戦経験のない二人がこれだけ戦えた……勇者が何故勇者足り得るか、その片鱗は感じ取れたのではないか? 元より我らが勇者に期待するのは人族を纏める為の旗頭! 戦場で易々と討たれる心配さえ無ければ、年若くともなんの問題もないのだ。オオギシ殿達を我らの総大将として認める事に、もう誰も異論は無いな!」
そう言い切ったクラークに、周囲の諸将は大きな拍手でもって答えるのであった。こうして信也達は勇者として、この地に住まう人族全体の命運を掛けた戦いへと身を投じる事になるのであった。




