表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/41

第三十三話 クラークとの模擬戦

 模擬戦の開始を告げたクラークは、頭上に掲げた薙刀を静かに降ろすと、両手でしっかりと構え直した。


 あくまでも監督役として来ていたクラークは、信也達とは違ってこれといった防具は付けていない。訓練用の木製武器とはいえ、直撃でも喰らおうものなら危険極まりない事になってしまうのだが、三対一でもそんな事にはならない自信があるのだろう。


「どうしたどうした、じっとしていては意味が無いぞ? 怪我はさせぬよう気を付けるから、どんどんと掛かってこんか」


 約十歩程の少し離れた位置で、ゆったりとした様子で薙刀を中段に構えるクラークからは、今まで感じたことも無いような、何とも言えない迫力が滲み出ている。


 殺気であるだとか、そういった創作物でよくあるようなものは、魔族と対峙した時ですら感じ取った事はない。


 だが、少し離れた位置に立つクラークから感じる異様な迫力に、これが殺気というものなのかと怖れを抱いた信也達は、最初の一歩を踏み出す事を躊躇してしまっていた。


「うっ……これは……なんだか怖く感じるな」

「な、なんだか近付いたらダメっぽいやつだよね?」

「でもまあ……これは訓練なんだよな。確かにじっとしてちゃ意味がねえよなあ!」


 しかしこれはあくまでも模擬戦であるのだから、迫力に気圧されてじっとしていては訓練にならないと、歯を剥き出しにして獰猛な笑みを浮かべた直人が一歩前に踏み出した。


「まずは盾役のオレが突っ込むから、攻撃はシンに任せるぞ! 夕梨はシンの後ろに付いてサポートしてやってくれよな。って事で行くぜぇえええ!」


 珍しい事に直人が指示を出したと思えば、そのままの勢いに任せて、クラーク目掛けて駆け出してしまった。


「あっ! ちょっ!?」

「あわわっ!? 私達も行かなきゃ!」


 直人の突然の行動に慌てはしたが、信也と夕梨も僅かに遅れて直人を追い掛けて駆け出した。





 先んじて駆け出していた直人は、右手に持った大きな盾を前方に突き出すように構えて、クラークの方へと真っ直ぐに突進していく。


「オラァあああああ!」


 模擬戦用の木製の盾とはいえ、大柄な直人を覆い隠せる程の大きさの盾は決して軽い物では無い。そんな大盾を片手で持って走り寄ってくる直人は、さながら大砲の玉の様な物であり、回避するしか手は無いだろうと思われた。


「避けたタイミングで仕掛けるぞッ!」

「うん!」


 なので信也と夕梨の二人も、絶対にクラークが左右どちらかに回避するものだと思っていたのだが、ここで予想外な事が起こった。


「ふむ。初手は力比べといこうか……」


 クラークは正面から突撃してくる直人を迎え撃つべく、薙刀の石突きで直人の大盾の中心部目掛けて突きを放ったのだ。


「せいッ!」

「うっ……ぐ、おっ!? 嘘だろぉ!?」


 放たれた突きの威力は凄まじく、突き出していた大盾に想像を遥かに超えた衝撃を受けた直人は、構えた大盾と一緒に大きく後ろに突き飛ばされてしまった。


 信也と夕梨の間を縫う様にして、一人突き飛ばされた直人は、舞台の上で大の字になって倒れ込んでいる。


 肉体に受けたダメージはそれ程のものでは無いのだが、ああも簡単に力負けするとは思ってもいなかったために、呆然とした表情で天井を見つめていた。


「し、信じられねえ……オレがパワー負けしたってのかよ?」


 この世界に来てから直人の馬鹿力を正面から受け止め、更に跳ね返す事が出来る様な者は、誰一人としていなかった。


 オーレルとの模擬戦の時も、魔族と交戦した時も、直人は単純な力だけならば負けた事は一度も無かったのである。そしてそれは直人にとって、密かな自慢でもあったのだ。


 だと言うのに単純な力だけではなく、突進の勢いも合わさった直人を、クラークはいとも容易く真正面から跳ね返して見せたのである。


「ってボケてる場合じゃねえ! もう一回だ!」


 少しの間呆然としていたものの、今はまだ模擬戦の最中だという事を思い出した直人は、訓練に復帰しようと慌てて立ち上がるのであった。


 



