第四十話 魔力器
クラークが王都へ戻ってきたと、信也達の元へと報告が届けられたのは、休日六日目の事であった。
昼食中にその報告を聞いた信也達は、続けて告げられたクラークの来訪を待つべく、館の応接室で待機していたのだが……
「わわわっ、なんだろー? まだ明るいのにカーテン閉じちゃったぁ?」
「なんだろうな? 明かりまでつけてるぞ?」
ヒーアマン指揮の元、館の使用人達が何故か応接室のカーテンを全て閉めきってしまい、まだ昼間だというのに暗くなってしまった室内を照らすために、態々明かりまで灯しているのである。
飲み物を運びに来た使用人が部屋に入る時に、この部屋同様に薄暗くなった廊下がチラリと見えた事から考えても、どうやら徹底的に外から館の中を窺えなくしている様であった。
謎としか言いようのない光景に耐えかねて、どうしてこんな事をしているのか尋ねてみれば、クラークと一緒に来る予定の人物が、万が一にも外部の人に見られる事がない様にするためなのだそうだ。
「人目に触れない様にだってぇー、どんな人が来るんだろーね?」
「さあ? でもクラークさんが連れてくるんだし、きっと俺達が会う必要がある人なんだろうな」
どの様な人物を連れてくるのか見当もつかないが、恐らくは自分達のためになる事なのだろう。
そう当たりを付けた信也は、落ち着いてクラークの到着を待つのであった。
それから程なくして、館へと訪れたクラークは、全身を覆う様にローブを深々と被った人物――フラーを伴って、応接室へと入ってきた。
部屋に入ったクラークは、扉が閉まるのを確認すると、ソファーの方へと移動することもなく、信也達に向かって頭を下げた。
「まだ訓練も半ばだというのに、お主達の側を離れてしまってすまなかった。コヤツを迎えに行かねばならなかったのだ」
そう言って頭を上げたクラークは、自身の横に並ぶ様にして立っているフラーを信也達へと紹介する様に、その背中をそっと押しやった。
背中を押された事で、信也達の前へと押し出されたフラーであったが、顔が確認できない程にローブを深々と被っているために、信也達からは小柄だなという感想を抱かれた程度で、年齢や性別は全く分からない様である。
「ほれ、いつまで顔を隠しておるのだ。ここにはオオギシ殿達と儂しかおらぬのだから、そんなモノは早く脱いでしまえ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
信也達の前に立ったまま、目深に被ったローブを脱ごうともせず、更には口を開こうとしないフラーに対して、クラークは気安い感じでローブを引き剥がしに掛かるが、フラーは頭に被ったローブを押さえ、角を隠そうと必死になって抵抗の構えをみせる。
このタイミングで紹介をされるのは、フラーにも想定外の事であったらしく、抵抗を続けながら『まだ心の準備がッ……』と悲痛な声をあげている。
信也達はその声を聞いて、目の前のローブの人物が女性なのだという事に気がついたが、何故そうまでしてローブを脱ごうとしないのかが現時点では分からなかった。
「ほれ、大丈夫だと言っておるだろう!」
「ああッ!?」
しかし必死の抵抗虚しく、結局一分と掛からずにフラーはローブを引き剥がされ、隠していた二本の角を信也達へと晒す事となったのだが、その反応はフラーの想像とは異なっていた。
「わぁー、すっごい美人さんだぁ!」
「額からちょこんと突き出た二本の角に、銀髪赤眼……なんだかマンガのキャラが飛び出てきたみたいよね……」
「無理矢理引っ剝がすとか……なんかクラークさんのやった事、傍から見たら犯罪っぽくねえか?」
「直人……それは言うな」
魔族であるフラーを見ても、恐れや嫌悪を抱く事もなく、むしろキラキラとした目を向けてきているのである。
命懸けの実戦を経験した信也達が、魔族に対してトラウマや嫌悪感を抱いていないかと心配していたフラーであったが、この反応を見ては要らぬ心配であったと言わざるを得ない。
「どうだ、儂が言った通りであろう。オオギシ殿達は、フラーが魔族である事を理由に恐れたりはせぬとな」
「う、うん……そうみたいだね……」
信也達の反応に安心したフラーは、角を隠す様に頭を抱えていた姿勢を解いて、ようやくしっかりと信也達の方へと向き直る。
それから少しだけ乱れた髪や服装を整えると、上品さを感じさせる動作で一度軽く頭を下げた。
「どうも始めまして、ボクはフラー。見ての通りの魔族だけど、明日からキミ達の魔法の先生をする事になったから、よろしくね」
