第四話 お披露目会だと思ったら
「ここは……昨日の部屋……だよな」
一夜明けて翌朝、用意された部屋のベッドで一人起きた信也はゆっくりと起き上がり、自分の周囲を見渡して重い溜息をついた。
出来る事ならば夢であって欲しかった。そう思いつつも、寝る前に見た室内の風景とまったく一緒である事から、これが夢では無く現実なんだという事を思い知らされたようであった。
昨夜は色々な事があり過ぎて、一晩寝てもまだまだ疲れたような気分ではあるが、今日は朝から自分達のお披露目があると聞いている為、のんびりとしている訳にもいかないと身支度をする事にした。
とはいえ、自分の持ち物と言えるものは元々着ていた制服と、ノリで腰に差していたレプリカ剣くらいである。
とりあえず寝る前に脱いでいた制服を着てしまおうと、ソファーの上に畳んであるシャツを手に取ってみたら、なにやら微妙に違和感を感じた。
「んん……なんだ?」
違和感はなにかと手に取ったシャツをジロジロと観察してみるものの、それだけで違和感の正体がわかる訳もない。
シャツ全体を確認してみたものの、傷一つ無い綺麗な状態のままで、見た目だけならなんの問題も無いのだが、やはり微妙な違和感は残り続けている。
しかしいつ呼ばれるかもわからないので、このままでいる訳にもいかず、結局違和感は無視して制服をさっさと着込んでしまう事にした。
「んんん? なんだかシャツだけじゃなくて、ズボンもブレザーにも違和感が……いやいや、今は無視無視!」
そうしてきっちりと制服を着込んだところで、昨日より控えめに感じる音で信也の部屋にノックの音が響いた。
「勇者様、起きておられますでしょうか。ご朝食のお時間でございます。よろしければ、食堂へとご案内させて頂きます」
「あっ、起きてます! 今出ます!」
扉の方から響いた声は、昨日この部屋まで案内してきたメイドの声のらしく、どうやら朝食の呼び出しのようだった。お披露目は朝とは聞いていたが、たぶん朝食後なのだろうとあたりを付ける。
すぐに出ると返事をしたものの、何か忘れ物は無いかと部屋を見渡し、レプリカ剣がサイドテーブルの上にあるのを発見した。
朝食後にこの部屋に戻って来る時間は無いかもしれず、このまま放っておいて失くされては困るからと、レプリカ剣も装着してから部屋を出るのであった。
食堂で合流した信也達一同は、昨日同様の大きなテーブルへと案内された。
夜とは違いパンとスープと果実水のシンプルな朝食ではあったが、今からの事を思えば追加を要求する気分にもならない。
朝食を摂りながら昨夜に信也の部屋で話し合った内容を再確認しあった。追加で、お披露目では皆を代表して、信也が前面に立つ事を決めたところで食堂の扉が開かれた。
「勇者様方、お待たせいたしました。これより人族連合の諸将が集まっている会議場へと、ご案内させて頂きます」
信也の予想していた通り、全員が朝食を食べ終える頃を見計らったかのようにオーレルが食堂まで迎えに来たので、そのまま信也達のお披露目会場である会議場へと向かう事になった。
オーレルに案内された先には、大人が十人横並びで歩いても入れそうな巨大な両開きの扉があり、扉の両脇には全身鎧を着込んだ騎士らしき者達が何人も、緊張感を漲らせて整列をしている。
厳重そうな雰囲気に呑まれた信也は、ここでなんとしても帰るヒントを見つけなければと、より一層気負わざるを得なかった。
そんな中でも直人が一人、周りの目を気にする事もなく気合を入れようと声を張り上げる。
「緊張してる暇なんてないだろ! やる事は決まってんだし気負わずいこうぜ! ただ、俺は交渉したり説明したりってのは苦手だからな、今日も頼むぜシン!」
「直人……アンタってやつは……ある意味すごいわ」
「ははっ、そうだった。ここで無駄に緊張してる暇なんかなかったよな」
緊張感をまるっと無視した直人の様子に、祥子が緊張も忘れて溜息をついて呆れており、そんな二人のやり取りを見ていた信也はリラックスしたように扉を見据えた。
昨夜話し合った通り、ここで勇者召喚について少しでも情報を得られなくても、どうするかは決めてあるのだから、必要以上に気負う事はない。そう腹を決めた信也は緊張を振り切って、皆と一緒に会議場の扉に向けて進んでいく。
信也達を先導していたオーレルが、整列した騎士達にも一切臆することなく扉の前まで進み出て、大きく声を張って名乗りを上げる。
