第三十八話 休日の過ごし方(前)
クラークが急用により王都を離れて早三日、信也達は降って湧いた休日を存分に満喫していた。
まず初日は、護衛として同行してくれたヒーアマンの案内で、王都の名所とされている所を何ヶ所か巡った。
その中で特に見応えがあったのは、魔族統治時代から存在している城壁であった。
王都の中心部にある王城を守るこの城壁は、なんでも千年近く前に建設されたらしいのだが、魔族による特殊な建築技術を使って造られたために、今現在でも補修を一切必要としないらしい。
他の国々でもこのように、魔族統治時代の建築物は、今でも色々と活用されているらしく、特に大陸の随所を走る街道は、今でも人族の流通を支えるものであるそうだ。
ヒーアマンからそんな説明を聞いた信也達は、当時の魔族の技術力の高さに只々驚くしかなかった。
何百年も補修を必要とせず、激しい往来にも損傷一つすることの無い道や建築物など、信也達の居た世界の技術であっても、再現する事は不可能であろう。
二日目も、引き続き王都を見て回ることにした信也達は、王都一賑わっている市場や、富裕層や貴族階級の者達が利用している大きな商店などで、異世界ならではの物はないのかと見て回った。
そこでちょっとした小物や装飾品、見たことの無い食料品を何点か購入したりなど、日本にいた頃の日常を思い出すかのように、皆で楽しげに騒ぎながら買い物を楽しんでいた。
そうして三日目である現在、時間を持て余した信也は何をするでもなく、一人で館の中をブラブラと歩き回っていた。
「休暇って言っても、三日もあればさすがに持て余すよなあ……」
日本にいた頃ならば三日どころか、例え一ヶ月休みが続こうが、時間を持て余すなんて事はなかっただろう。
しかしこの世界には、一人でも楽しめるような娯楽の類がほとんどなく、現代日本人の感覚では暇をつぶすのが難しい。
それでも一応娯楽室に行けば、この世界なりのカードゲームや、ボードゲームなどの遊び道具があるのだが、肝心の遊び相手である親友達は、それぞれやりたい事があるらしく、人数を集めるのは難しいだろう。
「とはいえ、暇だ暇だって歩き回るのも、なんだかバカらしいし……それになんかしてないと、どうにも落ち着かないんだよな」
この世界に召喚されてから、こんなに長く暇だなどと思うことが無かった信也は、頭にひっそりと浮かんできた嫌な感覚を振り払い、この暇な時間を潰す方法を、真剣に考えることにした。
「…………そうだ、俺も書庫に行ってみようかな」
朝食の席で信也が聞いた予定では、館の書庫に嶺二と祥子の二人が居るはずである。
嶺二は今後のために、色々と調べ物をするのだと気合を入れていた。
戦闘面では役に立てずとも、知識面でなら何か出来るのではないか、ということであるらしい。
祥子は嶺二とは違って、冒険物語などが書いてある大衆向けの小説を読むのだと、キラキラと目を輝かせていた。
以前から休みの日に通って読んでいるシリーズ物が面白いらしく、この休みの間に思い切り読み漁るつもりなのだそうだ。
信也も日本ではライトノベルなどは読んでいたので、祥子が面白いと思ったものならば、自分も十分に楽しむことが出来るだろうと考えたようである。
そうして館の一階にある書庫にまでたどり着いた信也は、扉を軽くノックすると、静かに室内へと入っていった。
この館の書庫は王城の書庫や、貴族街の方にある図書館には負けるものの、様々な本が納められている。
それこそ軍学書や、歴史や法律を扱ったような硬派な本から、大衆向けに作られた娯楽小説などの緩い本まで、色々と節操なく置いてある程である。
「おおっ……聞いてはいたけど結構広いな」
書庫に入って直ぐ目に入るのは、本を閲覧するための大きなテーブルで、席数を見るに最大で十人程の人数が、同時に利用出来るようになっているようだ。
テーブルを越えた先に立ち並ぶ本棚の数から、納められた蔵書の数も、かなりのものであろう事が想像できる。
「あっ、信也じゃない。どうしたの……って、本を読みに来たに決まってるわよね」
