第三十六話 来訪の理由
フラーから信頼の笑顔を向けられたクラークは、気恥ずかしいと言わんばかりに顔を背ける。
更に意地の様なものを発揮したクラークは、彼女の名前を呼ぶ事もなく、言い訳めいた事を話し始めた。
「確かに……昔はお主の事をそう呼んでおったが、それももう四十年以上も前の事であろうよ。儂も、お主も、最早子供では無いのだぞ……」
「名前を呼ぶのに、大人だの子供だのは関係無いだろ? それともボクの事は、もう親友だと思ってないって事かい?」
「なっ!? そこまで言っておらんぞ! 儂にとっても、お主は良き友だ! その事だけは間違いない!」
言い訳を聞き終えたフラーは、笑顔を翳らせて落ち込んだ風に肩を落とす。
フラーの落ち込んだ様子にクラークは慌てて言い募るが、それでもフラーの様子に変化は見られない。
「でも名前は呼ばないんだろ?」
「ええい! 要らん意地を張った儂が悪かった、だから機嫌を直してくれ……フラーよ」
「…………よしっ、やっと呼んでくれたね。これで仲直りだ」
落ち込んでいた様に見えたフラーは、クラークから名を呼ばれた直後に、その表情をあっさりと笑顔へと戻した。そんな表情の変化を見たクラークは、フラーに遊ばれていた事に気が付いたのであった。
「さて……お遊びはこれくらいにして、そろそろ本題にいこうか?」
態と大袈裟に落ち込んでみせたりと、クラークを翻弄していたフラーであったが、その一言と共に表情を真剣なものへと切り替えた。
「まずはクラーク。なんでボクがここにやって来たのか……それは分かってるかな?」
「それは儂が聞きたかった事だ。人に見られる危険を冒してまで、何故この地までやって来たのだ? 人族の領域で見つかれば、どういう目に会うのか分からぬ訳ではあるまいに」
現在フラーが滞在中のナルグアの街は、南方戦線に物資を送る軍事的要所の一つである。
当然人族側としては、たとえ少数でも破壊活動を実行できる魔族の侵入を警戒せざるを得ない。実際、一時的に物資を集約する施設がある港湾設備の近くには、連合軍による警備部隊も配備されているのだ。
となれば、万が一にも魔族であるフラーが警備部隊に見つかってしまえば、生きてこの街から出る事は不可能だろうという事は想像に難くない。
「そりゃね。ボクだってできる事なら、引き籠もっておきたかったさ。でも連合軍が勇者召喚を行ったってなると、生憎そうも言っていられないよ」
「むうっ……」
当然そういった危険を承知の上で、フラーはこの地へとやって来た。そしてそれは見過ごせない事があったからに他ならない。
「クラークだって……ボクが無関係じゃないと考えたから、何度も手紙を送ってきてたんだろ?」
そう言うと、フラーは懐から数十枚にも及ぶ便箋を取り出した。いずれもクラークがフラー宛に送ったものである。
内容は『連合軍の決定として、勇者召喚の儀式を執り行う事になった』や『どうやら供物の過剰供給によって、勇者が複数人召喚されたらしい』等など、勇者召喚に関してのものばかりだ。
「勇者召喚――もとい、召喚魔法陣はボクのご先祖様が編み出したモノ……」
フラーは取り出した便箋を、膝元のローテーブルへと一枚ずつ並べていく。もちろんこれらはクラークが書いて送ったものなのだから、読まずとも内容は全て頭に入っている。
「ご先祖様が遺したモノの責任ってのは、子孫であるボクが背負わないといけない……そう思わないかい?」
ローテーブルの上へと便箋を並べ終えたフラーは、責任の全てを背負う覚悟を決めてクラークを見つめる。
しかしクラークの返答は、フラーの予想とは少し違うものであった。
「いや、その責任は儂も共に背負うべきものだ! 再度アレが使われる様な事態になったのは、遠因を辿れば初代様の判断による所もあるのだからな」
「ふふっ……そうだね。だったらボクとクラーク、二人の責任だ。まったく……お互い面倒なご先祖様に縛られているものだよ」
覚悟を決めた顔つきのフラーであったが、クラークの言葉を聞いて笑みをこぼした。二人で責任を背負おうというのが、琴線に触れたのだろうか。
「しかしフラーよ。ご先祖様に対して面倒などと言うものでは無いぞ。先祖代々の縁があればこそ、儂とフラーは人族と魔族でありながらも友となれたのだからな」
八百年前における人族独立の立役者である勇者と、その勇者を魔帝への復讐のために召喚した魔族。その子孫である二人は、幼い頃から交流を持っていた。
もちろん全ての者が知る関係だという訳ではないのだが、それでもタイラー王家と裏切りの魔族の家系は、代々極秘の交流を続けていたのである。
「ああ、うん。その事にはボクだって感謝してるさ。でもそれにしたって、子孫に面倒事なんてのを残してほしくは無かったね」
クラークからの真っ直ぐさを感じる言葉を受けて、フラーはどことなく恥ずかしそうにしていたが、それでも先祖へ向けての愚痴は止まらない。
「大体さ……ご先祖様はなんだってファルドゥーツ城の床なんかに、召喚魔法陣なんて刻んだんだろうね。堅牢、不朽等など、当時の魔法技術の粋を集めて作り上げた建物なんだよ? どうやってあの頑丈な床に直接刻めたのかも分からないし……おかげで今のボク達の技術じゃ、消したくても消せやしないッ!」
「むっ、むう。まあなんだ……一先ず落ち着け。本題から外れてきておるぞ」
話す内にだんだんと熱くなってくるフラーに対して、クラークは冷や汗をかきながらも冷静になるようにと声を掛ける。
「おっと、ごめんごめん。つい熱くなったよ。確かに本題から外れてた……ボクがここにやって来た理由を話さなきゃね」
クラークに諭された事で冷静さを取り戻したフラーは、一度居住まいを正すと、クラークを真っ直ぐと見つめてその口を開いた。
「ボクが来たのは幾つか理由がある。けど一番の理由は勇者達に会うためだよ。彼等は魔法がまだ使えないんだろ? だったらボクが魔法の先生になろうかと思ってるんだ」
そう言い放ったフラーは、どうだと言わんばかりに満面の笑みを浮かべるのであった。