 時間を少し戻して、直人がクラークによって突き飛ばされた直後。


 直人の少し後ろに付いていた信也と夕梨の二人は、自分達の方へと吹き飛ばされてくる直人を避ける事にギリギリで成功したものの、その表情は驚きに染まっていた。


「あ、危なかったー。巻き込み事故になる所だったよ」

「なんで突っ込んでった方が吹っ飛ばされてるんだよ……」


 たったひと突きで、盾を構えて突撃してくる直人を跳ね返してみせたクラークの力は、信也の常識の外とも言っていいものであった。


 そんな技術でどうこう出来るレベルを超えた一撃を目の当たりにして、信也と夕梨の二人は怖れから前に進む事ができない。


「さあ、訓練で怖気づいては強くなれぬぞ? それに当てる時は、人に合わせて手加減するつもりだから安心せい。怪我はさせぬと言ったろう?」


 そんな二人の様子を見たクラークは、くすりと笑いながらも、安心して掛かってくるようにと促してきた。


 するとクラークの言葉で覚悟を決めたのか、信也のすぐ横に並んでいる夕梨が、己を鼓舞するように、大袈裟な動きで短槍を構え直した。


「こういう時は度胸だよッ! クラークさんもこう言ってるんだし、思い切って行っちゃおう!」

「夕梨……」


 死ぬ訳ではないのだからと短槍を構える夕梨は、相変わらずの無表情に近い表情ながらも、眼差しから強い決意のようなものが滲み出ている。


「また信也だけが無茶しないように! 私だって強くなってみせるんだから!」


 そう言って気炎を吐く夕梨の様子に感化されたのか、信也も気合を入れ直すように頭を振ると、両手の剣と盾を静かに構え直した。


「……無理はするなよ?」

「だいじょーぶ。当たって砕けろの精神だよ!」

「砕けちゃ駄目だろ?」

「訓練だから問題無しだよ、きっと」


 軽口を言い合いながらも、二人は今度こそクラークへと挑み掛かるべく、前へと足を踏み出した。





「よしよし……悩むのもまた、よい経験というものよ。腹が決まったなら来るがよい!」


 実戦で悩み、躊躇する事は死へと繋がる事であるが、今はまだ幸いにも訓練中である。恐怖を乗り越え、強者に挑む経験を今のうちに積めるだけ積ませておこうというのが、この特訓におけるクラークの考えでもあるらしい。


「俺がまず仕掛けるぞ!」

「分かったよ!」


 剣を持った信也を前衛に、短槍を持った夕梨を後衛に据えて、二人はクラークへと挑み掛かる。


 明らかに自分達の遥か上をいくクラークと渡り合うにはどうするか。そう考えるならば、今の信也には奥の手とも言える力があった。


 今日の基礎訓練の終盤にも少し使ってしまったが、まだ暫くは使えるはずだと、信也は全身に魔力を巡らせる。


「りゃあああッ!」


 そうして信也は身体能力の強化により、クラークとの距離を一気に詰めようと試みた。


 そもそもが二人がクラークの間合いの少し外程度の距離にいた事もあるが、急な加速も合わさって一瞬で剣が届く間合いにまで接近した信也は、右手の剣を横薙ぎで振るう。


 対するクラークは、信也が攻撃の動作に入ったタイミングで姿勢を下げて、前へと大きく踏み込んできた。


「ッ!?」

「防ぐか、避けるかと思ったのだろう?」


 長柄の武器を持ったクラークが前に出てくるとは考えていなかった信也は、予想外の動きに対応できなかった。


 横薙ぎに振るった剣はクラークの頭上を通過してしまう。そうして踏み込んだ勢いのまま体当たりしてきたクラークによって、信也は仰向けに倒れ込んでしまった。


「かはっ!?」


 訓練用の革鎧を着ているにも関わらず、ただの体当たりとは思えない程に強烈な衝撃を腹部に受けた信也は、直ちには起き上がれないようである。


 信也を転がしたクラークは、次に来る攻撃へと対応をするべく、夕梨の方へと身体を向けた。


「やあッ!」


 信也に少し遅れて、横に回り込んだ夕梨が気合を込めて、真っ直ぐと槍を突き出す。


 タイミングとしては、ちょうど信也に体当たりした直後であり、これ以上は望めない一撃であったと言えるだろう、しかし――


「機会を狙う勘所はよいぞ。しかしまだまだ未熟だな」

「あっ」


 夕梨の渾身の突きは、クラークが少し身体を横にずらすだけで簡単に回避されてしまった。しかも避けられただけではなく、短槍の穂先近くを片手で掴まれてしまう。


「うーっ、離してッ! って……う、動かせないよ!?」


 クラークの手を振り解こうと、夕梨は短槍を無茶苦茶に振り回そうとするのだが、掴まれた部分は万力で固定されたかのように、びくともしない。


「はっはっは。儂相手に力技ではどうにも出来んぞ?」

「むうっ! んググッ!」


 それでも夕梨はなんとか短槍を取り戻そうと、短槍の柄を必死に引っ張ったり、押し込んだりと奮戦していたのだが、急にクラークが掴んでいた短槍ごと夕梨の身体を放り投げた。


「きゃっ!」

「すまんな。次が来たわ」


 軽い物を放るように投げ捨てられた夕梨は、短槍を手放して舞台の上をコロコロと転がっていった。


 夕梨を放り投げたクラークは、自身に向かってくる信也と直人気配を敏感に感じ取っていた。


「だりゃあああッ!」

「うぉおおおッ!」


 クラークが夕梨と戯れている間に、体勢を立て直した二人が真剣な表情で、それぞれの武器を構えて突撃してくる。


 しかしそれでもなおクラークは慌てる事なく、両手でしっかりと持ち直した薙刀を横に構えた。


「同時攻撃は一見有効だが、相手に対応する術があるならば悪手にもなるぞッ」


 そう言うとクラークは、二人が間合いには入ったと同時に力を込めて薙刀を横薙ぎに振るった。


「んなこた分かってるってなあッ!」


 振るわれる薙刀の軌道上。


 最初に斬撃が当たる位置にいた直人が、武器であるメイスを放り捨て、狙い通りと言わんばかりに両手で構え直した大盾で、クラークの一撃を受け止めに掛かった。


「ッぐう、これでもダメかよ!?」


 しかしそれでもクラークの横薙ぎを止めるのは難しかったようで、直人がどれだけ全力で踏ん張ろうと気合を込めても、一瞬で先程同様に吹き飛ばされてしまった。


 そして直人を薙ぎ払った斬撃は何事も無かったかの様に、その勢いを失う事なく信也へとあっさりと到達してしまう。


「うわあっ!」


 なんとか左手の盾で防ごうと試みた信也であったが、止める事に専念した直人ですら軽々と吹き飛ばされた斬撃を受け止める事はかなわない。


 結局二人共がクラークの放った一振りによって薙ぎ倒され、まざまざと実力の違いを見せつけられる結果となった。


 それからも時間の許すかぎり挑み続けた三人であったが、どれだけ協力し合おうと最後までクラークに一撃を浴びせる事は出来ず、明日以降のリベンジを固く誓い合うのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