「ま、魔法の先生!?」
そうして顔を上げたフラーが、挨拶と共に魔法の教師になる事を告げると、信也達からは驚きの声が発せられたのであった。
それからしばらくはフラーへの自己紹介や、これまでの話などで和やかに話し込んでいた信也達であったが、今まで自己流でしてきた魔法の訓練について話が及ぶと、フラーは苦笑いになっていた。
「うんうん。キミ達は随分と無茶な事をしてきたみたいだね……でも初歩の訓練方法としては、あながち間違っていないのが恐れ入るよ……やっぱりクラークから話を聞いただけじゃ、情報が足りないってね」
今までしてきた訓練が間違いではないと言われた信也達は、思わずポカンとした表情でフラーが話すのを黙って眺めている。
「不活性状態の魔力器から漏れ出した僅かな魔力を、身体の隅々まで行き渡らせて、その状態を維持する。……うん、間違いなく魔力器運用の基礎中の基礎だ。独自にやりだした訓練としては、現状だとこれ以上ないものだったと思うよ」
どうやらフラーの琴線に触れたのは、精神集中した時に出てくる熱の話であるようだ。
だか以前にクラークから、魔力器とは魔族の角を指す言葉だと聞いていた信也達からすれば、自分達に無い物を鍛える訓練をしていたと聞かされても、ただ首を捻るしかない。
「あ、あの……俺達に角は無いんですけど? 魔力器って、角の事なんですよね?」
なので思わず自分達には角は生えていないはずだと、信也は自身の頭を確認するようにペタペタと触りながら、フラーへと質問をしてみるが……
「ん? ああ、そうだね。確かにキミ達には角は無いよ、でも魔力器はあるんだ」
質問に答えたフラーは信也の方に近付くと、胸の中心部へと腕を伸ばし、壊れ物を扱うかのようにそっと手を当てる。
そこは信也達が魔力を感じる時に、いつも熱を持つ所と同じであった。
「それが魔力器だって分かってなくても、ここに何かがある自覚はあっただろ?」
そして手を当てながらフラーは目を瞑り、信也の何かを確認しているのか、手を当てたままの姿勢でしきりに頷いている。
「うん……うん。やっぱりそうか……」
「あ、あの……何がやっぱりなんですか?」
時間にして一分も経ってはいないが、間近に迫った美人にジッと手を当てられているとあっては、どうにも落ち着かないとばかりに信也は声をあげる。
「おおっと、ゴメンよ。オオギシ君に関しては、特に色々と確認しておきたい事があってね」
「確認……ですか?」
声を掛けられたフラーはが済んだのか、信也の胸から手を離すと自分の席へと戻っていく。
「そう。オオギシ君だけが、身体強化魔法を使用できてる原因を診ておきたかったんだよ。クラークの話でおおよそ見当はついてたけど、やっぱり予想通りだ」
信也達五人の中で、信也だけが魔力を使える理由。
それは五人でどれだけ考えようが、きちんとした結論が出なかった話である。
だがフラーには、何故召喚された勇者五人の中で信也だけが魔力を使えるのか、他の四人は魔力を使う事ができないのか……その理由が分かるらしい。
「クラークから聞いたんだけど、オオギシ君は以前、魔族兵と交戦した時に武器以外の攻撃を与えられているそうだね? それが理由で、外部からほんの少し魔力的刺激が与えられて、キミの中の魔力器が半覚醒したんだよ。故に十全じゃなくても、魔力を運用出来る様になったのさ」
つまり以前に魔族と戦った時に、信也が腹部に受けた攻撃が切っ掛けとなって、魔力が意識的に使用できる様になったらしい。
「魔力的刺激? あの時、俺が実際に喰らったのって……蹴りだったんだけどな?」
「だよなあ? オレもハッキリと憶えてっけど、あの魔族は魔法っぽい事なんてやってこなかったぞ?」
「……つまりその蹴りが、魔力的刺激ってヤツなんじゃないのか? 信也が魔力で身体能力を上げられるんだから、あの時の相手もそうやってたんだろうな」
フラーの説明を聞いた信也は、頭に疑問符を浮かべながらも当時の事を思い出す。
しかし幾ら考えても、腹部に受けた蹴り以外に、直接その身に受けた攻撃は無かったはずである。
直人も同様に思い当たる所が無いために不思議そうしているが、嶺二はその蹴りこそがフラーが言う魔力的刺激なんじゃないかと考えた様だ。
「ふふっ、キリミネ君の言う通り。オオギシ君のお腹に触れた相手の足から、微弱な魔力が流れ込んだと推測されるね。つまり――」
どうやら嶺二の考えは正解であったらしく、フラーは満面の笑みを浮かべて、信也達が魔法を使うための方法を説明し始めるのであった。




