第三話 状況整理
話し合いが終わった後、オーレル達はすぐに食堂を出ていった。その後、彼らと入れ替わるように、何人ものクラシックな給仕服を着たメイド達が、料理を大量に載せたワゴンを押しながら食堂へと入って来たかと思えば、信也達が座るテーブルの上にどんどんと料理を載せていく。
どうやら食堂を説明の場に選んだのは、元々こちらをもてなす気でいたからのようであったが、ピリピリとした雰囲気の信也達をこれ以上刺激しないようにと、食堂から出ていったのであろう。
オーレルの最初の話が長かったのもあってか、信也も他の皆も空腹を感じてはいたようで、こんな状況ながらも黙々と料理を食べ進める。
料理は野菜のテリーヌのようなものや、薄く伸ばしたような牛カツなど、どこかフランス料理やドイツ料理を思わせるような物であり、日本人である信也達が食べても十分美味しいと思えるものばかりであった。
暫くして食事を終えた一同は、食事を運んできたメイドの案内で、それぞれの部屋へと案内された。
自分に割り当てられた部屋へと入った信也は、そのあまりの豪華さに驚きを隠せなかった。
まず部屋一面を見渡してみるのだが、どう考えても一人で使うには広いのだ。個室だと言われたのに、数十人で使うためのパーティールームだと紹介されても納得してしまうほどに広い。
これならば嶺二や直人と共に三人で使えと言われても、まだまだ余裕があるだろう。
そんな広い部屋の壁全体に貼られた薄緑の壁紙には、繊細な草花の装飾が一面に入っており、部屋でくつろぐ者の目を楽しませるようになっている。
部屋の中央には、信也達全員で囲んでもまだ余裕がありそうな程の、大きなサイズの猫脚の丸テーブルがドンと自己主張しており、少し離れた位置にはベッドと間違えそうなほどに大きなソファーが置いてある。
壁際には様々な酒らしきものがズラッと大量に並んでいる棚があり、カウンターのようなものも用意されている。別の方向を見れば、数人まるごと入れそうな巨大なクローゼットなどもあるが、おそらく使う事はほとんどの無いだろう。
そうして部屋の奥の方には、極めつけにと言わんばかりに、天蓋付きの豪華なベッドまで用意してあった。如何にもマンガなどの創作物で貴族が使っている部屋を再現しましたと言わんばかりに豪華な内装であった。
そんな豪華な部屋をしばらく見渡していた信也であったが、しばらくすれば親友達がこの部屋に集まって来るんだという事を思い出した。
先程部屋に案内される直前に、一度休憩を挟んでから全員で集まって、自分達の考えと、これからの方針をまとめようという事になったのだ。
皆が部屋に来る前に少し落ち着こうと、まだ腰に装着したままであった愛用のレプリカ剣を剣帯ごと外して、ベッド横に備え付けられていたサイドテーブルの上に静かに置き、続けて制服のブレザーを脱いで、大きなベッドの上に放り捨てた。
そうして少し身軽になった信也は、へたり込むようにベッド脇の床へと座り込んだ。
「はあ……いきなりこんな事になるなんて、なんなんだよいったい……訳わかんねえよ……」
意地っ張りな所がある信也は、皆の前ではと気を張っていたが、こうして一人になると途端に不安に襲われた。
異世界に召喚だの、勇者として魔族と戦って欲しいだのと言われても、平和な日本で暮らしてきた高校生でしか無いのだ。
いきなりこんな事を言われても、素直に『はいやります』などと言えるはずもない。
そうしてしばらく座り込んでいた信也であったが、その目に決意の欠片を宿して、急にガバッと立ち上がった。
「でも駄目だ! ヘタれてる場合じゃない。俺だけじゃない、夕梨や祥子…嶺二や直人だってここにいるんだ。俺が昔憧れてたものは、こんな状況にもへこたれなかったはずだ!」
独り言で自分を鼓舞した信也は、皆が集まる前に一度今日の事を振り返ろうと、立ったままの姿勢で考え込み始め、それから五分も経たない内に、部屋をノックする音が響いた。