「フラクト王国のシュタイン上級大将である! 勇者様方をお連れいたした!」
オーレルの名乗りに呼応して、会議場の出入り口である巨大な扉がゆっくりと開かれた。
会議場の中には巨大な円卓か鎮座しており、円卓を囲むように各国の代表として集まった将軍と思われる人達が着席している。円卓を囲む人々は会議場に入って来たオーレルと信也達の方を見遣り、信也達の様子を見た何人かがおやっとした表情を浮かべていた。
信也は場の雰囲気が微妙におかしいとは思いながらも、オーレルが勧めるままに円卓に用意された、入り口近くの自分達の席へと腰を下ろした。
そうして全員が着席するのを待っていたかのように、訝しげな表情を浮かべていた中の一人が席から立ち上がりオーレルに問いかける。
「シュタイン閣下、そちらが……その、勇者様達なのでしょうか?」
「ああそうだ、デンバー殿。こちらが今回、私とヴァロ将軍が立ち会いの上で召喚された、勇者様であられるオオギシ様方だ」
「勇者様と言うにはこう……なんと言いますか、覇気らしきものも感じぬし、相当に若そうに見えるのですが……これではとても……」
オーレルがにこやかに信也達を指し示し、一人ひとりの名前を紹介していくのを見て、デンバーは不安そうな表情へと見る間に変化していった。
実際誰がどう見ても戦場に立ったこともなさそうな少年少女達にしか見えず、これが自分達の総大将になると言われても不安だろうし、とても納得できようはずがないのだろう。
「そうだな、どう見ても若すぎる……」
「あれでは総大将として立てたところで、お荷物にしかならんのではないか?」
「ただでさえでも前線が押され気味なのだ、無用の長物なんぞ誰も必要にしておらぬぞ」
「女子供が総大将などとは聞いた事もない」
「まだそこらの一般兵の方が使えそうではないか!」
「今後の戦況がどうなるかの見通しも立っておらんのに、無駄飯喰らいなんぞ要らんだろう」
デンバーの声に呼応して、会議場に集まった各国の将軍達からも信也達の能力を疑問視する声が噴出し始める。
そんな諸将の反応にはオーレルも動揺を隠せないようで、しきりに落ち着いてくれと言っているが、誰も聞く様子は無さそうであった。
サッと紹介された後、こちらが一言話す時間があるのではないかと思っていた信也達は、この状況に困惑を隠せなかった。お披露目の場というよりも、これではまるで糾弾の場のようだ。
このままではヒントを得るどころか、ここから放逐でもされるのではないかと思い始めたところで、それまで黙っていた一人の男の一喝が会議場全体に大きく響いた。
「先程から聞いていれば……見た目だけで人の価値を測り終えた気になるなんぞ馬鹿のする事だ! それに一方的にオオギシ殿達を召喚したのはこちらだぞ、それをお荷物だの、無駄飯喰らいだなどと糾弾するなんぞ、愚かなことだと思わんのか!」
信也達の真向かい。入り口から一番遠くに座っている、そろそろ初老に差し掛かろうかという風に見える男は、白髪混じりの短い黒髪を後になでつけ、切れ長の黒目を刃物のように鋭くして周りを見渡した。
初老の男に睨まれた先程まで騒いでいた将軍達は、全員冷や汗を流しながら静かに黙り込んでしまった。
「おい、ヴァロよ。お主は先程から黙っておるが、どのように考えておる?」
初老の男の一喝で静かになった会議場で、この男と同様に先程から黙って様子を見ていたヴァロが、初老の男からの問い掛けに仕方ないとばかりに声を返す。
「彼らは戦う意志もないようで、出来る事ならば元の世に帰りたいとも言っておりました。ですので戦場に立たせるには不適格でありましょうよ。そこのシュタイン将軍のように、勇者だからと盲信していては駄目でしょうな」
「……ほう、そうであったか。ではシュタイン、お主はどうだ? 今この場で勇者達を総大将にと考えておるのは、どうやらお主だけのようだが」
元の世界に帰りたいと聞いた時にピクリと反応したものの、初老の男はその事には触れずに信也達の近くで立ったままでいるオーレルの方に向き直り問い掛ける。
「私は勇者様達こそが我々の希望だと信じております。確かに諸将の中には不安に思われる方々もおられるのでしょうが、今我々に必要なのは人々をまとめ上げる希望であり、そのためには伝説の再来こそが肝要と考えます。これは我がフラクト王国の総意と考えて頂いて構いません!」
オーレルの熱弁に各国から集まった将軍達の中からも、納得したかのように頷くものが何名かあらわれ始める。