比較的近くの席に座っていたからか、信也の小さな呟きを聞き取った祥子が、入口の方へと振り向いた。
「そりゃ書庫だからな。俺も何か読もうかなって思ったんだけど、何かオススメの本とかあるか?」
「あっ、それならこれの一巻からが良いんじゃない? 戦記物なんだけど、すっごく面白いわよ」
祥子はそう言うと、自分が読んでいる最中の本の表紙を、信也によく見えるように掲げてみせた。
「へえ、戦記物とは渋いの読んでるな。えっと……『ファラガット英雄記』ってタイトルか。って、四十六巻? 随分と巻数が多いな、何巻まであるんだ?」
祥子が掲げた本は紙で作られており、日本でも図書館などを探せば、直ぐにでも見つかりそうな造りをしている。
そしてその紙の表紙には、黒い鎧を着た男がリアルな絵柄で描かれており、その上には信也が見たこともない文字で、タイトルと巻数も書かれていた。
しかし信也は戸惑うこともなく、本のタイトルと巻数を読み上げている。
知らないはずの文字が読める事に気が付いた時には、信也達は便利さよりも、妙な気持ち悪さを感じていた。
だがこれも召喚の影響の一つだろうと説明を受けてからは、今では便利なものだとして、一応の納得をしている。
「えっと……確か六十何巻までとか、そんな感じだった気がするわ。面白いから、案外スルスル読めちゃうのよね」
「六十巻以上あるのかよ……でもまあ面白いなら、俺も読んでみようかな」
かなりの大作のようだが、本の趣味が似ている祥子に薦められたのだからと、信也はその本を読んでみることに決めたようだ。
「よし、これで仲間ゲットね! ちょっと待ってて、取ってくるから!」
「いやいや、どこら辺にあるのか教えてくれたら十分だぞ?」
「いいからいいから、ちょっと奥の方にあるから待っててねッ!」
感想を言い合える仲間が出来たと喜ぶ祥子は、その勢いのままに席を立つと、信也が止めるのも気にせず、本棚の方へと突撃して行った。
祥子のテンションが妙に高くなっているのは、久しぶりに趣味の共有が出来ることへの喜びのようなものなのだろう。
信也はそう一人で納得すると、改めて書庫内を見渡した。
すると書庫の奥へと消えていった祥子と入れ替わるように、何冊もの本を持った嶺二が、本棚の陰からひょっこりと現れた。
「なんだか祥子が騒いでるなとは思ってたけど、信也も来てたのか。それなら納得だな」
「ああ、悪い。もしかして邪魔だったか?」
「ははっ、あれくらいじゃあ邪魔にもならないさ。それよりも、信也は本を探さないのか?」
騒がしくしていたことを謝る信也であったが、嶺二は気にした風もなく笑ってみせる。
むしろ祥子の席の近くで、立ったまま動こうとしない信也を見て、不思議そうに首を傾げている程だ。
「いや、それが……祥子のオススメの本を、読むことにしたんだけどさ――」
そうして説明のついでに嶺二との雑談を楽しんでいた信也であったが、暫くすると鼻歌まじりでご機嫌な様子の祥子が戻ってきた。
「ふっふーん。待たせたわね、持ってきたわよッ!」
どこで用意したのか、祥子は本を入れるための籠を持っており、意気揚々とその籠を信也の方へと手渡した。
思わず籠を受け取った信也であったが、落ち着いて中を見てみれば、先程祥子がオススメしてきたタイトルの本が、十巻まで納められているのが確認できる。
「…………流石に俺でも、今日中に全部は読めないぞ?」
「大丈夫大丈夫、これって貴重な本じゃないから、持ち出しオッケーらしいのよ。毎日寝る前でも良いから、コツコツと部屋で読んでね」
どうやらこの書庫に納められている本の中でも、大衆向けに作られた小説などの量産品ならば、書庫から持ち出しても問題ないらしい。
「とりあえず五巻まで読んだら最初の一区切りって感じだから、そこまで読めたら感想とか話し合いましょ」
「お、おう。分かったよ」
笑顔が眩しい祥子の熱意に押し切られた信也は、結局そのまま適当な席に着くと、素直に一巻から読み始めるのであった。
色々とトラブルもありまして、連載再開まで少し時間が掛かってしまいましたが、本日より週一(予定)で連載再開致します!




