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第三十五話 来訪者

 信也達が訓練の中止を伝えられる数時間前。


 まだ太陽も登りきっておらず、窓から見える風景も薄暗く、見通しが効かないような時間に、その報告は届けられた。


「な、なんだと!? あやつが交易船に乗って来ただと? 人違いでは無いのだな?」

「はい。間違い無く御本人であられました」


 日が昇ってもいない時間のため、その報告を自室で聞いたクラークは、驚きのあまり椅子から立ち上がり、屋敷中に響くような大声をあげた。


 恐らく道中で馬を取替えながら、夜通し駆けてきたのだろう。報告を持ってきた人物は、その額に玉のような汗を浮かべながらも、落ち着いた口調で報告を続ける。


「現在はあの御方が万が一にも人目につかないよう、周囲の警備を強化した上で領主邸に滞在して頂いております」

「うむ……そうだ、それでよい。ナルグアは交易で栄えておる故、あやつが他国の者に見られてしまう可能性もあるからな」


 来訪した人物の安全を、最大限確保した状態で匿っていると聞かされたクラークは、一安心した様子で息をつく。


「しかしあやつが直接こちらに来たという事は、それ相応の意味があるのだろうな」


 落ち着いて椅子に座り直したクラークは、ナルグアの街がある南の方へと視線を向けた。その眼差しは、昔を懐かしむ様に細められている。


「何故危険を顧みずに直接来たのかは分からぬが、あやつの覚悟に応えるためにも、儂自らが迎えに行かねばなるまいよ……」


 口元に笑みを浮かべたクラークは、そう呟くと出立に向けての準備を始めるのであった。





 王都から四方に伸びる街道の一つ。王都から見て南方に向かうための街道を、百近くもの騎兵集団が真っ直ぐに駆け抜けて行く。


 前線に派遣せずに残していた近衛隊の一部。その全隊を先頭で率いるクラークは、どこか楽しそうだとも言える表情であった。


 そんな調子で集団の先頭で馬を駆るクラークのすぐ後ろから、デューイの遠慮も何もなさそうな声が飛んでくる。


「なにやら楽しいとも、嬉しいとも取れそうな雰囲気をしておられますなあ! 何か良い事でもございましたか!」

「お主は知らぬ事であるが、今から迎えに行く者とは昔馴染みでな……数十年ぶりの再開に、年甲斐も無く浮ついてしまっておるのよ」

「昔馴染みとの再開でございますか! それはそれは、ようございますなあ!」


 クラークの返答を聞いたデューイが、厳つい顔にくしゃっとした笑顔を浮かべて、我が事のように喜んでいる。


 そこから何かを思いつたのか、デューイはわざわざ手綱を手放して、大きく両手を打ち鳴らした。


「でしたら何か土産は手配されたので? 久しぶりの再開ともなれば、酒や珍味などで盛大にもてなすのが相場でございましょうなあ!」

「ふむ、土産……か」


 些かデューイ自身の願望が見え隠れしている提案であったが、確かになにかしらの土産は必要かもしれない。


 そう考えたクラークは、何を用意しようかと考えを巡らせる。


「…………いや、あやつの場合は、美味い酒や珍しい食物などよりも、オオギシ殿達の現状を話す方が喜ぶであろうな」


 相手が望むのは何かを考えたクラークは、物品の類を用意するのではなく、土産話として信也達の事を語って聞かせる事にした。


 それは相手の研究を手助けしうる事にもなるであろうし、後に信也達と引き合わせる時に役立つ事にもなるだろう。


 そう結論を出したクラークは、自身が今日に至るまで見続けてきた信也達について、配下の意見を交えつつ深く思い起こしていくのであった。





 タイラー王国随一の港湾設備を備えた、交易の街ナルグア。


 魔族との戦争が始まってからは、南方戦線へと物資を送るための街の一つとしても活用されており、戦時中でありながらも好景気に沸いた街だと言えるだろう。


 そんなナルグアを治める領主が住まう邸宅は、様々な理由から港のすぐ近くに建てられている。


 王都から二日掛けてナルグアへと到着したクラークは、街の様子を見る事もなく、領主邸のとある一室へと訪れていた。


「儂だ! 開けてくれ!」


 見るからに見事な装飾が施された扉を、クラークはなんの遠慮も無くドンドンと音を立てて叩いている。


「そん……叩……って……聞こ……よ」


 すると扉の奥から何やらくぐもった声が返ってきた。どうやら扉自体がかなり分厚く作られているらしく、多少なりとも防音性能を備えているようである。


 そうして返事が返ってきてから直ぐに扉が開かれたのだが、扉を開けた人物は室内だというのに全身を覆うようなローブを深々と被っていた。


「まったく、クラークは何も変わってないな。さあ、早く入った入った」

「おう、すまんな。失礼するぞ」


 ローブからちらりと覗く口元から、呆れたような声が聞こえてくるが、クラークはそんな事は気にせずに部屋へと踏み込んでいく。


 部屋の中は豪華な造りとなっており、パッと目に入る範囲の家具類には、綺羅びやかに見える飾りが緻密に彫り込まれている。


 今クラークが腰を下ろしたソファーも、可能な限りの飾りを施したと言わんばかりの、豪華な仕様となっている。


「久しぶりの再会だっていうのに、感動が足りないんじゃないかな? こうして幼馴染みが、遠路はるばる訪ねてきたっていうのにさ」


 ローブの人物はそんな事を言いながら、事前に用意していた果実水が入った大きなグラスをクラークへと手渡した。


「ふんっ、心配の方が先に立って、感動なんぞしている余裕なんぞなかったわ。それよりもいつまでそんな物を被っておるのだ? ここには儂とお主しかおらんというのに……」

「ああ、ごめんよ。扉を開けた時に他の人がいたら困るからね」


 クラークからの指摘を受けて、全身を覆っていたローブを脱ぎ捨てたその人物の見た目は、どういうことか若い女性であった。


 目鼻立ちもキレイに整っており、美人と呼べる容貌をした彼女は、まだ二十歳にも届いていないように見える程に若々しい。とてもではないが今年で五十六歳になるクラークと、同じ年代の人物だとは信じられない程である。


 しかし彼女を見た者の殆どは、そんな些細な事を気にする余裕もないだろう。なにせその小さな額には、二本の小振りな角が生えているのだから。


 だがクラークは魔族の証である角を見ても、落ち着き払った様子で果実水を飲んでいる。


「それにしてもお主だなんて、なんだか他人行儀だね。昔みたいにボクの事をフラーと呼んでくれて良いんだよ?」


 そう言って笑うフラーの顔は、どこまでもクラークの事を信頼している様子であった。

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