「信也、私だよー、あーけーてー」
いつもと変わらない、どこか気の抜けたような夕梨の声を聞いて、先程までヘタれていた自分を思い、笑いすら込み上げてきた。
嶺二や直人はまだ自衛出来そうな気もするが、やはりマイペースな夕梨や怖がりな祥子の二人は俺達で守らないとーーそんな決意も新たに、さっきからコンコンとノックが止まらないドアを開けた。
「遅いぞー、ノックしたら五秒以内だよ?」
「そんなルール知らないよ、いつ決まったんだよ。ってか五秒以内に開けたよね?」
「私の体感だともっと経ってたね、残念!」
「なんだそりゃ」
ドアを開けた先では、口だけを自慢げに吊り上げた夕梨が、謎の五秒ルールを提唱している。ある意味いつも通りの夕梨を見て、信也は心が安らぐのを感じていた。
落ち込んだ状態からは無理矢理立ち直ったものの、気持ちはまだまだ固くなっていた事を自覚して、きっとそれを解消してくれようとしたんだろう夕梨に感謝した。
「ありがとよ、夕梨」
「はっはー、どういたしまして?」
夕梨は言葉だけで笑いながら、何の事だと言わんばかりに不思議そうに首を傾げている。
もしかしたら、考えすぎだったのかもしれない。
「ドアの前でコントなんかしてないで、早く部屋に入ろうぜ」
「相変わらずなのね、夕梨ってば」
「もう皆揃ってるぞ」
そんな声が夕梨の向う側から聞こえてきたので見てみれば、直人と嶺二がそれぞれ呆れたように腕組みをしており、直人の後ろから覗き込むようにして、祥子が笑ってこちらを見ていた。
気がつけば既に部屋の前に全員が揃っていたので、慌てて信也は皆を部屋に招き入れた。
信也の割り当てられた部屋に集まった一同は、部屋の中央にある大きな丸テーブルを皆で囲み、これからの事を話し合う前に、今日の出来事を確認し合う事にした。
まず、ここは異世界であり、日本では無く、地球でも無いのだろうという事。
次に、どうやら自分達はゲームなどに出てくるような『勇者』として『魔族』と戦うために、この世界に呼ばれたのだろういう事。
最後に、現時点で日本に帰る方法は全くわからないという事。
これらの事をまず確認し合い、この絶望的とも言える状況に、今日一日を通してほぼ冷静だったように見えた嶺二が話し出す。
「僕達が置かれた状況は、どう考えても非常に不味い。それはまずわかるよな?」
皆の顔をクルリと見渡した嶺二はそれぞれが肯いているのを確認し、話を次に進めていく。
「オーケー。それじゃ次だけど、もし帰る方法が見つかったとして……彼らは僕達を素直に帰してくれると思うか?」
「嶺二、それはッ……」
「ど、どういう事? その聞き方は、嶺二君は帰してもらえないんじゃないかって思ってるの?」
嶺二の言葉に、信也は思い当たる節があるのか苦々しそうに声を出し、祥子は動揺に体を震わせながらも問いかける。
動揺している祥子を見ながら、嶺二は質問に答えた。
「僕は少なくとも……たとえ帰り方がわかったとしても、すぐには帰してもらえないと思う。たぶん最低でも魔族との戦争が有利になるまでは帰られないと思った方が良いな」
「そりゃ、帰し方がわかり次第帰すなんてこたぁ、言ってなかったもんな」
「まあそうだよね。目的があって呼び出した、それをタダで帰すってのは考えづらいよねー」
嶺二の答えに直人と夕梨の二人は同意するように頷いている。
そうだろうと考えていた信也も、反論しようとは思えないようであった。
どうやら全員の意見が一致している様子に、祥子は意気消沈したように俯いた。
「そっか……そりゃそうだよね。オーレルさんも何か必死な感じだったもんね、私達の助けが必要だって頭も下げてたし……」
「祥子……大丈夫だよー」
落ち込んだ祥子に寄り添いながら、夕梨はテーブルを囲んでいる男達を順番に指差した。
「ほらー、ここには信也と、直人と、嶺二の三人も男の子がいるんだから、祥子の事はバッチリ守ってくれるさ。ねー、男子諸君?」