最初に信也達に疑問を呈していたデンバーや、先程まで騒いでいた将軍達からも何人か、オーレルの熱弁に何度も頷いており、ヴァロだけはつまらなさそうに頬杖をついていた。
「シュタインの言い分もよく分かる。過去の伝説に頼ってでも、現状を乗り切るための希望が必要なのだという思いもな。では次は――」
オーレルが語り終えると、また初老の男が場を仕切り始めた。どうやらこの場の主導権はこの男が完全に掌握をしたようであった。
それからしばらくは信也達が口を挟む間を見つける事が出来ないままに、集まった諸将の意見が次々と表明されていく流れとなった。
あらかた意見が出揃った頃、それまでの流れですっかり議長役のようになっていた初老の男が、手を大きく打ち鳴らし会議場の注目を集めた。
「今までの話をまとめるならば、勇者達が年若く実力に不安があるという意見と、人族の勝利のためには勇者の名が持つ求心力が必要だとの意見が大半を占めるな。であるなら簡単な話だ……オオギシ殿達の実力を確認してみればいいだけの話だ。勇者と呼ぶに相応しいだけの実力、或いは素質を持っている事さえ見せれば、多少なりとも問題となっている不安は払拭できるだろう?」
「ちょ……ちょっと待ってくださいッ!!」
初老の男から飛び出した名案だと言わんばかりの言葉に、会議場に入ってから一度も口を挟めずにいた信也も、黙っている訳にはいかなかった。
座っていた椅子を倒す勢いで立ち上がり、血相を変えた様子で静止の声を上げる信也に会議場全体からの注目が集まるが、当の本人はそんな事を気にする余裕もなく言葉を続ける。
「実力を確認ってなんなんですか!? 俺達は戦った事なんてないんですよ? それなのに実力を見せろだなんて無茶で――」
「大丈夫だ、安心してくれ」
初老の男が信也の声を遮る。
その声はどこか信也達を落ち着けるような声音であり、何故かこれ以上口を出す事ができないでいた。
言葉に詰まっている信也に、初老の男が自信を滲ませた様子で語りかける。
「オオギシ殿よ、お主らにまともな戦闘経験がない事も、争いのない生活を送ってきただろう事も一目見ればわかる。拉致同然に連れてこられた上に、失礼にも程がある提案であるのは重々承知の上だ……しかしあの召喚儀式で呼び出されたお主らならばこそ、なんとかなるだろう。あれはそういうものなのだ」
そう言う初老の男の言葉は、信也達からすると根拠のないものと思ってしまいそうだが、勇者について、召喚の儀式についてなにかを知っている様子が垣間見えるのが気にもなる。
「急に『大丈夫だ、なんとかなる』なんて根拠のなさそうな事を言われても、俺達は納得ができません。せめて……せめて何故そう考えたのかを、教えてもらえませんか?」
言葉に詰まっていた信也ではあったが、やりたくもない事を今からさせられるのならば、せめて相手が知っている情報だけでも教えて欲しいとばかりに一気に考えを吐き出した。
それに対する初老の男の言葉は、衝撃をもって信也達の意識を一つの方向へと向かわせるものになる。
「根拠ならあるのだが……しかしこれは儂が口で説明した所で絶対にお主達は納得しないだろう。これはお主らが直接に感じ取るものだからな」
「……感じ取る? それはいったい――」
「それと元の世に帰る手掛かりが欲しいのだろう? 元の世に帰りたいと言うのならば、せめて儂だけでも全面的に協力しなければならん。儂の国ならば手掛かりもあるからな」
「え? 手掛かりがあるんですか!?」
手掛かりの一言に逸る信也達を片手で制止しつつ、話の途中で初老の男が席から立ち上がる。
立ち上がった初老の男は、ゆったりと座っていた時とは違い、年齢を感じさせない若々しさに溢れており、覇気をまとった威容に満ちていた。
おそらくこの姿こそがこの初老の男の本当の姿なのだろう。そう思わせる迫力がある。
迫力を滲ませたまま胸を張り、放つ言葉には聞くものを信じさせる重みがあった。
信也達一同も初老の男の迫力に、いやが上にも引き込まれていく。
しかも欲しがっていた情報が手に入るかもしれないとの期待感は、今の無茶な要求されている状況を一瞬でも忘れる程の衝撃がある。
そうして信也達が話を聞ける程度にまで落ち着くのを待った初老の男は、少年のような笑顔をその威厳溢れる顔に浮かべて言い放った。
「なんせ儂はお主たちの先代である……勇者の末裔であるからな。お主達に協力するのも我らが初代様よりの遺命なのだよ」