「ああ、祥子も夕梨も守ってみせるさ!」
「おう! 任せとけ、祥子の一人や二人、オレがバッチリ守ってやんよ!」
「もちろん……任せてくれ」
信也と直人の二人は即座に威勢よく返事を返し、嶺二は二人から一拍遅れながらも、落ち着いた感じで返事をしていた。
「そうね、皆頼りになるものね。でもいざって時には私も守られるだけは嫌かな。何が出来るのかもわからないけれど……」
「そうだねー、いざって時は私達だって皆の事をバンバン助けちゃうもんね」
「あははっ、そうね夕梨。バンバン助けようね」
普段から花が咲いたような笑顔でいる事が多い祥子から考えれば、今はまだ無理をしているのだろう。
いつもとは違う影を落としたような笑顔で笑う様を見ると、まだまだいつもの調子とは言い辛いが、夕梨が普段通りな雰囲気を出しながら寄り添う事で、多少は持ち直しているようだった。
やはりこういう時は夕梨が頼りになるなと思いながら、信也は話を次に進めるために嶺二に話を振った。
「それで……嶺二は帰る方法は見つかると思うか?」
「そうだな、それが次の話だな。まず正直に言うとわからない。わからないけれど……僕は帰る方法自体は有ると思ってる。ただ、それが発見されているかがわからない。」
信也からの質問に少しつっかえながら答えを返した嶺二であったが、自分でも答えに満足していないようで首を捻っていた。
「んんん……どういう事だ? 有るけど発見されてないかもなんて言われても、まったく訳がわからんのだが?」
嶺二の小難しい言い方に、直人が意味がわからないとの声をあげる。
嶺二自身ももう少しわかりやすく言おうとしているようで、少し考え込んだ後に改めて言い直そうと口を開きかけた。
しかし先程まで祥子を慰めていたはずの夕梨が、そんな事はお構い無しにと話に割り込んできた。
「つまりアレだね。こっちに連れてくる道は見つけてるけど、帰り道まで見つけてないかもーってやつ」
「連れてくる道があるってんなら、そこを戻れば良いんじゃねえの?」
夕梨の極力簡単にした話を聞いた直人は、逞しい腕をグッと組みつつ不思議そうに首を傾げた。
直人からの疑問に、夕梨は左手を腰に当て、右手の人差し指を顔の前でピンと立てた姿勢で、どこか自慢げに見える雰囲気を全面に押し出して、チッチッチと顔の前の指を左右に振るった。
「道って言ったのは例え話だよー、それはきっと一方通行で、逆行出来ないって事じゃない? 往路があるなら復路もあって欲しいよねー。なんにしても今の私達じゃ、そこの所の結論を出すのはまだ無理じゃないかな? 私達ってまだこの世界の事を何も知らないんだよ?」
夕梨の話し合いをぶった切るような一言に、誰も文句は言えなかった。確かにこの世界に来てまだ一日も経っていないのに、今急いで結論を出す必要はない。自分達は冷静なようでやはり焦っていたんだと、信也と嶺二はお互いを見遣って苦笑するしかなかった。
「まずは私達の安全第一で、周りの事を知っていく事から始めよーよ。急がば回れーって言うでしょ?」
夕梨が言った通り、まだ信也達はこの世界の事を何も知らない。
何をするにしても、させられるにしても、まずはこの世界の事を知らないと、自分達が安全な位置にいるのかどうかもわからない。
確かに自分達の安全を第一に考えるなら、まずは色々な事を知らなければ判断もできないのだから、まずは知る事から始めるのも良いのだろう。
その後の話し合いの結果としては、まずは明日の勇者のお披露目で、少しでも勇者召喚についての情報を得る事。その後は一旦、入手した勇者召喚についての情報の有無に関わらず、この世界についての情報を集めて、理解を深めていくという事が決定したのであった。
今年の初投稿になります。
最初から続けて読んでくださっている皆様、どうぞ今年もよろしくお願いいたします!




